プレゼン
テラスには、ジョスランが焼いてくれたマドレーヌが準備してある。
ジョフロワとエルキュールに断ってから席を外し、厨房でローズティーを淹れた。
ラングラン侯爵家の庭に小さいながらもバラ園がある。そこで育てたバラを、といっても庭師に教えてもらいながらなのでまだまだ勉強中だけど、教えてもらいながら育てたバラを乾燥させ、ローズティーを作った。それを使ってローズティーを淹れたのだ。
それを運んでテラスへ戻ると、それぞれのカップにローズティーを注いだ。
それから、三人で飲んだ。もちろん、マドレーヌは食べた。
「アイ、いい香りだ」
「気分が落ち着きます」
ジョフロワとエルキュールは、当たり障りのないことを言ってくれた。
気分が落ち着いたということにして、さっそくプレゼンを開始した。
二人は一切口をさしはさまず、表情すらかえることなく、真剣にきいてくれた。
(ポーカーフェイスを保ったまま他人の話をきくなんて、さすがは名うての商売人だけのことはあるわね)
慣れないことをしながら、やりにくさを感じずにはいられない。
それでも慈善病院への援助にこぎつける為、あらんかぎりの力を振るった。
つまり、言葉を尽くした。
一通り終わったとき、「やったわ」と感じた。
まだ結果がどうなるかわからないのに。
「なるほど」
エルキュールは、マドレーヌを咀嚼して飲みこんでからつぶやいた。
「では、翡翠に関する売買の優先権をいただける、と?」
「エルキュール、残念ながらそれはお約束は出来ないのです。いろいろ複雑な事情がありますので。ですがこの地方、あるいはこの帝国の人たちは義理人情に厚く、恩はけっして忘れません。他国のあなた方が困っている人たちに手を差し伸べて下さるということを知れば、悪い感情は抱きません」
慈善病院にはあなた方の国の人たちも大勢来ているのだし、とは告げなかった。
あてつけがましいことはしたくなかったのである。
わたし自身手探りで領主の妻の、というよりかは領主の代理っぽいことをやらせてもらっている。もちろん管理人のマルスラン・リファールがいてくれるから、実務のほとんどは甘えて行ってもらっている。が、なにかの際になにも知らないでは通用しない。
たとえ愛されないお飾りの妻だろうと、契約だか体裁上の妻だろうが、書面上、そして世間に対しては妻なのだから。
そんなわたしに商売がわかるわけはなく、ましてやほんとうの駆け引きなど出来るわけはない。
援助をしてもらうよう、わたしなりに考え思っていることを伝えるしかない。
そのつたないプレゼンで、せめて熱意だけでも伝わって欲しい。
必死にそう願いながら、言葉を伝え続けた。
「でしょうな」
エルキュールは、おおきく頷いた。
彼は体格はいいけれど、太っているわけではない。がっしりしているといっていい。背もわりと高く、全身筋肉質なのがスーツを通してもよくわかる。
「アイ、申し訳ないね。わたしも商売をやっている以上、損得勘定で物事を考えてしまう。従業員たちも養わねばならないのでね」
「わかっています」
今度は、わたしが頷く番。
「それで、きみはどう思う? 援助をすれば、後々わたしは得をするかな?」
エルキュールは、ローテーブルに身を乗りだして尋ねてきた。
そのズバリの質問に、返答することを躊躇わなかった。
「正直なところ、損をすると思います」
正直に答えた。
「金銭的には、ですが。しかし、多くの人たちに感謝され、尊敬されます。感情的には、得をすると思います」
機嫌のいい小鳥たちのにぎやかなお喋りが、静まり返ったテラスに流れてくる。
(小鳥たちは、どういう会話を交わしているのだろう)
こんな大切なときなのに、そんなどうでもいいようなことをふと考えてしまった。
そのとき、ジョフロワと目が合った。すると、彼はやさしい笑みをその美しすぎる顔に浮かべた。
「叔父上の負けですね」
ジョフロワは、わたしと視線を合わせたまま言った。




