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第九話

「そうです! 今日はまだ血を吸われてませんよね。お飲みになりますか?」

「いや、別に毎日必要なわけではない。女は貧血になりやすいしな」

「けれど、昨日はほんの少ししか口にしていなかったように思います。わたしも慣れておきたいですし、今日は……本当にユリウス様と夫婦になった、という気がしますから。記念にいかがですか?」

「何の記念だ。だが……そうだな。今日が本当の結婚初夜、という意見には賛成だ」


 そういうつもりではなかったリリアーヌは顔を赤らめ、それを誤魔化すように首筋を晒した。


「でっ、では、ご遠慮なさらずどうぞ!」

「ここでは吸わん。寝室に行くぞ」

「え? でも、吸血は人の食事と同じなのでしょう? なら食堂でも」

「ムードのない奴だな。初夜だと言っただろう」

「えっでも、それは、ええっ?」


 混乱するリリアーヌの手を引いて、ユリウスは寝室へ向かった。


 


 リリアーヌの部屋に着くと、ユリウスはリリアーヌの体を抱え上げて、広いベッドの上に降ろした。

 真っ赤な顔のリリアーヌに、楽し気な表情のユリウスが覆い被さる。

 ユリウスの長い指がそっとリリアーヌの頬を撫でると、緊張からリリアーヌがぎゅっと唇を引き結んだ。


「そんなに力を入れるな。口を開け」

「む、無理ですぅ……」

「お前な……」


 呆れたように言われて、リリアーヌはふと気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、どうして名前を呼んでくださらないのですか? ムードがと言うのであれば、こんな時くらい名前を呼んでください」

 

 そんな指摘をされるとは思っていなかったようで、ユリウスは気まずそうに視線を逸らした。

 しかしリリアーヌが聞くまで引く気を見せないので、渋々といった風情で答える。


「リリアーヌと呼んだ時に、お前はリリアと呼べと言っただろう。愛称で呼ぶのは、愛着が湧きそうでできなかった。けれど、頼まれているのに無視してリリアーヌと呼び続けるのは、意地が悪いだろう。迷っていたら、お前という呼び方に落ち着いてしまった。二人きりだから、誰を指しているのか困ることもなかったしな」

「まぁ……」


 なんて不器用な。

 呼び方一つで、そんなに迷っていたとは。困らせるつもりは一切なかったリリアーヌは、予想外の回答に驚いていた。

 そしてユリウスの誠実さに、顔を綻ばせた。これほど優しい人だから、血を吸われることにも恐怖はないのだ。

 緊張が解れたリリアーヌは、そっとユリウスの首に腕を回した。


「なら、もう何も迷うことはありませんね」

「……リリア」

「はい」


 花が咲くように微笑んだリリアに、ユリウスはそっと唇を重ねた。

 触れて、啄んで、どんどんそれが深くなっていく。ユリウスが牙が当たらないように気をつけているのがわかって、リリアーヌは小さく笑った。


「余裕だな」

「いえ、そんなことは……っ」


 唇が移動して、首筋を辿る。熱い息がかかって、噛まれるのだとわかった。

 ほんの少しだけ強張った体に、宥めるように舌が這う。そしてゆっくりと牙が肌に沈んでいく。


「――――ッ」


 痛みはある。けれどそれ以上に、幸福感があった。

 キスも、吸血も、今は互いの意思が伴って行われている。そこに信頼関係がある。

 これからは自分の血がこの人の体を作っていくのだと思うと、リリアーヌは不思議な多幸感に包まれた。


「リリア、大丈夫か」


 いくらか血を吸って口を離したユリウスが、心配そうにリリアーヌを見下ろす。

 ユリウスの不安を拭うように、リリアーヌは優しく微笑むとユリウスの頬を撫でた。


「平気です。ユリウス様にされて怖いことはありません。だからどうか、怯えないでください」


 リリアーヌの言葉に、ユリウスは僅かに息を呑むと、額にキスを落とした。


「もう唇にはしないのですか?」

「暫くは血の味がするからな。人間には美味いものじゃない」

「わたしは気にしませんが」

「キスよりもっと気持ち良くしてやるから、安心しろ」

「そ、そういうことではありませんっ!」


 真っ赤な顔で抗議をしたリリアーヌにユリウスは声を出して笑うと、彼女の服に手をかけた。


 ***


 朝を迎えると、リリアーヌは体のだるさを感じながらものそりと身を起こした。

 隣を見れば、もうユリウスの姿はない。そのことに少しだけ寂しさを感じながら、シーツを撫でる。

 リリアーヌの部屋は、普通の人間が暮らすための作りになっている。朝日が差せば、カーテンを閉め切っていても多少は光が漏れる。

 ユリウスの部屋は、日中も完全に暗室になるようになっている。だから日が差す時間帯は、そこに籠っているらしかった。

 朝まで居られないことを詫びていたが、ユリウスは行為が終わった後も、リリアーヌが眠るまでずっと優しくしてくれていた。だからリリアーヌに不満はない。

 だらだらとベッドで過ごしていても怒る者はいない。今日ぐらいは良いだろうか、とリリアーヌは再びベッドに転がった。そのまま横に視線をやると、ベッドサイドに何か置かれていることに気が付いた。


「……あら?」


 手を伸ばしてみると、それは百合の花だった。

 メッセージカードも何も付いていないが、差出人は一人しかいない。

 花に顔を近づけて、思いきり息を吸う。


「いい香り」


 太陽が高く昇るまで。

 リリアーヌは百合を眺めたまま、ずっとベッドで幸せの余韻を楽しんだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、是非★評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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