天才発明家の公女様は、伯爵令息の騎士様に恋をしてしまいました。
「やっと…やっとできたわ…!」
彼女の名前はアリス・シャルロッテ。
アスタリア帝国侯爵家の第一公女で、俗にいう侯爵令嬢のお嬢様だ。
そんなアリスと少しでもお近づきになりたいと、家には何通もパーティへの誘いが届く。だがアリスはその誘いに乗ることはなかった。
何故ならアリスは、煌びやかな舞踏会よりも自身の行う発明に価値を感じていたからだ。
「次は何を作ったんだ?」
「ふふっ、見て驚きなさいルイ!今回作ったのはこれよ!」
アリスは完成したばかりの発明品を双子の兄、ルイス・シャルロッテの前に出した。
「あぁやっぱり私は天才ね、こんなにも素晴らしいものを作ってしまうなんて!」
(自分の才能が恐ろしいわ…♪)
「え、なにそのちっさいの」
「…はぁ?!」
ルイスの言葉にアリスは酷く怒った。この兄妹喧嘩は今に始まったことじゃない。二人は双子の兄妹、シャルロッテ侯爵家では二人の口喧嘩の声が響くのは日常的なことだった。
口喧嘩をすることさえ、彼女たちにとってはコミュニケーションの一つ。
「ちっさいとはなによ、コンパクトと言ってちょうだい。これは素晴らしい発明なのよ!他者の好感度がチェックできるもの、その名も『チェックさん』!」
「…好感度チェック?」
「えぇ、対象の相手に向けてこの上についているボタンを押すと色と数字が表示されるのよ。例えば暖色系だと好印象、寒色系だと悪印象。あくまでこれは簡単な例だけど」
「ふーん、ちょっと貸してよ」
ルイが私の発明を使いたいなんて珍しい、そう思いながらも私はチェックさんを手渡した。
「えぇもちろんいいわよ。でもルイ、使いたい相手なんていたの…って。相手は私?」
ルイはチェックさんを受け取るとすぐさまアリスに向け、ボタンを押した。
すると、チェックさんは紫色になり、数字は四十と表示されていた。
「紫色か。アリス、紫色はどういう意味なんだ?」
「えっと…し、信頼よ!信頼の色!」
まぁ、本当は相手に苛立ちを感じている時の色だけど…
「相変わらず、アリスの作るものはまるで魔法だな」
魔法、その言葉にアリスは反応した。
この世には魔法が存在していた。
それは誰でも簡単に使えるものではなく、選ばれた魔法使いだけが使えるもの。貴族の人間ならばともかく、一般の平民の人間には夢物語のような話だった。
「ルイ、何度も言うけど私のする発明と魔法は全く違うわ。私が作る発明品は上流階級の貴族が使うものじゃない、平民だろうがなんだろうが誰でも使えるのよ。魔法と違って発明には身分の差なんて関係ない」
別に私は貴族の人間や魔法が嫌いなわけじゃない。私はただ、多くの人に私の発明を使ってほしい。それだけのこと。
「それなら、その『チェックさん』もまた量産して平民向けの料金で販売するのか?」
「いいえ、これは販売する予定はないわ。こんなもの流通させては悪用されてしまうもの。あくまで、これは私個人が使用するの」
「自分が悪用する分にはいいのか?」
「…悪用なんて、私がするわけがないでしょ?」
「どうだか、僕の妹は天才だからな。その優秀な頭脳で何を企んでいるのか分からないよ」
ルイスは妹の頭を優しく撫でた。二人は双子と言っても、落ち着いた性格のルイスと我儘で天真爛漫のアリスとでは年の離れた兄妹という関係の方が納得できた。
何度屁理屈を吐いても、アリスはルイスのことが大好きだった。こうして、頭を撫でられると一層やる気が出るというもの。
「じゃあ僕はもう行くよ」
「えっ、もう行ってしまうの?」
椅子から立ち上がり、帰ると言ったルイスをアリスは慌てて引き留めるように声をかけた。
「アリス、そんなに僕と一緒に居たいのか?」
「そっそんなはずないでしょう!!」
「ははっ、悪いな。父上に呼ばれているんだ、恐らく政治の話だろうからすぐには戻ってこない。また明日にでも会いに来るよ」
二人は生まれた時からずっと一緒。
ルイスにとって、アリスの嘘など簡単に見抜けてしまう。
「…分かった、待ってるね。ここで」
アリスは常に部屋に籠って発明をする日々
時折、こうして会いに来てくれるルイスを待っている。それは、どれほど寂しいものか。
「あぁ、また明日な」
寂しげな顔を浮かべた妹を、ルイスはもう一度優しく頭を撫でた。
彼もまた、寂しく感じる気持ちは一緒なのだ。
何故なら、双子は一心同体だから。
・
次の日、アリスは珍しく外に出ていた。行先はなんと町。侯爵家の娘が町に出歩くことは非常に珍しい。
ジリジリと熱く降り注ぐ太陽の光が眩しくて、アリスは鬱陶しいと考えていた。そんな、真夏の日のこと。
「本当に熱いわね今日は、あの太陽を消し去る発明でもしようかしら」
「どうかお辞めください公女様!!そんなことをしては皆困り果ててしまいます!」
「なに本気にしてるのよ、そんなことするわけないでしょ?馬鹿な事言っていないで行きますわよ」
「…申し訳ございません公女様」
衝撃の言葉に、慌てて止めにかかったメイドだったが、アリスはそんなことをするわけがないだろう。と冷めた目でメイドを見た。
アリス・シャルロッテ様ならやりかねない。今の話を聞いて誰しもそう思うだろう。
アリスは変わり者の令嬢として帝国中で有名だった。美しいドレスよりも、どれほど価値のある宝石よりも。発明、発明、発明。三度の飯より発明。
年頃の令嬢ならば婚約や恋人など色恋の話が出てもいいというのに、アリス・ティアルジはそのような話が一切出たことが無い。将来旦那までも自ら作ってしまうのでは?と言われてしまうほど。
普段は研究に明け暮れ、自室から中々出ないものの。発明に使う道具が必要になれば町へとすぐに出かけた。社交界には全く参加しないアリスだったが、発明のことになれば。使用人に言いつければいいものの自分の目で見て決める。と言い張り、皆の反対を押し切ってまで町へ買い物に出る。そんな令嬢がどこにいるか。
「これとこれ…あと、それもいただくわ」
「ありがとうございます公女様!!侯爵家のご令嬢がうちの店に来ていただけるだけで嬉しいですのに、あの天才発明家!!アリス・シャルロッテ公女様にうちの商品を買っていただけるなんて、本当に幸いです!!」
「…貴方のお店で取り扱っているものはどれも素晴らしい、ただそれだけよ」
「さ、左様ですか…!いやぁ流石です公女様はやはり見る目が一般人とは………」
(ここの店の欠点と言えば口うるさい店員くらいかしら)
アリスは店員に適当に相槌をうち、話を聞き流していた。
天才、侯爵令嬢、偉大な公女様。その言葉はもう聞き飽きており、媚びを売るように話す人々にアリスは飽き飽きしていた。
「公女様、お買い物はこちらで最後ですか?」
「ええ、これで最後よ。荷物を先に馬車へ運んでくれるかしら?大きいものは侯爵家へ送るようにしたけど小さなものでも数が多いから」
アリスは目の前にある山積みになった購入品を指さし、町に来るまで乗ってきた馬車へ乗せるよう指示をした。
「かしこまりました、公女様。さぁ貴方たちも手伝ってください」
「「はい」」
アリスに指示を受けたメイドは、護衛の騎士二人にも手伝いを頼み。三人で大量の荷物を馬車に乗せ始めた。
(これで暫くは調達に来なくて大丈夫そうね、やっぱり外は疲れるわ)
そう、アリスが油断していた時。事件は起きた…
「やぁお嬢さん」
突然、背後から聞こえてきた男の声。
怪しげな男はアリスに向かって手を伸ばした。
真っ黒なローブを深くかぶっていて顔が良く見えない。見えたのは、薄気味悪い笑みを浮かべていることだけ。
「ちょっと、貴方何してっ!!」
