ねごと
どうやら私は寝言を言うらしい。毎晩ではないようであるが、何か話しているようである。「寝言」であるから、もちろんのこと本人である私は覚えていない。
ある日の朝、妻が私に教えてくれた。朝方が多いらしい。自分が何と言っていたのか、とても気になったので、聞いてみたがよく覚えていないようだ。
「私も寝ぼけていたからね。でも、初めてじゃないよ。結構、寝ながら喋ってるよ。今日は真面目な感じで何かを語っていたよ。」
「マジかー。何を語ってたのか、知りたいわ。」
見ていた夢を思い出そうとするが、夢というのはいつも目覚めてからしばらくすると、輪郭をぼんやりとさせてしまうものだ。私は夢をはっきりと覚えていた試しがない。
「今度、俺の寝言に気付いたら、録音してみてよ。聴いてみたい。」
「そうだね。出来たらやってみるね。」
私は眠りの中で自分が発したという言葉を想像してみたが、全く見当もつかなかった。
それから数日後の朝のことである。
「録音に成功したよ。」
と妻が得意気に私に報告した。
「えっ。ほんと? 何て言ってた?」
「よくわかんないけど、ウケるよ。とりあえず、自分で聴いてごらんよ。」
私は妻のスマホを受け取り、恐る恐る再生ボタンを押した。
『……わかってると思うが、銃は使うなよ。わたしたちの目的は金を奪うことであって、命を奪うことではない。……予定時刻まであと二時間だ。それぞれ、計画通り……。』
録音再生は続けられていたが、その後、男の声は聴こえてこなかった。私は笑ってしまった。ホッとした言う気持ちもなくはない。無意識のうちに自分が何を話しているのか、心配でもあったのだ。自分の口から発しられた「銃」という言葉。お金のことを「金」という悪ぶった言い方。私は銀行強盗なのか、お金持ちの家に忍び込もうとしている強盗なのか。真実は闇の中である。きっと夢の続きは見ることは出来ないだろから。
「いつもこんな感じなの?」
「いつもじゃないけど、何かしら語ってることが多いかもね。」
「これ、俺は銀行強盗かな?」
「うん、そうかもね。よくわかんないけど、リーダーっぽいよね。」
「仲間に指示を出してるっぽいよね。この俺がね。」
「夢の中だから、別にいいんじゃない?」
「夢の中は自由だからね。」
「普段から語り癖はあるけどね。」
「そうだね。それも自由?」
「いいえ、それはちょっとだけ迷惑。あははっ。」
妻は笑いを堪えながら言葉を続けた。
「一応聞いておくけど、計画してたりしないよね?」
「あるわけないじゃん。捕まりたくないもん。俺は平和が好きだよ。」
「知ってるー。」
私達は笑いながら、もう一度男の寝言を聞くために、再生ボタンに手を伸ばした。
夢の中では何にだってなれる。現実とは違う私を見ることが出来るものだ。現実は厳しく、夢は優しい。私は次の、男の寝言がとても楽しみである。
私はクローゼットを開けて、いつも通りのスーツ姿に着替えた。腕時計を着けて時間を確認する。そろそろ家を出る時間だ。遅刻はいけない。私は先ほどスーツの内ポケットに入れたお守りを確認してから、大丈夫、今日もきっとうまくいくさと心の中で呟いた。