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美貌の青年

「じつは、一度も飲んだことがないのです。だから、うれしいです。ありがたくちょうだいします」


 笑顔を添え、葡萄酒を受け取った。


 なにも笑顔が素敵とか可愛いとかいうわけではない。


 あくまでも、まだマシな表情だと自分なりに信じている。


 だから、自分では最高だと信じている笑顔をジョフロワに向けたのである。


 すると、彼はキラキラ光る顔の中にやさしい笑みを浮かべた。


(ワオ! キラキラ光る美貌だけでなく、こんなにやさしい笑みだなんて。世のレディたちは、なおさら放っておかないわよね)


 彼に群がるレディたち。


 それが容易に想像出来る。


 大商人エルキュール・ロートレックのもとで修業しているのだとすると、身分の関係なく多くのレディと接触するに違いない。


(モテモテに違いないわ)


「侯爵夫人、また感想をおきかせ下さい」


 彼は、やさしい笑みを浮かべつつそう言った。


(あらら。もしかして『次に会うときには』、みたいなこちらに期待を抱かせるわけ? だとすると、彼は結構プレイボーイなのかもしれないわね)


 彼にご執心のレディたちなら、彼の期待に応えるべくどんな商品でも買いそう。


 これも商人としてのテクニックのひとつね。


(若いのにしっかりしているわ)


 シンプルに感心した。


 でもね。そういうことは、独り身のレディにすべきよ。


 人妻に、ではなくね。


 もっとも、それも表向きだけど。


 こういうときは、たいてい夫のことを思い浮かべるはず。


 だけど、わたしにはそれが出来ない。


 なにせまだ一度も会ったことがなく、いつ会えるのかわからないから。というか、はたしていつか会うことが出来るのかしら、という状態だから。


「そうですね、ジョフロワさん。機会がありましたら、ぜひ感想をきいていただきましょう」


 無難にそう答えておいた。


「侯爵夫人、いえ、アイ。どうかジョフロワとお呼びください」

「では、ジョフロワ。こちらへどうぞ。わが家の料理人が最高のおもてなしを準備しておりますので」


 ジョフロワとエルキュールの前から斜めうしろに一歩下がり、彼らに道を開けた。


 すると、ジョフロワが自然な動作で左肘を差し出してきた。


(嘘でしょう? 彼ってほんとうに商人の卵なの?)


 って、商人になる修行をしているのかどうかもわからないけれど、立派な商人になる為の修行中ということにしておく。


 いずれにせよ、彼はまるで幼少の頃から厳格なマナーの中ですごしているのかしら?


 もちろん、それは貴族的なマナーのことである。


 そういえば、このキラキラ光る美しさもただ光っているだけではなく、どこか気品が漂っている気がする。


 差し出された左肘、というよりか左腕を前にして、内心で戸惑いを隠せないでいる。


 一瞬、どうしようか迷った。


 だけど、夫がいることが理由で男性のエスコートを断らなければならない、というわけではない。


 もちろん、わたしにやましい気持ちなど微塵もない。当然だけど、ジョフロワにもそういう気持ちは極微もない。


 だったら、いいわよね?


 ジョフロワは、紳士としてわたしをエスコートしてくれようとしているのだから。


「アイ、葡萄酒はわたしが持ちますよ」


 どうしようか迷っている内に、エルキュールが申し出てくれた。しかも、言葉が終わらない内にわたしの手から葡萄酒を奪ってしまった。


「エルキュール、ありがとうございます。ジョフロワ、それでは」


 こうなったら仕方がない。仕方がない、という表現はちょっと違うわね。


 とにかく、決断したら即行動。


 ジョフロワの左腕に自分の右腕を絡めると、歩き始めた。


 これが、ジョフロワとわたしの出会いである。


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