目を覆われ、体を引っ張りこまれた。声出すことが精一杯の抵抗だった。
護衛の騎士や侍女は荷物に夢中で気づいていない。守る者が居ない今、か弱い公女など簡単に連れ去られてしまう。
「すまねぇなぁお嬢様。手荒いことしちゃって」
汚い笑みを浮かべる男、その素顔は今私に晒されている。
突然目を覆われ連れ込まれた見慣れない場所、そして目の前には大柄な男が二人。この光景が意味することは一つ。 誘拐された。
「私の使用人たちにはなにもしていないんでしょうね?」
「はっ、優しいんだなぁお嬢様。まずは自分の心配が先じゃないのか?心配しなくてもあの使用人たちなら今頃、侯爵家に行ってお嬢様の危険を知らせていることだろうよ」
男は侯爵家と言った、つまり元々侯爵家の娘であるアリス・シャルロッテを狙った犯行。
「…そう、で?貴方方は一体私をどうする気?」
冷静に話をする中、アリスは優秀な頭脳をフル活用して考えた。
さっきまで居た場所は二番地十三の通り、そこからここまで来るのにかかった時間は十分も無かったはず。
それなら、きっとここは近くの空き家か。 周囲を見渡してもただの民家のように見える場所だった。
男の言う通り、メイドが侯爵家へ行けているならもうすぐ騎士団がここへ来るはず。
恐らく相手は素人、騎士団の強さを全く知らずに今回の計画を立てたのだろう。それならば、今アリスがすべきことは騎士団が到着するまでの時間稼ぎ。
「なあ天才公女様ァ、この睡眠ガス。なんだか見覚えはないか?」
男が見せた物、それは何ともかわいらしい形をしていた。そして、それはアリスが見覚えのあるものだった。
「それは、『くんくんさん』…!」
『くんくんさん』とは、アリスが作った発明品。
かわいらしい花の形をしており、中心に専用の香油をたらすといつでも香りを楽しめるというもの。場所は気にせず、周りに人がいたとしても自分以外の人間には香りが届かない。それは香油を好む女性たちにとって革命的な発明品。その発明品は大勢の女性を虜にした。
「どうして、私は睡眠ガスなんてものは作っていないはずよ…!」
「ああ、確かにそうだ。でもなぁ大切に育てられたお嬢様には分からないかもしれねぇが、俺たちみたいな悪い人間は思いつくんだよ。香油じゃなく睡眠薬液を中心に垂らせば、使用したい対象の人間にだけ使える。 あぁ、お前は本当に天才だよ。おじょーさま?」
(そんな、嘘でしょう)
言葉にならなかった、みんなが喜ぶと思って使った発明品がまさか犯罪の道具に使われてしまったなんて。冷静に、と整えていた脳内が今にも爆発してしまいそうだ。
「はっ、なんて顔してんだよ。俺は感謝してるんだぜ?これのおかげで色んな悪さができた。何とか言ってみろよ天才サマよぉ、こんな悪いもの使っておいて… どうせお嬢様も悪だくみしてたんだろ?だからこんなものを作った」
「…違う、」
「あ?なんて言ったんだよ聞こえねぇよ」
「それは違うわ…!!!」
「っ、るっせーな!!」
小さく言葉を呟いていたアリスは突然大声で叫び、男は驚きと煩さのあまり耳を塞いだ。
「それは違うわ、私は、みんなに喜んでほしくて…!!」
(私はただ、あの人を笑顔にしたくて…。)
男の高圧的な態度にも屈せずアリスは話を続けた。アリスはかつてないほど怒っており、また悲しかった。それは誘拐されたからでも、暴言を浴びせられたからでもない。
自分の全てである、発明を馬鹿にされたからだ。
「そんなこと知らねェんだよ!・・・っ!なんだこの光は!!」
男が声を荒げた途端、男とアリスの前に光が表れた。
その光は、思わず目を覆ってしまいたくなるほどの強い光。
「これは、魔法石の光…?」
「ま、魔法だと?!なんだよ魔法って!!」
平民ならば知るよしもないだろう。魔法石のその光。
(突然現れたということは、これは移動の魔法…!)
魔法石の中でもかなり珍しい移動魔法は、非常事態にのみ使われることが多い。きっと、騎士団が使用したのだわ。そう、アリスは瞬時に考えた。
「魔法石の光が現れたということは、もうすぐ騎士団が来る。…貴方はもう、おしまいよ!!」
アリスがそう叫んだ時、光から一人の青年が表れた。
赤髪の似合う、背丈の高い好青年。手に持つのは帝国騎士団のマークが刻まれている剣。
「その手を放せ!下劣野郎!」
「な、なんだお前!」
アリスは、その青年に見覚えがあった。
(アレクシス・ランディア…?!)
「遅くなってすみません公女様、私の後ろに下がっていてください」
どうして一人で?そう疑問に思ったがアリスは口にしなかった。そんな空気ではなかったからだ。
言われるがまま、アリスは騎士の背後に隠れる。
「公女様、暫し目を瞑っていてください」
アレクシスに言われるがまま、アリスは目を閉じた。
アリスが目を閉じたことを確認すると、アレクシスはすぐに男たちに剣を向ける。
抵抗する男たちの叫び声が聞こえるとアリスは必死に耳を押さえるが、その声は手を貫いてまで聞こえてくる。
「…終わりましたの?」
暫くし、悲鳴が聞こえなくなったが。いくら待ってもアレクシスの声が聞こえないことに恐怖を感じ、アリスは声をかけた。
「はい、ですがまだ目を開けてはいけませんよ。…緊急事態のためこのご無礼をお許しください」
「きゃっ!」
目をつぶったままいるアリスは、突然自分の体が浮かび声を上げる。 流石騎士とでもいうべきか、見た目以上に鍛えられた体は軽々しくアリスを抱き上げた。
現場は血まみれ、こんな光景を公女様に見せるわけにはいかない。と、アレクシスはアリスを抱え部屋を出た。
しばらく進むと、人気の少ない芝生の広場を見つけ、そこへ抱きかかえていたアリスを下した。
「公女様、もう大丈夫ですよ。目を開けてください」
「ん、」
アレクシスの言葉でアリスは目を開ける。
するとそこにあったのは日が落ちかけている夕日空と、アレクシス・ランディアの顔。
「公女様、ご無事で何よりです。私を覚えていらっしゃいますか?」
アレクシスはそう言って微笑むと、跪き自身の胸に手を置いた。それは騎士としての敬意の表しだ。
「…もちろん覚えておりますわ、アレクシス・ランディア伯爵令息」
アレクシス・ランディア。彼は伯爵家の一人息子。長男であるアレクシスは時期伯爵ともいえる。
そして、十五歳という若さで騎士団に任命された剣術の天才。
令嬢たちがアレクシス伯爵令息は彫刻のような彫りの深いお顔をしていると言っていましたが、その噂は間違いじゃなかったようね。こんなにも彼の顔を近くで見たことはなかったから知らなかった。
真っ赤な赤髪と彫りの深い顔立ちの奥で光る青い瞳はまるでガラス細工のように輝いている。
前にランディア伯爵が私と伯爵令息の婚約を結びたがって、「私に似てハンサムな容姿をしています」なんて、言っていたけど大噓じゃない。年を取った伯爵よりもずっと綺麗な容姿をしている。まぁ、いずれこの人も伯爵みたいに目の下にくっきりと隈ができるのかもしれないわね。親子だし
「よかったです、忘れられていたらどうしようかと」
「まさか、そんなはずないでしょう。貴方は伯爵家のご令息、忘れるはずがありませんわ」
「ははっそうですか?嬉しいです。あっそうだ公女様!お怪我はありませんか?」
アリスはこの異様なアレクシスの優しさが忌まわしく感じた。もちろん、自分を助けてくれたことは心から感謝している。
ただ、アリスは普段家族の人間や使用人以外と会話をすることはない。アリスはそれを避けているからだ。何故なら、アリスの地位や発明の知識を狙った人間たちからの対応に嫌気がさしたから。
是非私と婚約を、侯爵様に挨拶を、自分にも是非発明品を…!
