3.被害なし?
「何も被害が無かったじゃと?」
「おう、そうなんだよ」
藤野氏の相談というのは次のとおり。
藤野氏は普段から3~4日郵便受けの中を取り出さないことも多い。
今回も一昨日以来郵便受けの中を見ておらず、南山田先輩からの連絡を受けて急いで部屋に帰って2日ぶりに中身を確認した。
ところが、中身はいつも通りのチラシが入ってるくらいで特に怪しい手紙や小包は入って無かったという。
ついでに言えば住宅・土地統計調査関係の書類なども入っておらず、藤野氏の部屋は調査対象外だったようだ。
なお、市から通報を受けたらしい警察も聴取に部屋に来たが特に被害が無いことを伝えると
「何か気付いたことがありましたら連絡ください」
と帰っていったとか。
目に見える害がなかったことで却って気分がもやもやして、目撃者である僕らにも話を聞いて結局彼女が誰で何が目的だったのかはっきりさせたいとのことだ。
「ウチにも警察来たし、フジッちゃんにも聞かれたんやけどな。そんな調査員の女なんか見たことも無いし、このフロアやマンションで何かの異変に気付いたことも無い。もちろん俺の郵便受けにも何も入っとらんかった。まあ、俺も得体の知れん奴がこの辺ウロチョロしてフジっちゃんに何か危害加えようとしとるかと思うとなんとか力になりたいとは思うんやが。」
とは蛸島さんの弁。
「でや、さっき変なもんは入ってへんかった言うとったな。逆に抜かれたもんとかなさそうなんか?」
「そんなもんが来るとしたら実家か学校からだろうが、どっちもそんな物は送ってないってさ」
「実際、ワシの記憶では彼女が郵便受けから出した手には何も持って無かった気がするの」
「ええ、何か手にしていれば気付いたと思います」
僕だけならともかく南山田先輩の記憶にもないのだから確かだろうと思う。
「こういうもんの調査員ゆうたら非常勤の公務員扱いや。そんな身分を詐称してまで何もせえへんとは思えんのやがなあ。ユキ君、何か思いつかんか?」
蛸島さんが僕に振ってきたので考えて答える。
「僕らの登場に驚いて予定していた行動を諦めたのかもしれません」
「驚いた?調査員を偽装しとるんやからエレベーターの動作音なんかには気を付けとったんやないか?」
「でもエレベーターの扉が開いたとき彼女は驚いたように見えました。恐らくですが、ちょうど子ども達が階段で音や声を立てていたのでエレベーターの動作音が聞き取りにくくなっていたのではないでしょうか。そのタイミングでエレベーターの着音が鳴って扉が開いたせいかと」
そのせいで何もできなかったのかあえて何もしなかったのかは現時点ではなんとも言えないが。
「んじゃあそこは一旦おいとこか……で、マサっちゃんに改めて確認したいんやが、その女って多加坂の奴やなかったか?多分変装していたと思うんやが、確かあいつ身長180近くあったやろ?改めて思い出してみてどうや?」
と、蛸島さんが南山田先輩に確認してきた。
「ワシも偽調査員と知って真っ先に彼女を疑ったんじゃが、正直分からんの。メイクも濃い目だったんで彼女が変装しとったのかもしれんが」
「うーん。ユキ君はどうや?多加坂の顔は知らんかもしれんが、もし本人や写真を見たら分かるか?」
「いえ、メイク落として髪型変えられたら分かんないと思います。逆に同じくらいの身長の人に同じメイクや髪形をさせてあの眼鏡を掛けて上川氏だと言われたら信じてしまうかもしれません。正直自信無いです」
「そっかー。まあ、フジっちゃんの留守を狙ったにしても俺とバッタリ鉢合わせる可能性だってあるんやし対処はしとるわな」
ここで名前が出てきた多加坂氏というのはウチのS大学2年生で藤野氏と同じサークルの女性で……藤野氏のストーカーだった人だそうだ。
藤野氏に付きまとい、周囲には『私と威流付き合ってるから』と言いふらされたりしたそうだ。
多加坂氏は言葉巧みに人を信じさせることが上手く、藤野氏はかなり迷惑したらしい。
警察沙汰にまではならなかったにせよ、弁護士に依頼して多加坂氏の両親兄弟まで交えて今後藤野氏に近づかないことを誓約させたという。
その後多加坂氏は休学してるとか。
僕は学年が違うし、そういう噂話には疎いので知らなかったがそのサークルや2年生の間では結構話題になっていたようだ。
