視察
「ああ、そうかもな。アイ、どうやらきみは商売人にはむいていないようだ。どちらかといえば、政治家むきかもしれないな」
エルキュールが笑い始めた。ジョフロワもつられて笑っている。
(なにがおかしいのかしら?)
彼らの笑いの理由はわからないけれど、とりあえず笑っておいた。
「アイ、その慈善病院を見せてもらえませんか?」
「ええ。もちろんですとも、ジョフロワ」
ジョフロワの頼みを断る理由などどこにもない。
「それでは、さっそく」
彼は、よほどせっかちなのね。
立ち上がったので、内心で驚いてしまった。
「おいおい、いまからか?」
「そうですよ、叔父上。援助する所を見ておいた方が、叔父上だって実感がわくでしょう? 影ながら援助しているという自覚がね」
ジョフロワは、言うなりさっさと歩き始めた。
「ちょっ……、まだ援助するとは決めていないぞ」
エルキュールが立ち上がりつつ言い返すも、ジョフロワは歩く速度を緩めない。
「可愛くないですね、叔父上。まっ、そこが可愛いんですけどね」
彼は、振り返ることなくエルキュールを揶揄った。
「なんて甥っ子だ」
エルキュールは、軽く足を踏み鳴らして口惜しがっている。
ごつめの顔に出来ているえくぼが可愛らしい。
おもわず笑ってしまった。
それに気がついたエルキュールもまた、笑い始めた。
エルキュールとジョフロワを慈善病院に案内した。
彼らは、真剣に見てまわった。
ときにはわたしに、ときにはシスターや医師や看護師や患者たちに、質問をしたり雑談をしたりした。
正直なところ、彼らがここまで真剣に考えてくれるとは思ってもいなかった。
その質問の内容が具体的だったからである。
援助するとかしないとか、そういうレベルではない気がする。
とくにジョフロワの質問は、専門的なことにまで及んだ。そんなことを知ってどうするの? とききたくなるような質問である。
商人の卵である彼がそんなことを知っても、なんの役にも立たないはず。たとえば、こういう病やケガの患者にはどういう処置が行われるのだとか、逆にどのような処置が出来ないのだとか。
そういう質問に答える必要はないのかもしれない。だけど、それはフェアじゃないと思った。
彼は完璧なのかもしれない。なんでも完璧に知っておき、その上で判断したいのかも。
だから、居合わせた医師に頼んで詳しく話してもらった。
すると、医学的なことをバンバン質問し始めた。それらは、薬師の領域にまで及んで。
医師も驚いているようだった。
そうして、ひと通り見て終わった。
終わる前、ジョフロワは入院患者数名と話をしていた。すごく真剣に。殺伐とした病室内でも、彼のキラキラを損なうことはない。
それが印象的だった。