相手は自分自身に興味があるのではなく、自分の持つ才能や権力が目的だ。
何度もしつこく言い寄られることにアリスは飽き飽きしていた。それがアリスを引きこもりにさせた原因の一つでもある。
「見ての通りよ、貴方が助けてくれたおかげで傷一つ負っていないわ」
「本当ですね!無事で何よりです」
冷たくあしらうアリスに嫌な顔一つせず、笑顔で話しかけるアレクシス。
天才騎士と呼ばれるほど、剣術に優れている人。戦場では鮮血の騎士なんて呼ばれていると聞いたけど、笑顔で話しかけてくるところだけを見ると、人懐っこい子犬みたいね。
「あの、令息。失礼ですがどうして一人で来られたのですか?普通騎士団は複数人で移動するものと聞いておりましたので少々驚きました」
「あー…すみません、魔法石が運べるのは一人までなので騎士団長の言葉を無視して飛んできてしまったんです」
気まずそうに話すアレクシスの言葉にアリスは目を点にして驚いた。
「…はい?…本当に、意味が分かりませんわ。騎士団長の言葉を無視して来た?貴方、正気なの?そんなのクビになっても文句言えないわよ?」
アレクシスが騎士団に入ったのは十五歳の時、そして今彼は十七歳。まだ、騎士団に入ってからたったの二年しか経っていない。
いくら剣術の天才だからと言って、騎士団の最高権力者である騎士団長の言葉を無視したなんて、クビになっても文句は言えない。
「あははっ、そうですね。でも、公女様が攫われたって聞いたら居てもたってもいられなくて」
「…馬鹿よ、貴方」
「父上にもよくそう言われましたね」
「……でも、ありがとう。心から、お礼申し上げますわ令息。貴方が来てくれなければ殺されはしないものの、殴られるくらいはされていた気がします。私は人を苛立たせてしまうようなので」
昔からアリスは、その優秀な頭脳を妬んだ人々からあまり良い対応をされてこなかった。
もちろん侯爵令嬢という権力を恐れ、表向きにはごまをすって言い寄ってくる。ただその内面は真っ黒。
ありもしない噂をたてられたことだってある。
「そうですかね?公女様は優しい人だと俺は思ってましたよ」
「優しい?どうしてそんなことが言えるのですか?私は貴方様と挨拶以外の会話をしたのは今日が初めてのはずです」
「そうですね、何度もお声がけに行こうとしましたが。なにせ公女様はすぐに帰られてしまうので」
天才騎士アレクシス様、先ほどまでは頼りがいのある大人のように見えていたと思っていたアリスだったが。照れたようにへへっ、と言いながら頬をかく仕草をするアレクシスの横顔は年頃の男の子と何の変りもなかった。
「そういえば昔に公女様の発明品をルイス公子に見せて頂いたことがあります!」
「そう…ですか。そう言えば令息は兄と仲が良かったですね」
(やっぱり彼もまた発明の話。…貴方もまた、私の発明品が目的なのね)
ランディア伯爵家とシャルロッテ侯爵家は交流が深く、そしてアレクシスとルイスは良き友の関係だった。そのため、引きこもりのアリスも強制的に参加させられた誕生パーティで彼を何度も見かけていた。
「はい!それがあまりにも素晴らしくて、町の子供たちと暗くなるまで遊んだものです」
「伯爵令息の貴方が平民の子供とですか?」
「ええ、伯爵令息なんて息苦しい肩書を付けられてはいますが、俺にはあまり貴族の友人が出来なくて…ここだけの話ですが、幼いころから家を抜け出しては町へ遊びに行っていたんです。…そうそう!確か公女様の発明品、子供たちがすごく喜んで…」
「それは本当ですか!!」
アレクシスが話している途中にアリスは大声をあげて、言葉を遮った。
「っ、あの、申し訳ございません令息。言葉を遮ってしまって…」
「あははっ!本当ですよ公女様。皆、公女様の発明に夢中になっていました。ボタンを押したら沢山泡が出てきて、それはまるでシャボン玉のようなものなのに時間が経っても割れないなんて本当に驚きました。 ……えっと、確か名前は…」
「「バルバルバルーンちゃん!!」」
アレクシスとアリスの声が重なった。
アリスの目がキラキラと輝いている、発明のことになれば彼女は大興奮だ。
「あぁ懐かしいわね!『バルバルバルーンちゃん』を作ったのは今から二年前。私が初めて作った発明品で私にとっても凄く思い出深いものなの。専用の液を本体に付けたらスイッチを押す、そうしたらボタンを止めるか液がなくなるまで、割れないシャボン玉を作り出すの!勿論そのままにしておいたら被害になるかもしれないからもう一つのボタンを押すと破裂するように………って、ごめんなさい私ったら、」
(また、やってしまった)
アリスは自分が長々と早口に話し込んでしまったことに気づき、すぐに謝罪した。
今までアリスにも友人ができなかったわけじゃない。でも、アリスによる長々しい発明の話は年頃の少女にはついていくことはできず、自然とみんなアリスの元から離れてしまった。
「ごめんなさい、どうかしていましたわ。少し疲れてしまっておかしくなってしまっているようです。こんな話退屈でしょうに…」
「あははっ!」
「…ど、どうして笑うのですか!」
突然人に笑われ、アリスの顔は真っ赤に染まる。
いつもは自分の才能に自信があり、強気で気高い公女様も異性の人間にからかわれ、恥ずかしくて頬を染めることはある。
「すみません公女様、いや。天才だと称される公女様もこう見ると、ただの女の子なんだなって…あ、もちろんこれは良い意味でですよ!?気分を害してしまったらすみません。俺、女の子とあまり話さないんで慣れて居なくて」
「貴方…誰にでもそうなの?」
「えっと、そうとは…?」
「おほんっ、いえ、何でもないわ。」
話を変えるようにして、一つ咳ばらいをするアリス。
「そうだ公女様、魔法石も片道分しか無くてですね。あともう少しすれば騎士団の他の奴らが来るはずなので少し話をしていきませんか?もちろん公女様が良ければですが」
「話ですか?…私は普段、家族や使用人たちとしか話をしないので何を話せばいいか」
アレクシスは顎に手をおいて暫く考えた後、閃いた。と言ったような顔を見せた。
「んーそうですね。あっ、そうだ聞きたいことが一つ。 公女様はどうして発明をされようと思ったんですか?」
アリスは少し考えこんだ後、口を開いた。
発明を何故したか。この質問は飽きるほどされてきた。でもアリスは一度も答えたことが無かった。何となく嫌だったからだ。自分の内面を見られることは誰しも嫌に思うだろう。その感覚と同じもの。
でも、彼になら話しても言い気がした。アレクシスは舞踏会で数回顔を合しただけの相手。この感情は甘い恋心や信頼などではない。これは、ただの気まぐれ。
「…アレクシス様もご存じだと思いますが、私の兄はシャルロッテ侯爵家の当主になられるお方です」
「あぁ、そりゃもちろん知っています」
「恥ずかしながら兄と私はよく口喧嘩をしてしまうのです」
「…あのルイスがですか?」
「ふふ、意外でしょう?」
その通りと言ったような顔をするアレクシス。
顔に出やすい…というか、そのまま出てしまっているアレクシスの顔を見てアリスは笑ってしまう。
