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エバ、冒険者になる

「い、いやだ……冒険者になんてなりたかぁねぇ……!」



 冒険者ギルドの片隅で、私は壁にもたれ掛かりながらギリギリと歯を食いしばっていた。


 冒険者とは、魔物討伐や街の外の調査を専門とする公認の傭兵だ。

 移動に費用のかかる騎士団や、素行に問題を起こしやすい傭兵と違い、冒険者は少数精鋭で行動する為、費用が安く済む。

 領主や王にとって魔物や異変を放置するのは危険であり、かといって軍を頻繁に動かせば諸外国との外交問題に発展しやすい。

 そんな事情を踏まえてか、冒険者ギルドは様々な国に支部を持ちながら『永世中立』の立場を神々に誓っている。


 今日も冒険者ギルドには多くの初心者が登録に来ている。無論、私もその一人だ。

 冒険者ギルドは、各地での仕事や依頼に対して、常に人員不足という問題を抱えている。よって、登録の門戸は広く開けられている。

 危険な魔物や依頼では、さすがに実力や実績を考慮して斡旋するらしい。まあ、その実績を積むまでに半数が命を落とすので、やはり人員不足に変わりはない。


「く、くぅ……!」


 冒険者の仕事は危険や死と隣り合わせ。

 初仕事で死ぬ事だってありえる。


 前世から平和主義を謳う私にとって、冒険者になるという選択肢は想像を絶する苦痛を伴う作業だ。

 武器すらまともに握った事もないのに、初仕事で何一つミスをしないで五体満足に帰還できるビジョンなど思い浮かぶはずもない。


「だが、ここにいても、何も解決しないのも事実……」


 超縁故社会において、就職活動は困難を極める。

 相当な才能だとか世渡りの巧さが認められて、初めて就職の打診が来るのだ。


 まず長女、長男が優先として家督や家業を継ぐ。

 次男、次女がスペア。

 それ以下はコネ作りに婚活を含めた就職をする。

 つまり、六女の私はもはや嫁ぎ先すらないほどに飽和している状況だった。

 そして、最悪な事に、家業の稼ぎはあまり芳しくなく、ニートを養う余裕はない。


 家を追い出された私は、もはや冒険者になるしか道はないのである。

 それは頭でわかっているけれど、それでも『荒くれ者』とか『戦士』のイメージが強く刻まれた私にとって冒険者になるというのはハードルが高い。


「必要なのは、覚悟だけか……」


 冒険者ギルドに足を運んで一時間。

 悩むのも疲れたので、ついに覚悟を決めて受付に向かった。





◇◆◇◆




「初めまして。冒険者ギルドの登録をご希望ですね。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」


 受付の職員に渡された紙に名前、出身地を記入する。

 魔力と生命力の欄でペンを止めた。


「すみません、魔力と生命力というのはどのように記入すればよいのでしょうか?」

「これらの欄が不明の場合は、あちらの鑑定士のカウンターにお並びください。費用はかかりませんのでご安心を」


 私の問いかけに職員は澱みなく答える。

 示された先には、既に登録作業を始めていた他の人たちが列を成して並んでいた。


 用紙を片手に列に並び、順番を待つ。

 その間に漏れ聞こえてくる会話を耳にするうちに、不安な気持ちがよりいっそう強まった。


「この鑑定士の結果次第で、パーティーの立ち位置が決まるんだろ?」

「そうだな。まあ、俺は魔術師確定だ」

「後衛は死にづらいし、実績を出せば講師になれるんだったか。羨ましいな」


 私の前に並ぶ男二人組は、片方が筋肉質で、もう片方は線が細い。

 死にたくないので、できれば魔術師になりたいが、魔術師養成学校どころか普通の学校にも通えなかった。

 初級止まりの魔術では役に立たない。


 前の男二人の順番となった。

 順調に見えた鑑定の途中で、線の細い男がいきなり叫ぶ。


「どういうことだ! 俺の魔力量が魔術師の規定よりも低いだと!」


 胸ぐらを掴まれた鑑定士は、こういう荒事に慣れているのかうんざりとした顔で眼鏡の奥から相手を睨め付ける。


「その程度の魔力量では、ファイアーボールを一発打っただけで魔力切れを起こす。魔術師は攻撃の要、魔力切れの魔術師は戦闘の足手纏いでしかない。まずは前衛として最低限の筋力と体力を身につけろ」


 冷たい声音でバッサリと切り捨てると、胸ぐらを掴む男の手を鑑定士は捻り上げた。

 駆けつけた職員に外へ連行されていく男。


「うわぁ、めんどくせ」


 その相方の男は頭を掻くと、呆れた顔で外に向かった。


 魔術師として鍛錬した自負のある男でも魔力が足りないとなれば、私はもはや前衛確定だ。


「……お待たせしました。用紙をお預かりします。エバでお間違いないですか? では、鑑定結果をこちらの用紙に記入しますね」


 やっぱり前衛だった。

 異世界に転生したというのに、魔力チートなんてなかった。


 死亡率が高い前衛として初依頼をやり遂げられるのだろうか。

 不安ばかりが強くなる。


 意気消沈しながら登録作業に戻った私を、職員は気休めにもならない慰めの言葉をかけた。

 曖昧に笑うしかない自分の才能の無さに、また苦い感情を覚えたのは内緒だ。

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