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なんか桃太郎  作者: 紙緋 紅紀
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猿編

その男は、猿と呼ばれていた。

その男は、百姓から侍になった出世者で、名を木下藤吉郎と云った。

後の天下人である。

猿(木下藤吉郎)は、いつものように親方様である織田信長の草履を自らの(ふところ)で温めていた。

今年の冬将軍は、いっそうと寒い。親方様も喜んでくださるはずと、猿は、期待に胸を膨らませていた。

いつもの親方様の外出なさる時刻に、足音がして、こちらに近づいて来る。

猿は、さっと玄関に草履を揃え、地に膝を着け、深々と頭を下げた。

そして、いつもの

「懐で温めておりました」

という決まり文句を言う。

「むっふん。ごくろう」

と頭の上から声がする。野太いバリトンで聞き慣れない渋い男の声だった。

むっふん?

親方様は、もっと甲高いお声のはず。と猿が不信を抱いた時、野太い足が草履を履き、ぶちぶちと音を立てて、鼻緒を切った。

猿が見上げると、そこには、金髪髭面の昭和の外国人プロレスラーのような体格の毛深い男が、黒のブーメランパンツ一丁で立っていた。

「なっ、何奴!?」

猿は、驚いて、その場から飛びのき、刀を鞘から抜き、構えた。

「何奴って、信長だよ〜ん。信長。猿、わしがわからんのきゃ?」

外国人プロレスラーのような男は、堂々とした様子で、そう言った。

猿は、男の雰囲気に呑まれた。

「おっ、親方様?本当に親方様ですか?」

「もちのろん」

外国人プロレスラーのような男は、サムズアップして、猿にウィンクした。

「それにしては、いつもと見た目が、あまりにも違いますが……」

猿は、自称信長に敬語を使った。

「イメチェンしたんだ、俺」

「いめちぇん?」

猿は、息を呑んだ。

しばらく、刀を構えたままの状態で自称信長と無言で見つめ合う。

意を決して、

「髪が金色(こんじき)に輝いておりますが……」

と言う。

「今日から俺は、スーパーな俺になったんだよ」

「すーぱー?」

「スーパーと言えば、金髪だろ?」

「は、はぁ、そうでございますか」

猿は、納得がいかない。自称信長に

「いつもより若干、毛深いような」

と尋ねてみる。

「バテレンにもらった育毛剤のせいだ」

「なるほど、育毛剤ですか。では、何故、いつもより筋骨隆々なのでそうか?」

「パンプアップしたんだ。今日、国際線のCAと合コンだから」

「では、何故、そのような恰好を?」

猿は、黒のブーメランパンツを改めて見て、訊いた。

「これが今のトレンドだ」

自称信長は、堂々と答えた。

猿は、訝しげに自称信長に視線を送る。

「なんだ、その目は、猿。このわしを信じられんのきゃ?手討ちに致すぞ!」

自称信長は、語調を強めて、猿を睨んだ。

「ひっ、ひらにご容赦を!!」

猿は、地にひれ伏して、謝った。

今まで、信長の機嫌を損ねて、斬り殺された者は、数知れない。

そこに、

「猿、何をしとるんだぎゃ?」

と奥の廊下の方から本物の信長が、やって来る。

「誰じゃ?そいつは?」

本物の信長は、外国人プロレスラーのような偽物の信長を見上げ、猿に尋ねた。

「お、親方様?なら、こやつは?」

「ちっ、バレたか」

外国人プロレスラーのような偽物の信長は、猿の懐に入り、鳩尾を殴って、猿を気絶させた。

「おのれ、くせ者!でやえい!でやえい!」

信長の甲高い叫び声に、すぐに刀を持った美青年の蘭丸と槍を持った黒人の弥助が駆けつける。

それを見て、外国人プロレスラーのような男は、もさもさと黒のブーメランパンツの中をまさぐり、拳大の野球ボールをそこから取り出す。

「大リーガー流奥義!!」

と叫び、

「スプリット!」

と言って、投球する。

外国人プロレスラーのような男が投げた野球ボールは、まず、蘭丸の股間に炸裂する。

「ゔっ……」

蘭丸、地にひれ伏す。

「ワンストライク!」

外国人プロレスラーのような男は、跳ね返ってきた野球ボールを拾い上げ、再び、投球する。

「スラープ!」

「Oh!Sit!」

今度は、野球ボールは、弥助のポケットモンスターに炸裂する。

弥助は、青ざめて、倒れた。

「ツーストライク!」

また、外国人プロレスラーのような男は、跳ね返ってきた野球ボールを拾い上げ、投球する。

「ストレート!」

「めきょっ!」

今度は、野球ボールは、信長のきゃん玉に炸裂する。

信長は、悶絶して、地面にもんどり打った。

「スリーストライク!バッターアウト!」

仮に室伏広治と同じ体格・筋肉の質の人間が、ショーヘイ・オオタニと全く同じ投球フォームで野球ボールを投げた場合、その球速は、推定で180キロを超えると云われている。

野球ボールは、硬球といわれる程、硬く、球体の石とほぼ変わらない。想像してみてほしい。それが、180キロで下半身の急所に突っ込んで来たところを。

耐えられる人間などいない。

悶絶して、のたうちまわる信長達を悲しげな青い瞳で見つめて、自称信長だった外国人プロレスラーのような男は、木下藤吉郎を肩に担ぐ。

「この男は、貰って行くぞ。俺の鬼退治に必要なんだ」

「待て……」

立ち去ろうとする外国人プロレスラーのような男を信長は、必死に声を絞り出し、呼び止める。

「お前は、誰なんだぎゃ?」

「マイネイムイズ 桃太郎」

「忘れねぇぞ、この屈辱。マヨネーズ桃太郎。地獄の果てまで追いかけて、テメェの首、かならず、とってやるぎゃ」

そう言って、信長は、力尽き、気を失った。

それを見て、桃太郎は、フッと笑って、猿を片腕で担いで、ゆっくりとした足取りで「うぃ〜!!!」と右の拳を天高く上げて、去って行った。

ちなみに、史実では、木下藤吉郎のちの豊臣秀吉が、桃太郎に連れ去られたという記述は、どこにもない。

が、ここにどこの美術館にも存在しないオランダ船で日本に渡ったパードレが描き残した若き日の羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の写実画がある。

その絵の羽柴秀吉は、筋骨隆々で彫りの深い顔立ちをしており、瞳は青く、髪は金色である。そして、黒のブーメランパンツ一丁の姿である。

彼こそが、羽柴 桃太郎 秀吉。のちの天下人である。

信じるか信じないかは、あなた次第。

おしまい


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