「でも、兄との関係は良い方だと思っています。兄は私に優しいですし、私も兄を尊敬しています。 でも、兄は昔から当主になるために勉強ばかりで中々私とは遊ぶ時間が無かったんです」
「あぁ、俺も当主になるために勉強を強制されてたな。それが嫌で騎士になったりして、父上には叱られたよ」
天才騎士と称えられる彼にそんな苦労があったなんて。とアリスは驚いた。
そして、自分との共通点があることに驚いた。
アリスは、侯爵令嬢としての身分にも関わらず、舞踏会やお茶会にも参加せず部屋に籠って発明ばかり。幸い、優しい両親からは応援されたが、周囲はそれを許さなかった。
だが、アリスの発明に結果が出て『天才公女』と呼ばれるようになった途端。手のひらを返して皆アリスに媚びを売るように擦り寄ってきた。
…アレクシスも『天才騎士』と呼ばれるまでに沢山苦労してきたんだろう。
そう、思い。アリスはさっきまでアレクシスを他の貴族連中と同じ扱いをしてしまった自分を恥じた。
「ふふ、もしかすると兄はそんなアレクシス様に惹かれたのかも知れませんね」
「ルイスが俺に惹かれた?」
「はい、兄は誰よりも騎士に憧れていましたので」
「ちょっと待ってください、公女様の話はどれも信じられないものばかりです。ルイスが騎士に憧れていた?あの、勉強大好き野郎が?」
信じられないと言った顔をするアレクシスを見て、アリスは更に笑った。
こんなにも笑ったのはいつぶりだろうか。
普段ここまで長く会話をするのは自分のことをよく知った家族くらい。自分の話をすることがここまで楽しいなんて、知らなかった。
「そうですよ!ご存じなかったんですか?」
「全く知らなかったよ…」
「あはは!それはルイに悪いことをしてしまいました。どうか内緒にしていてくださいね」
アリスは段々と話すことが楽しくなり、二人ともだんだんと敬語が抜けていく。
ルイス・シャルロッテはお互いにとって大切な存在。共通の話に盛り上がり、二人とも楽しげに話を進めた。
「だから、私は発明をしたんです。優しい兄と遊びたくて、凄いねって褒めてほしかったんです。…改めて言葉にすると少し恥ずかしいですね」
アリスは瞼を閉じて、昔のことを思い出していた。
「へえ、そんなきっかけとは思いもしなかったよ。上手く言えないけど、あれだな。 素敵…だな!」
「…そうでしょうか。表向きにはみんなの喜ぶ笑顔が見たくて作りました~。なんて綺麗ごとを言っていおいて、本当は自分の私利私欲のために作っていた。きっとみんな幻滅するはずです」
「どうしてだ?そんなはずないだろ。公女様の作る発明品はどれも素晴らしい」
アリスはアレクシスの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
発明家にとって、自分の発明品を褒めてもらえる。これ以上に嬉しいことはあるだろうか。
だが、アリスは素直に喜べないでいた。さっきの誘拐犯の男たちの言葉が、ずっと気がかりだったからだ。
「令息、その言葉はどんな誉め言葉よりも嬉しいです。ですが、私の発明は全てが素晴らしいものではないのです。 誘拐犯たちが今まで犯罪が使ってきた道具の中に、私の発明品がありました。私が、作り上げてしまったせいで被害にあった人がいるのならばそれは私のせいです。私は犯罪の手助けをしていたのです」
「……自分の作ったものが犯罪に使われていたから、それは自分の責任。…公女様、それは違います」
アレクシスと話して、アリスは彼が純粋な優しさで自分を助けてくれた、とても良い人だと分かった。
だからこそ、彼は優しさで自分を慰めてくれているだけだと分かる。
「アレクシス様はお優しいですね。その発明品とは『くんくんさん』という好きな香りをいつでもどこでも好きな時に楽しむことができるものでした。兄は、強い香りが苦手なので同じ部屋に居ても香油の香りを楽しみたくて作ったんです。…でも、まさかそれが犯罪に使われていたなんて。」
全て、自業自得もしれない。そもそも『くんくんさん』は自分の目的のためだけに作ったもの。いくら皆にも使ってほしいと考えたからって、一般で売らなければこんなことにはならなかった。
これは、私の責任だ。
「そうだ公女様、料理をしたことはありますか?」
「料理ですか、?」
突然の新たな話題にアリスは困惑した表情を見せた。
「はい!」
アリスが落ち込んだことが分かったアレクシスは、彼女を励まそうとする。
優しいアレクシスは、落ち込んだ女の子が居れば放っておけない。親友の妹となれば尚更のこと。
「お恥ずかしながら、料理は一度もしたことがありません。アレクシス様は料理をされるんですか?」
「一応しますよ!まぁ簡単なものしか出来ませんし、俺も騎士団に入るまで一度も料理がしたことが無かったんですけどね。それじゃあ公女様、料理をする時包丁を使うことは知っていますか?」
「…馬鹿にしないでくださりますか?さすがの私もそれくらいは分かります」
アリスは自分がからかわれたと思い、少し拗ねたように頬を膨らませる。
「ははっ、それは失礼いたしました。では公女様、包丁は料理をする時無くてはならないものですよね?美味しいご飯を作るために無くてはならない存在。でも、包丁は使い方によっては人を傷つける道具にも使えてしまう」
「…それは私の作る発明品と、包丁が一緒だという意味ですか?」
「いいえ、あくまでこれは例え話ですよ。使いようによっては、毒にも薬にもなる。発明に限らずこの世にあるものはなんだってそういうものですよ」
アレクシスの言葉は、深くアリスの胸に刺さった。
嬉しさでも悲しさでもない、不思議な感情に襲われる。
「使い方によって、毒にも薬にもなる…ですか」
「はい。だから貴方はそんなことを気にする必要はないです。それに!悪徳野郎は俺が成敗してやりますんで!なので公女様は何も気にせず、これからも皆を笑顔にする発明をしてください!」
…どき、どき。
何故か、胸が高鳴るだけ。初めて感じる胸の高鳴りが、アリスはまだよくわからなかった。
「もちろん発明だけじゃない、公女様。貴方はとても素敵な方です」
アレクシスがそう言い、微笑むだけで胸が苦しくなった。
アレクシスにとって、私はただの親友の妹。
私が誰であっても、彼は励ましの言葉を囁くのだろう。
「なのでどうか元気を出してください!」
ドキドキと、体がおかしい。これは一体何?
もしかして、これは・・・
(…不整脈かしら?)
「って、あ!公女様気が利かなくてすみません!ドレスが汚れてしまいますね、一度立ち上がって頂けますか?マントを置くのでその上に座ってください!」
突然叫びだしたアレクシスはドレスが汚れることを気にしているという。
アレクシスは自身のマントを脱ぎ。それを敷物代わりにしようと考え、アリスにその上に座るように言う。
「いえっ!お気になさらないでください!マントは騎士にとって凄く大切なものだというじゃないですか…!」
「いいんですよ!マントよりもドレスの方が高いんで!」
そこは値段じゃなくて忠誠心だとかそういう話じゃないのかしら…?
