犬編
犬神響也は、社畜である。
月に24連勤は、当たり前なのをエナジードリンクの力を借りて、5年間繰り返していたら、腎臓を痛め、病欠している間に、会社から首を宣告された哀れな社畜。
現在、無職。
泉の女神に「あなたの落としたのは、金の斧ですか?銀の斧ですか?」と今、訊かれたら、彼は、間違いなく、こう答える。
「僕の落としたのは、プライドと人生です」と――。
そんな想像をしながら、犬神響也が、きびだんごを食していると、黒ブーメランパンツ一丁の金髪髭面の外国人プロレスラーのようなマッチョの男が寄って来た。
「あなたが、社会の犬さん?」
と男に訊かれ、犬神響也は、
「あなたが、プリプリプリティ桃太郎さん?」
と訊き返す。
犬神響也の目印が、きびだんご。プリプリプリティ桃太郎の目印が、シュリンプソルトミックスびっくりモンスターバニラソフトクリームだった。
自称プリプリプリティ桃太郎は、シュリンプソルトミックスびっくりモンスターバニラソフトクリームをれろれろしている。
二人は、闇バイトの待ち合わせをしていたのだ。
「日給15万って、本当ですか?」
犬神響也は、きさらぎ駅駅前のベンチから腰を浮かして、訊いた。
「はい。それは、もちろん」
自称プリプリプリティ桃太郎は、にんまり笑って、シュリンプソルトミックスびっくりモンスターバニラソフトクリームを黒パンツにしまった。
そうすることで、大量の白濁液が黒パンツから溢れ出す。
見るに堪えなかったが、犬神響也は、「ハハッ」と笑った。
身体に染みついた営業愛想スマイル。
せっかく掴んだ収入源を失うわけには、いかない。
犬。という言葉が彼以上に似合う者は、いるか。
「あの仕事内容は、なんなんでしょうか?誰でもできる簡単なお仕事と書いてありましたが?」
「はい。鬼ヶ島に行って、鬼をメタクソにボコって、帰るだけの仕事です」
「鬼をボコる?」
犬は、固まった。
「大丈夫ですよ。バール、使っていいですからね」
と桃太郎は、笑顔で言う。
それでも、不安そうな犬に、
「フルフェイスヘルメットで顔、隠してもいいですから、復讐される心配もありませんよ」
と付け加える。
「ふぁい。わかりました」
犬は、金銭的にだいぶ参っていたので、判断力などなかった。
「じゃあ、鬼ヶ島行きの切符、渡すから、先に現地に行って、待っててくれる?俺は、あと二人、連れて行くから」
桃太郎は、白濁液でべとべとな手で切符を犬に渡す。
「あと、できたら、先に一人で何匹か鬼、倒しといてくれる?」
できるかー!!
とは、犬は、言えなかった。
ただ「へへっ。へへっ」と笑って、改札を通って、電車に乗り込んだ。
そして、電車が発車し、桃太郎の姿が見えなくなると、緊張感が抜け、深い眠りに落ちた。
起きた時には、終点で鬼ヶ島駅をとっくに過ぎていた。
どうやら、終電の時間も過ぎていて、あたりは、すっかり真っ暗だった。
仕方なく、犬は、駅を降りて、道行く人に、ここは、どこか?と尋ねた。
「ここは、月だぴょん」
とウサ耳を生やした人は、答えた。
「え?」
犬が真っ暗な空を見上げると、そこには、まぁるく青い地球があった。
「あの、あそこに戻るには、どうすれば?」
と犬は、ウサ耳を生やした人に、地球を指差し、尋ねた。
「快速なら、一日で着くけど、次の快速が発車するのは、50年後だぴょん。普通電車だと1億3000時間かかるぴょん」
ウサ耳を生やした人は、軽やかに声を弾ませ、答えた。
「あの、……酸素……酸素、どこで、いくらで売ってくれますか?」
犬は、わなわな震えて、自然と四つん這いになる。
「にんじん3本で売ってやるぴょん」
「もっ、持ってない……」
犬は、酸欠で倒れて、気を失った。
目を覚ますと、練馬駅だった。
なんだ、すべて、夢だったのか。
そりゃ、そうだ。あんな黒のブーメランパンツ一丁の外国人プロレスラーみたいなおっさんが、街中で普通に歩いてやってくるなんて、……ましてや、鬼退治なんて、ありえない。
そう思って、なんとなしに犬がズボンのポッケをまさぐると、白濁液まみれの鬼ヶ島駅行きの切符が出てきた。
「あれ?」
おしまい