「あー、真っ先に多加坂を疑うのは分かるんだが、今回に限ってはあいつじゃないと思うぞ」
「なんでや?あいつなら隙見て誓約破るくらいやりそうやないか」
藤野氏からの多加坂氏犯人否定説に蛸島さんが疑問を返す。
「いや、それがあいつ虚言癖を含めたパーソナリティ障害っていうのか?それが酷くなって3週間前から強制的にお母さんと一緒に東京の親戚のとこに移住させられてるんだ。そこから病院に通わされて治療を受けているらしい。GPS付のスマホも持たされているはずだ。多加坂本人はともかく、あいつのお母さんから聞いた話だし信用できると思う」
やはり真っ先に多加坂氏を疑った藤野氏は彼女のお母さんに連絡を取って現況を確認したわけだ。
「スマホ置いて脱走してきたってこともないんか?1日くらいなら誤魔化せへんか?」
「あいつならそのくらいやりかねんか……」
「羽田から千歳まで飛行機で1時間半。千歳から車飛ばせば……ってあれ?あいつ車、いや運転免許自体持ってへんかったんとちがったか?」
「ん?ああ、そう言えば持ってなかったな。だから俺のストーカー被害も限定的で済んだんだったっけ」
「上川さんは車種までは特定できんかったが確かに白の軽自動車を運転していったからの。運転できんのでは多加坂さんでないのは確かじゃ」
「マジかあ。何しでかしたにせよあいつやと思ったんやがなあ」
上川氏=多加坂氏説は無理があるようだ。
「そういえば藤野君、悠魅ちゃんと付き合いはじめた頃に彼女の高校時代の後輩の女の子に強く反対されとるとか話しとったじゃろ。その娘の可能性はないかの?」
悠魅ちゃんというのは、2ヶ月ほど前、多加坂氏のストーカーの件が片付いた後から付き合い始めた藤野氏の彼女だそうだ。同じサークルで同学年だったのが縁で付き合いが始まったとか。
「ん、ああ、日那ちゃんのことか。確かにあの娘も身長180近くあるか。あ~、確かに付き合い始めの頃はずいぶん反対されたな。『本当に悠魅先輩のことを想ってくれてるんですか?』『遊びで手を出さないでください』『真剣じゃないならさっさと解放してあげてください』とか色々言われたっけ。通ってるのはJ女子大だけどうちの学校まで乗り込んできたり……あ、たまたま帰りが蛸島と一緒になったときこのマンション前で懇願されたこともあったっけ。や、あんときは蛸島も一緒に取りなしてくれてなんとか帰ってもらったな。助かったよ」
「いやいや、気にすることやないで」
「尊敬する先輩のためにそこまでやるとはのう。相変わらずその娘には反対されとるのかの?」
「いや、最近は来ていない。だからまあ悠魅との付き合いも納得してもらえたんだと思うぞ」
「う〜ん、他にはそれっぽい奴の心当たりは無いんか?」
「思い当たることはないな。だいたい180センチ近い女性ってだけで範囲が限られるだろ」
確かにそうだ。スポーツ推薦で集まったバレーやバスケのチームと関りがあるのでもなければ、身長180センチ近い女性の知己なんてそう多くないのが普通だろう。
だから僕も上川氏と会った瞬間ちょっと驚いたわけだし。
ん?あれ?会った瞬間驚いたっけ?いや、違う、僕が驚いたのは……
「!藤野さん!郵便受けを見させてもらっていいですか!」
「え?ああ、構わんが。何も入ってないぞ」
藤野氏の許可を得て扉を開けて部屋を出、玄関に行って郵便受けのツマミを掴んで引っ張り開け、中に手を入れる。
「「「そこか!!」」」
僕が郵便受の上方に向かって手を突っ込んだのを見て3人はすぐに理解してくれた。
そう、彼女がやったのは郵便受け箱の天板裏付近に物を貼り付けることだったのだ。
この郵便受け、普通に郵便など入れる際には受入口から斜め下方しか見えないし、内側から開けるツマミも箱の中程についてそこから下が動いて開くので、天板裏やその付近の内壁部分は死角となるのだ。
「何か貼り付いてます!けど取れません!マイナスドライバーか何かを!」
「よし!俺がやる!パワーが必要なら俺がやった方がいいだろう」
藤野さんがマイナスドライバーで貼り付けられたものを引きはがした。
中から出てきたのは小さな黒い機械らしきものとその外付バッテリーとおぼしきもの。
「……僕の記憶に間違いがなければ、これ音声レコーダーですね。つまり目的は盗聴」
「「「おおーっ!?」」」