本当、伯爵令息とは思えない人ね。…まぁ私も似たようなものか。
「あははっ、そういうことじゃないでしょう?…ふふ、それではお言葉に甘えさせていただきますね」
アリスはアレクシス親切に甘え、座り直すためにその場に立ち上がった。
その時、何かが落ちる音がした。
「あれ?公女様、何か落としましたよ。…それは?」
「えっ、あぁこれは、『チェックさん』というもので、つい最近私が発明したものです!よろしければ是非手に取ってみてください」
アリスは落ちたチェックさんを拾い上げ、アレクシスに手渡した。
「本当に公女様は凄いですね…これはどういったものなんですか?」
手に取ったチェックさんをアレクシスは不思議そうに見ている。
一般に発売しないものは、むやみに教えない方がいいのだけど…。
まぁ純粋な彼なら悪だくみには使わないでしょう。
「これは『チェックさん』という名前で。使用方法はこの『チェックさん』を対象の人物に向けてこの上についているボタンを押すと相手が自分に対して向けている感情と数値が表示される仕組みです」
「自分に向けている感情が分かる…?それはまた凄いものを作られましたね…。これはどうして作られたのですか?公女様も自分がどう思われているか気になるんですか?」
「ま、まぁ、そんなところですね。」
(本当はゴマすり貴族を判別するために作ったのだけど…)
「こう、ですか?」
アレクシスは説明を受けると、アリスにチェックさんを向け、そのままボタン押した。
「あ、ちょっと!私で試さないでくださいよ!」
「へへっ、すみません。あ、ピンク色になりましたよ公女様!ピンク色は、どういう感情なんですか?」
アリスは『チェックさん』を作るとき、色々な感情設定した。
好印象と言っても、色々なものがある。
例えば、赤は愛情。オレンジは友情。黄色は信頼。
そして、ピンク色は・・・
「…嘘、でしょう?貸してくださいっ!」
信じられないといった様子のアリスは、急いでアレクシスからチェックさんを奪い取り、画面を見た。
「そんな、私」
(故障、かしら?えぇ、きっとそう、そうよ。)
「ピンク色の百?この数字は一体 …まさか公女様その焦り方っ、!」
アレクシスの言葉に、アリスは更に焦った。
「嫌い度とかだったりしますか?」
「…いいえ、全く違いますわ。」
気づいてしまった、なんて顔をしているアレクシスだがその予想は完全に外れている。
アリスはチェックさんを完成させるまでに何度も使用人たちを使って試してきた。その際何度も好意的な色を見てきたし、大きい数字も見てきた。だが、百なんて数字は今まで一度も見たことがない。
「いやぁ良かった!公女様に嫌われていたらどうしようかと…あれ、公女様? どうされましたか、顔が赤いですよ」
『チェックさん』に設定した、『ピンク色』の意味する感情。
それは、恋心だ。
アリスは気づいてしまった。
自分は、アレクシス様に恋をしてしまったのだと。
そして、この胸のときめきは不整脈なんかじゃなく、恋心によるものだと。
自分を励ましてくれるその優しさに。自分に向けられた、その素敵な笑顔に。
アリスは、恋に落ちてしまったのだ。
よかった、と笑うアレクシスの顔を見てアリスはさらに胸が高鳴る。その高鳴りはさっきから感じている。なんだ、これは恋だったのか。
気づくのが遅すぎたくらいだ。
アリスは天才的な頭脳を持つ少女。気づくためのヒントは沢山あったはず。何故分からなったのか。
恋は盲目とは、こういうことなのか。
・・・
「驚いたよ、まさかアリスがアレクシスを好きになるとはね」
誘拐事件の次の日、アリスはルイスに昨日起きた出来事を細かく話した。隠すことなく、一から百まですべて。
心配していたアレクシスが騎士団長の命令を無視したことについては、アリスから侯爵に伝え、侯爵が騎士団長に話を通してくれるそう。これでひとまずはアレクシスのクビは免れるだろう。騎士団長も侯爵に言われては従うしかあるまい。
「なるほど。だから突然メイドたちにロマンス小説を大量に買ってこさせたのか」
「そうよ、でもどれも役に立たなそうなものばかり!…はぁ、私ね今まで分からないことが無かったの。それが悩みなくらいに」
山積みになった本の中で、アリスは深くため息をついた。
勉強は人よりもずっとできた。
自分が欲しいものが、この世にはなかった。
だから沢山勉強をして多くの資料や本を読み明かして、作り上げた。
そうしているうちに、アリスは発明家と呼ばれるようになり。その若さと才能から、天才と称されるようになっていた。
発明のことなら、アリスに敵うものはいないだろう。
ただ、アリスは恋愛に関しては全くの知識が無かった。
恋とはまず何なのか、恋の結末は結婚?アリスにとって、結婚とは政略結婚。それならば、恋愛とは、一体何か?
「でも、分からないのよ…」
「分からない?何がだ?」
「アレクシス様のことを好きなことは、分かっているの。『チェックさん』は故障していなかったし、医者に診てもらったけれど病気でもなかった。彼をみて高鳴る胸の鼓動は、恋としか言い切れない」
「恥ずかしいことをよくもそうペラペラと話せるな…」
恥ずかしがりもせずに、熱烈と甘い言葉を語るアリスを見ていると聞いているルイスの方が恥ずかしくなる。
「でも、どうして彼のことを好きなのか分からないのよ。」
「どうして、か。……運命とか?」
「運命…?ありえない、非科学的すぎるわ」
「ははっ、どんな難しい発明だって簡単にこなす天才公女様が恋に悩むなんてねぇ」
「悔しいけどその通りよ。恋は計算式じゃ解けない、どんな書物にも恋の解説本は無かった。……もう、どうしたらいいの」
アリスは傲慢で我儘だと口調や行動から思われがちだが、意外と真面目な性格だ。
だからこそ、この初めての感情にどうすればいいのか分からないのだろう。
「恋愛の攻略本を、誰か作ってくれないかしら…」
「お得意の発明で作れば?」
「うるさい!」
にやにやとしながらルイスはそう言う。その顔と仕草にアリスは腹が立ち、うるさいと怒った。
アリスにとって、恋とは全く未知の世界なのだ。
アリスとルイスはお互いに隠し事なんて無い。ルイスもアリスが恋愛に無知なことは完璧に理解している。だからこそ、自分で発明しろ。というルイスの言葉は、からかいの言葉だとアリスは分かった。
「…はあ、」
分からないわよ。全くもって未知の世界!
だって、恋なんて難題。私はまだ、習っていないもの。
・・・
アリスが恋をしてから、半年の月日が流れようとしていた。
「公女様、失礼いたします。」
「どうしたの?用なら『ハットちゃん』に入れておいて欲しいっていつも言っているでしょ」
アリスの言う『ハットちゃん』とは、アリスによる発明品である。
『Hey ハット』と声をかけると起動し、録音や質問などができるとても便利なもの。便利すぎるがゆえに量産は難しく、アリス専用の世界に一つしかない発明品だ。
「それが、公子様がいらしてまして…」
「ルイが?それを早く言ってちょうだい、すぐに通して」
「かしこまりました、公女様」
ドアを挟んだ状態で会話をしていたメイドとアリスだったが、アリスの言葉に従いメイドはその扉を開いた。
「やあ、アリス。」
アリスが向いている方向は窓のある方で今、ドアに背を向けている状態。姿は見えていないものの、背後から聞こえた声が兄のルイスのものだとすぐにわかった。
「いらっしゃいルイ!今手が離せなくて背中を向けた状態でごめんなさい、終わるまでちょっと待っててくれる?」
「また発明に没頭していたのか?相変わらず、アリスは発明ばっかりだな」
「ちょっと、相変わらずって何よ。そうよ私は今日も発明ばかりよ、忙しい貴方と違ってね。もう!意地悪言いに来たのなら大好きな勉強でもしてればいいじゃない、さっさとどっか行って!ふん」
「…そうか、分かったよ。」
(あれ?ちょっと、どうしたの今日はやけに素直じゃない)
アリスの強気な言い方は、優しい兄が許してくれると分かっての言葉。
きっと今回も仕方ないな。なんて言って許してくれるとアリスは考えていた。
それなのに今日のルイスは何故か素直に引いていった。
(ほ、本当に帰ってしまうの?)
