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第五話

 ***


 疲れ切っていたリリアーヌはぐっすりと眠り、翌朝カーテンから零れる日の光で目を覚ました。

 ベッドの上で大きく伸びをして、のろのろと起き上がる。

 ぼうっとした頭のまま身支度をして、食堂へ向かう。そこはがらんとして、誰もいなかった。

 そのまま屋敷の中をあちこち歩く。どこにも人の気配がない。

 使用人はいないし、ユリウスは夜にならないと起きてこない。これは日中暇かもしれない、とリリアーヌは息を吐いた。


「わたしも夜に活動しようかしら……」


 リリアーヌも朝に強い方ではない。むしろ夜の方が目が冴える。今後ユリウスと生活するのであれば、彼に合わせて夜型の生活にした方が都合が良いのではないかと思った。

 しかし彼が夜の静かな時間を一人で過ごしたいと思っていたのなら、リリアーヌの存在は邪魔になるはずだ。人を煩わしく思うから、使用人を雇っていないというのに。

 考えていると腹が鳴った。屋敷内で踏み入ってはいけないのはユリウスの部屋だけで、あとは全て自由にしていいと言われている。

 厨房に行き、貯蔵庫から適当に食材を拝借して軽食を作る。貧乏貴族なので、このくらいはわけない。

 食器を片付けて、掃除でもしようかと思い立つ。

 さてどこから手を付けたものか、と考えたところで。


「……あら?」


 そういえば厨房がえらく綺麗だ。

 料理が得意なようだったから、ユリウスが綺麗にしているのだろうか、と考えたが。


「どこも綺麗だわ……」


 廊下も、階段の手摺も、覗いた空き部屋も。埃が舞って手つかずなんてことはなく、屋敷全体がある程度掃除されている。

 この広い屋敷をユリウス一人で掃除しているというのは現実的ではない。定期的に清掃が入っているのだろうか、と思っていると。

 カタン、と小さな音がした。


「っだ、だれ!?」


 廊下の曲がり角から聞こえた音に、リリアーヌが体を強張らせた。

 日中にユリウスが起きているはずがない。気のせいなら良いが、もし泥棒だったら。

 恐怖に身を竦ませたリリアーヌの前に姿を現したのは。


「……に、にゃぁ」

「……猫?」


 どことなく気まずそうにしているそれは、艷やかな毛並みの黒猫だった。首には赤いリボンをつけていて、飼い猫であろうことが窺える。


「か、可愛い〜!」


 人間は苦手だが、動物は好きなリリアーヌ。何故なら言葉を話さないから。

 途端に相好を崩して近寄ると、手を伸ばして抱き上げる。


「どこから来たの? ユリウス様は、猫を飼っているとはおっしゃらなかったけれど……遊びに来ているのかしら?」

「にう……」

「ミルク飲む? それとも干物の方がいいかしら。あなた毛並みがツヤツヤねぇ。とても可愛がられているのね」

「当たり前でしょ!」

「……え?」

「……あ」


 しまった、という風に黒猫が両前足を口元に当てた。その仕草すら人間味があり、リリアーヌは青い顔でパッと手を放した。

 黒猫は狼狽えることなく一回転して華麗に着地すると、金の瞳をリリアーヌに向けた。


「え、え? 猫が、喋って」

「失礼ね、化け物を見るような顔をしないでちょうだい。あたしはユリウス様の使い魔よ」

「使い魔? 猫が?」

「一括りにしないで。あたしには御主人様からもらったエイダって名前がちゃんとあるんだから」


 何度も目を瞬かせるリリアーヌに呆れたように、黒猫のエイダは()()()と尻尾を床に打ち付けた。


「ああ、御主人様からいっぺんに教えると混乱するから、暫くは姿を見せないように言われていたのに。とんだ失態だわ。あんたがうろうろするから」

「そう言われても……ここはもう、わたしの家でもあるし……」


 初めこそ驚いたものの、吸血鬼が夫となったことに比べれば、猫が喋ることくらい何ということはない。

 落ち着きを取り戻したリリアーヌは、エイダと目線を合わせるように廊下にしゃがみこんだ。


「エイダは何をしていたの? ユリウス様はまだお休みだけれど」

「知ってるわよ。御主人様の身の回りのお世話をするのも使い魔の仕事なの。夜は御主人様のお膝でゆったりするために、昼の間に雑事は片付けておくのよ」

「雑事ってどんなことをしているの?」

「色々あるけれど……今やっているのはお屋敷の掃除よ」

「掃除!? 猫が!?」

「馬鹿にしないでちょうだい。猫だって掃除くらいできるわ。それに、御主人様の眠りを妨げるような騒音を立てるわけにはいかないもの。あたし達の肉球は、静かに移動するのに向いているのよ」

「あたし……たち?」


 単に猫全体を指したのかもしれないが、何やら含みがあった。

 首を傾げたリリアーヌに、エイダはふふんと得意気に鼻を鳴らした。


「ついてらっしゃい」


 てしてしと廊下を歩き出したエイダの足音は、なるほど大層静かだった。

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