「待ってよルイ!・・・へっ、」
「すまないなアレクシス。妹がこう言ってることだし僕たちは帰るとしよう」
「やっ、やぁ公女様。お久しぶりですね」
行かないで。そう呼び止めようとしたアリスの言葉は途中で止まった。
「な、なっ!!なんで!!どうしてっ、!!」
何故なら、毎日顔を合わす見慣れた顔の横に。
そこにはないはずの、アリスの想い人。アレクシスの顔があったからだ。
あの日以来、一度も会うことは無かった相手。
それなのに毎日何度も思い出してしまう相手。ずっとずっと、会いたかった彼が目の前にいる。
会いたいと願っていたはずなのに、想像もしていなかった突然の出来事にアリスは顔を真っ赤にして部屋の奥へと走り去ってしまった。
「おーい、出ておいでよアリス」
「…お願いですから一人にしてください。」
逃げた先にあった『カタツムリん』に入り込んでしまったアリス。
『カタツムリん』とはアリスの発明品で、カタツムリの殻のような形をしており、少女一人が入れるほどの大きさをしている。
一度中に入ってしまえば、外から中の人間を出すことは不可能で。中に居る人間が自ら出てくる以外外に出る方法がない。
「おいルイス、やっぱり俺が来ちゃまずかったんじゃ…」
そんなことはない。そう否定したいのに、久しぶりに聞いたアレクシスの声にときめきと緊張のあまりアリスは声が出せないでいた。
「…ま、今日はこんなもんか。 アレクシス、先に僕の部屋に戻ってくれるか?」
「?あぁ、分かったよ……それじゃあ公女様、突然すみませんでした。失礼いたしますね」
ルイスの言葉に素直に従い、アレクシスは部屋を出た。正直すぐに立ち去りたかったという気持ちもあるのだろう。
公女という高い身分のアリスの自室に来ること以前に、女性の部屋に来ることは初めてだったアレクシス。憧れる気持ちもあるものの、強い罪悪感があった。
「アレクシスは行ったよ、出ておいでアリス」
ルイスに呼ばれ、アリスは恐る恐るカタツムリんから出た。
アリスの表情は先ほどまでの真っ赤に染まった顔じゃなく、涙目で、怒りのあまり体を小刻みにプルプルと震わせていた。
「……やってくれたわねルイ!!」
「まぁまぁ、そんなに喜ばないでよアリス。君の大好きな愛しの天才騎士様を連れてきてやったんだから。アリス、会いたがってただろ?」
「あぁそうよ。そうね!会いたかったわよ!…でも突然部屋に連れてくるとかじゃなくてっ、パーティーとかでって意味よ馬鹿!!」
「ははっ、僕が悪かったよアリス。機嫌を直してくれ」
「……次、やったら。いくらルイでも許さない」
焦った様子でアリスをなだめるルイスだったが、内心この状況を凄く面白がっていた。
親友と妹の恋愛は、物凄く面白い。これをからかわずにして、なにをからかうというのか。
そんなことをルイスが考えているとも知らないアリスは、兄を簡単に許してしまう。
「アリスはそんなにアレクシスが好きなの?」
「………そうよ、悪い?」
「そう。それならいっそのこと父上に頼んで婚約を結べばいいじゃないか。お前は侯爵令嬢で相手は伯爵令息、お前が望めが簡単に結べるさ。 父上は皇子とお前の婚約を望んでいるようだが皇子には相手がいるというし、アリスも皇后になる気はないんだろ?」
「当り前よ、アレクシス様の元に嫁げず他の殿方の元へ嫁ぐことになるなら私は死ぬ」
死んでやる、と言い切るアリスを見てルイスはため息をついた。
「……なんでそこまで言い切れて、想いを伝えられないのか分からないよ僕には。この際、惚れ薬でも発明したらどう?」
「惚れ薬って、流石の私もそんなことしないわよ。 だって、アレクシス様はきっと私のことなんて異性として見てくれても居ないわ。告白したとしてもきっと、振られてしまうもの…」
眉をこれでもかというほど下げて落ち込むアリス。
ルイスの言うことは正しいし、それに何も言い返すことができない自分が情けない。
想いを伝えたいのに伝えたくない。そんな矛盾した気持ちは初めてだからどうすればいいのか分からない。
「僕の妹は美しいし、聡明だ。お前を拒むのなら僕はアイツを殴る」
「ふふっ、ルイが暴力?それは少し見てみたいかもしれないわね」
「あぁ!やってやるとも。それに、アイツは僕を殴れないからね」
「どうして?」
「そういう奴なんだよアレクシスは、友には決して暴力を振るえない優しい奴。…僕はアレクシスを信頼している。だからお前のことを任せられる」
侯爵家の息子と伯爵家の息子、お互いに時期当主として育てられたルイスとアレクシスは共通点も多く、仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。長い付き合いだ、ルイスはアレクシスを心から信頼していた。だからこそ大切な妹を任せられるというもの。
「…ルイ。」
そして、それよりもずっと長い期間を双子の二人は過ごしている。ルイスとアリスは生まれた時からずっと一緒。初めて声に出した言葉はお互いの名前。アリスが泣けば、一番に駆けつけるのはルイス。兄として妹を慰める姿は侯爵家ではよく見られた。
死ぬも生きるも一緒の中、二人は運命共同体。
自分を心配してくれるルイスを見て、アリスは嬉しそうに微笑んだ。
「それにアリスとアレクシスが結婚すればアレクシスは僕の弟になるんだろ?はっ、最高だなそれって」
「ルイ、貴方まさかそれ目当てじゃないでしょうね?」
「……僕はもう行くよ、アレクシスを一人にさせては可哀想だ」
「あっちょっと!待ちなさいよ!ルイ!……っもう、」
(もう、私の感動を返してちょうだい…)
兄妹愛の感動の時間はあっという間に過ぎ去り、ルイスの悪だくみが見え。
得意げにウィンクを決めて最高だ、と笑うルイスにアリスは呆れたようにため息をついた。
アリスとルイスがため息をつく姿は、流石双子というべきか、瓜二つだった。
「はあぁ……疲れたわね」
アリスは深くため息をつくと、途中だった発明の続きに戻った。いくつかの器具は散らばっており、発明メモのノートや本が置かれている。
「発明は、こんなにも上手くいくのに。」
・・・
「ごきげんよう公女様、お久しぶりですね」
目の前の見慣れない顔の男は私に向かって挨拶をした。
今日はランディア伯爵の誕生パーティーへ来ていた。
普段なら、体調不良だとか色々と言い訳をして逃げる私だけど、流石に伯爵の誕生パーティは来ないといけないでしょう?…けしてこれは、アレクシスを目的にした下心ではない。ない、はず。
「えぇ、ごきげんよう …えっとー」
(やばい、この人なんて名前だったかしら)
顔に見覚えはあるけど名前がどうしても思いつかない。
暫く社交界に参加していなかったから、名前があやふやになってしまっている。
「…オリバー・フランク子爵」
「オリバー・フランク子爵!…様!」
私が名前を覚えだせずにいると、横に立っていたルイスが耳元で名前を教えてくれた。
ルイスからの耳打ちを受け、アリスは勢いよく名前を呼んだ。
「本日は公女様と公子様にお会いできて光栄です。その、失礼でなければ本当ならば公女様とお二人でお話したいのですが…」
私が名前を呼ぶと、オリバー・フランクは上がっていた口角をさらに上げ、私の方向へ一歩足を進めた。
若干、オリバー・フランクの頬が染まって見えた。お酒に酔って赤くなってしまっているのだろうか。
「もういいでしょうか子爵。妹はパーティーで疲れているようですので」
ルイは、私に向かって足を進めたオリバー様を止めるように、間に入った。
私がパーティーで疲れている?確かに普段来ない場所だから疲れていると言えばそうだけど、まだパーティーが始まってから一時間も経っていない。
もしかして、ルイはオリバー・フランクを嫌いなのかしら?好き嫌いの無い人だから少し意外。
「それは申し訳ございません公女様。それではまた後日ゆっくりとご挨拶させてくださいね。…次は是非、私の屋敷にもいらしてください」
「えぇ、是非伺わせていただきますわ」
「僕も一緒に」
「…もちろんです、公子様」
(苦手なら、どうして自分から話しに行くんだろう)
オリバーが私に話しかけるたびに、ルイの顔は不機嫌に見えた。
表向きには笑顔を作っていても、不機嫌な時に右の口角をピクリと動かす癖があるところは昔から変わっていない。
ルイに話しかけられたオリバーもまた、分が悪そうにしていた。ルイからの圧が耐え切れなかったのか、そそくさと去っていった。
「間抜けな顔をしているな」
「え?」
オリバーが去った後、ルイは突然そんなことを言い始めた。
恐らく間抜けの顔とは、時系列からしてオリバー・フランクのことだろう。
「アリスもそう思うだろ?あいつ、子爵の分際で気安く話しかけてきやがって。身の程知らずが」
「どうしたのよルイ、オリバー・フランクのことがそんなに嫌いだったの?悪い人には見えなかったけど」
「嫌い?あぁ嫌いだね、あんな胡散臭い奴話していても時間の無駄だ」
「ふーん、?」
正直、どうしてルイがそこまでオリバーを気にするのかは分からなかったが、理由を聞くほどまでは興味が無かった。
私はそれよりも、少し向こうからの熱い視線が気になっていたから。
数名の令嬢たちがこちらをチラチラと見ている。その視線は私に向けられているものではなく、横に立つ不機嫌な公子様へのもの。
なるほど、ルイと話がしたいのね?
(仕方ない、令嬢たちのために私が一肌脱いであげますか)
「ねぇルイは踊ったりしないの?今までは私とパートナーとしてパーティーに来ていたけど、そろそろルイも一緒に来るレディーを見つけたら?ほら、例えばあそこにいる令嬢たちとかさ」
私が令嬢たちの方へ視線を送ると、ルイも令嬢たちの方を向いた。
ルイと目が合った令嬢たちは嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいる。
私には令嬢の友達が居ないけど別に嫌いなわけじゃない、ただ話が合わないだけ。
良かったね。と思いながら私は手に持っていたシャンパンをグイっと飲みごした。
「…あそこの令嬢たちと友達になりたいのか?」
「えほっ、んん。どうしてそうなるの?」
意外な返事が返ってきて、思わず飲んでいたシャンパンを吹き出しかけてしまう。
「だってアリスが他の令嬢の話をするなんて珍しいだろ?もし気になるなら話しかけておいでよ、ここで見てるから」
うーん、あの令嬢たちのお目当ては私じゃなくて貴方なんだけどなぁ
…まぁちょっと気まぐれで令嬢たちにいい顔してあげようと思っただけだし、無理やりルイを連れてくほどでもないけど。
「ルイス!お前こんなところに居たのか…って、公女様!来て頂けたんですね!」
「あっ、アレクシス様…!」
令嬢たちのことで悩んでいると私のお目当ての人が来た。ごめんね令嬢たち、私は貴方たちの役に立てないみたい。今はまだ、自分のことで精一杯!
「公女様お久しぶりです、以前はちゃんと挨拶できずにすみません!」
「いえっ、私の方こそすみませんでした、せっかく来て頂いたのになんのおもてなしもできず…!」
(よしよし、アリスいいわよ!ちゃんと話せてるじゃない!)
ここに来るまでに、きちんとアレクシス様にあっても緊張しないように心を作ってきている。この調子なら上手く会話ができる…!
「…あー、そうだアレクシス。忘れてたよ、僕伯爵と伯爵夫人に挨拶をしないと行けないんだった」
「悪いなルイス!お前が来てくれたら父上は喜ぶよ。父上たちなら向こうにいるはずだから一緒に行こう」
「いいや、アレクシスは忙しいだろ?大丈夫僕一人で行くよ……でも大切な僕の妹を一人にするわけにはいかないな」
(なにを言ってるのよ、私も一緒に挨拶をしに行けばいいじゃない)
「…ルイ?」
一人にするわけには行かない。そう言うとルイは私に目で合図をした。
まさかまた、貴方なにか企んでいるんじゃ…!
「いや、こんなところに僕の親愛なる友!アレクシスがいるじゃないか、天才騎士様になら僕の妹を任せられるな。頼んだぞアレクシス、アリスを一人にしたら許さないからな。じゃ!」
(じゃ!…じゃないわよ!)
颯爽と笑顔のままルイスは人ごみの中へ消えてしまった
「…えっと、公女様。ルイスの奴なにかあったんですか?」
「……すみません、アレクシス様。うちの馬鹿な兄が」
あまりのキャラブレにアレクシスも驚いた様子。
それもそのはず、普段は冷静沈着頭脳派キャラ。みたいな顔をしておいて、あの明るい声色は何?
「それならせっかくですし公女様、よければあちらでお茶をしませんか?うちの専属シェフたちが腕によりをかけて作ったので公女様の口にもきっと合うと思います」
「アレクシス様がよろしいのでしたら、是非ご一緒させてください」
私は今。表向きには涼しい顔をしていても、内心心臓が張り裂けそうなくらい緊張している。
だって、彼から私を誘ってくれたのよ?そんなの少し期待しちゃうじゃない…!
「ルイスは本当に公女様を大切にしているみたいですね」
「そうでしょうか?確かに兄は優しいですが、アレクシス様の思っているほどではないと思いますよ」
(さっきも私に嫌味を言ってきたし…)
「いいえ、ルイスは本当に公女様を大切にしていますよ。でなきゃ公女様に変な虫がつかないように俺に託したりしませんよ」
「…変な虫、ですか?」
「えぇ。さっきも噂していました、せっかくアスタリアの天使様が笑われたのに屈強な盾がそばに居るって」
(あ、アスタリアの天使…?)
まさか、私のことを言っているの?そんなヘンテコな名前を付けられていたなんて知らなかった
「天使なんてお恥ずかしいですね、」
「公女様はとても可愛らしく愛らしい方だとアスタリアでは有名ですからね!もちろんその上とても聡明な方だとも!」
「…そうですか、ありがとうございますアレクシス様」
”アレクシス様もそう思ってくださっていたんですか?”
そう、聞きたいけど。
(無理ね、キャラじゃないもの)
私も、他の令嬢たちみたいに想いを伝えられたら…なんて。
「あっ!公女様これ美味しいですよ食べてみてください、俺の一番のお気に入りです」
アレクシスが差し出してきたのは、沢山のマカロンが並べられた皿。
色々な味があり、カラフルに並べられている。
「マカロンですか?」
「はい!公女様は何味が好きですか?」
「好きな味…」
研究をして疲れた頭を休めるために甘いお菓子を食べることはよくあるけど、味はあまり気にしたことがなかった。
「そうですね、強いて言うならバニラかいちごを食べることが多いです」
「そうなんですか!俺もですよ!公女様と一緒です」
一緒だと言って笑うアレクシス様。
その笑顔が好き。私は、貴方のことを全然知らない。
好きな色は?
好みの香りは?
好きな食べ物は…マカロンが好きってことは甘党なのかしら
…もっと貴方のことが知りたい。
・・・
「…『Hay ハット』。私は、どうしたらいいのかしら」
アリスは、窓のそばに置かれた机に伏せて、発明品の『ハットちゃん』に声をかけた。
ランディア伯爵の誕生パーティーから半月が経とうとしていた。
結局伯爵の誕生パーティーでは、お茶をしながら政治の話や軽い世間話しかできなかった…
話ができるだけで幸せだったけど、もっと彼のそばに居たかった。というのが本音。
そして今日はダラダラする日。アリスにだって発明をしない時間もある。こうして何をするわけもなくただ自分の作った『ハットちゃん』と会話をするだけ…そんな日が天才発明家にあってもいいじゃないか。
それに元々、『ハットちゃん』は友達の居ないアリスが自分の話し相手が欲しくて作ったもの。使い方としては正しい。
「やぁこんにちは!僕の名前はハットちゃん!」
「…あのね、私はアレクシス様が好きなの。彼が好きで好きで、どうしようもないのよ」
「大丈夫だよアリス!きっと、彼は振り向いてくれるさ!」
「…証拠は?根拠は?きちんと数式に表して証明してちょうだい。」
感情のない発明品に恋の相談は普通じゃない。そんなことはアリスも分かっている。
でも、恋をすると人は普通じゃいられない。自分の全てを差し出してでも、愛しき人と結ばれたい。
恋をすると、こんなにも苦しいのか。
感情が自分の中でぐるぐるとうごめいている。
「大丈夫だよアリス!きっと、彼は振り向いてくれるさ!」
「…おかしいわね、同じ言葉を繰り返すなんて。うーん、ついに故障かしら?『ハットちゃん』はかなり丁寧に作った製品だから他の製品よりも故障する確率は低いはずだけど」
故障かどうか確認するために、一度中を開けようと。小さな鳩がデザインの『ハットちゃん』を手に取った。
その時、『ハットちゃん』はカタカタと突然揺れ始める。
(なによ、どうしたの?本当に故障してしまったの?)
「だからアリス!君も、早く振り返るんだ!」
振り返る。振り返るとは、どういう意味なのか。
話しかけていないのに、『ハットちゃん』が自ら話し出すなんておかしい。
「…え?」
特に深く考えることもなく、アリスは疑問に思いながらも言われるがまま後ろを振り返った。
「や、やぁアリス…。ルイスに君を呼んできてくれと頼まれて、その、来たんだ…」
…そこに立っていたのは、顔を真っ赤に染めているアレクシス。
アリスの顔はアレクシスに反して顔が真っ青になった。
嘘でしょう?いつからそこに居たの?どこから、話を聞いていた?
「あっ、アレクシス様…! いつからそこに、居らっしゃったの!?」
「……い、今来たばかりさ!なっ何も聞いていない!俺は何も!」
「嘘だね!彼は、アリスが僕に声をかける前から、そこに居た!ずっとそこに居た!」
「「………。」」
アレクシスの必死の弁解は、虚しくもハットちゃんの言葉によって防がれた。
ハットちゃんの言葉を聞いた途端、アリスはアレクシス以上に顔を赤く染める。
「あのっ、そのっ、アレクシス様…!!今のはっ…」
考えるのよアリス。何のために今まで勉強をしてきたの?何か言い訳を考えるのよ、なにか策をっ!
――でも、本当にこのままでいいのかしら
いつまでもこうして、部屋に引きこもってばかりで本当にいいの?ずっと殻にこもって、アレクシス様への想いも閉じ込めて――
…いいえ、このままではダメだわ。
私はシャルロッテ家公女、アリス・シャルロッテよ。
いつまでも逃げてばかりではいられない。
伯爵家の娘として、誇り高く振り舞うの!!
(アリス…覚悟を決めるのよ!!)
「アレクシス様!!」
「は、はい!!」
アリスは恥ずかしさのあまりに困り眉になってしまっていた眉をギュッとつり上げて、覚悟を決めたように想い人、アレクシスの名前を呼んだ。
「シャルロッテ家第一公女、アリス・シャルロッテ。この名に恥じないよう、私は今から貴方に大切な話をいたしますわ…!」
真剣な顔つきに、声色。
見たことが無いアリスの表情に、アレクシスは息を呑んだ。
どき、どき、と心臓が高鳴る。それは、アリスだけじゃない。アレクシスも同じだった。
目の前にいる愛らしい容姿をした令嬢が、自分を潤んだ瞳で見つめる。この空気間でアリスがこの先言うことは、恋愛経験のないアレクシスでも何となく察してしまうもの。
高鳴る胸が苦しくて、愛する人を求めている。
貴方が好き、愛しています。そう、ずっと伝えたくて仕方なかった。
「貴方が、すっす、すきなの…!!だから私と婚にゃくをっ…あ、じゃ、じゃなくて!えっと、その…」
(なっなにやってるのよ私…!!)
肝心なところで噛んでしまうなんて…アリスの顔は湯気が出てしまいそうになるくらい顔が赤く、熱くなる。
その姿を見て、可愛らしいと思った。なんて、愛らしい人だ。
…そう思ったのは、アリスの目の前に立つ青年。アレクシス・ランディア。
アレクシスは、アリスの想いを受け取った。
…いや、正しくは想いを受け取ったのはアリスの方かもしれない。
ずっと、胸に隠していた想いを、あの日。アリスは受け取ったのだ。
「…本当に愛らしい人ですね」
「え?」
本当は俺から言いたかったんですが、そうアレクシスは言うとアリスの前に跪き、アリスに向かって手を差し出した。
その姿は、誘拐された自分を助けに来てくれた時と同じだ。そう、アリスは思った。
あの時彼の胸に置かれていた手は今、自分へ向けられている。
赤色の髪、長い睫毛、彫りの深い顔立ち。その全てが愛しいと思う。
その愛おしい彼が、自分に跪き手を差し伸べている光景は、あまりにも非現実的な出来事だった。
「アリス・シャルロッテ様、貴方が好きです。…愛しています。俺と、結婚してください」
信じられなかった。まさか彼から、愛の言葉を囁かれる日が来るなんて。
愛しています、アレクシス様。
私も。貴方を、愛している。ずっと貴方のそばに居たい。
…私の言葉は、もう決まっています
「…はい!よっ、よろこんでっ!」
アリスは差し出されたアレクシスの手を取ると、嬉しそうに笑った。
ずっと夢に見た言葉を言われて、アリスの返事の声は震えてしまっていた。
だって、ずっと触れたくてたまらなかった愛しい相手に触れられたのだから。
そして、愛してやまない彼と、結ばれたのだから――
彼女の名前はアリス・シャルロッテ。
侯爵家の長女という権力者であり美しい公女様。
そして、天才発明家。
彼女は『発明』を愛していた。
しかし、もっと愛しているのは彼
アリス・シャルロッテが作る発明は、誰かへの愛情からできるもの。
彼女の発明への想いは、大好きな兄へ向けての兄妹愛。
そして今、アリスの発明への想いは……… アレクシス・ランディア伯爵令息への恋心だ。
(…そういえば、ハットちゃん。普段は私を『アリス様』と呼ぶはずなのに、どうして『アリス』って呼び捨てしていたのかしら… まぁ、そんなのどうでもいいか、ただの故障か何かでしょう。)
・
「『Hay ハット』」
静まり返った一室で、青年は声をかけた。
「やぁこんにちは!僕の名前はハットちゃん!」
『ハットちゃん』を起動する呼び出し声である、『Hay ハット』という言葉を聞き、発明品は起動した。
「ねぇ!君に言われた通り、僕は仕事をしたよ!これでよかったかな!」
内部に搭載された、人感センサーと音声録画登録機能によって『ハットちゃん』は自分を起動させた人物を判別した。
「…あぁ十分さ、よくやってくれた。無線ミニトランシーバーを君の中に仕込んでおいて正解だったよ。君も、ちゃんと僕の指示通りに動けていたね」
「えへへっ!まぁね!」
青年に褒められた発明品は、嬉しそうに笑っている音声を響かせた。
どうして、いつもは”アリス様”と呼ぶ『ハットちゃん』がどうして”アリス”と呼んだのか。
どうして、意思のない『ハットちゃん』が話しかけても居ないのに自ら話したのか。
「えへへっ!偉いでしょう!” 妹を幸せにしろ ”って君の命令を、ちゃんと聞けたよ! …それじゃあまた何かあったら!いつでも僕に任せてね!」
暗闇で微笑む青年。彼の名前はルイス・シャルロッテ。
どんなものよりも、妹であるアリス・シャルロッテを想っており大切にしている。
ずっと家に置いておきたくて、誰にも大切な妹の手を渡したくない。
だが、妹の願いは何でも叶えてやりたい。幸せに笑っていてほしい。
兄とは、そんな矛盾した気持ちの悪い感情を持つものなのだ。
「…それにしても、アレクシスの奴。アリスを想うがばかり、騎士団長の言葉を無視して助けに行くなんて。あいつくらいだろうからな。まっ、長年アレクシスのアリスへの恋心を語られなくて済むのはありがたいかな。…いや、むしろ増すのか?」
全て、心配性の”お兄様”によって計画されていた。
「妹を泣かさないでくれよ、親友」
これは、兄妹愛が起こした。
天才発明家の公女様と、天才騎士様の
恋の物語――
少しでも面白いと思っていただけましたら下にある☆マークから評価やお気に入り登録をして頂けると嬉しいです。いいね/レビューや感想もお持ちしております
(あとがき)
発明道具の名前センスないアリスもかわいいなあと。