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おれの妻に触れるな!

「王子のひとりもあなたに接触しているらしいことを知りました。閣下は、その報告を受けた途端領地に戻ると言い出したのです。アイ様、あなたを王子たちから守る為にです。閣下がそう決断してから出発するまで、ほんのわずかな時間しかありませんでした。直属の精鋭たちや駐屯地に居合わせた諜報員たちは、準備が間に合わなかったのです。おれとピエールしか、閣下に同道出来ませんでした」

「アイ様。あなたはおぼえていらっしゃらないようですが、あなたは閣下と会ったことがあるのです。まだあなたや閣下が子どもの頃にです。その際、おたがいの両親が結婚の約束を取り交わしたそうです。閣下は、成長しても帝都に行くたびにあなたの様子をこっそりうかがっていたそうです。閣下は、『野獣のような容姿の年上男につきまとわれれば、彼女が迷惑だろうから』と考えたからです。このことを知っているのは、おれとパトリスだけです。アイ様。あなたが閣下と結婚してから、閣下は『彼女はどうしているだろうか』、『彼女は不自由なくすごしているだろうか』などとしょっちゅう気にしていました。それこそ、みっともないくらいにです」

「ピエールの言う通りです。『そんなに気になるのなら、将軍職を辞して帰郷し、アイ様にほんとうのことを話していっしょにすごせばいいのです』と、ピエールと何度も勧めたのです。しかし、閣下は頑なに拒否されました。アイ様。閣下は、あなたが『ラングラン侯爵領の屋敷や領地をうまくまとめることが出来るようになるまでは、生きていなければな』とがんばっていたのです。閣下は、王族の命を救った英雄です。もしも将軍のままで死ねば、ラングラン侯爵家は永久的にその爵位や領地を保障されます。あなたに当主の座を譲っておきさえすれば、もしも後日あなたが再婚することになってもラングラン侯爵家でなんの不自由もなくすごせる。閣下は、そこまで考えていたのです」


 ピエールもパトリスも、フェリクスに止められてはいけないからとすごく早口で説明してくれた。


 だけど、彼らの説明はよく理解出来た。


 充分すぎるほど、真実を知ることが出来た。


 同時に、わたしは自分が嫌になった。


 たいしたことのない癒しや加護の力を持っているからといって、驕ってしまっていた。さらには、自分が悲劇のヒロインだと思い込み、嘆き悲しんだり自分自身を甘やかしすぎていた。


 わたしは、人間の本質を見誤ってしまっていたのである。


「フェリクス様……」


 フェリクスの名が、口から勝手に飛び出していた。


 そのときには、フェリクスは馬から飛び降りこちらに向って駆け始めていた。


 一瞬、脳裏に恋愛物の書物の一場面が浮かんだ。


 白馬の王子様が白馬から飛び降り、ヒロインに駆け寄る場面である。


 ちょっと待って……。


 もしかして、その筋書きの先はヒロインが悪漢に人質に取られるんじゃなかったかしら……。


 書物のその場面まで思い出した瞬間である。


「こうなったらもろともだ」


 その怒鳴り声とともに、うしろから羽交い絞めにされた。


 エルキュールである。


「くそっ、このままさらってやる」


 眼前にいるジョフロワは、腰の剣を抜こうとしている。が、あたふたしすぎていてうまく抜けない。


「アイッ」

「ギャッ」


 気の毒すぎる。


 わたしの名が呼ばれたときには、ジョフロワは尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げ、向こうの方にふっ飛んでいた。月光の下、彼が宙に放物線を描きながらやけにゆっくり飛んでいく。そして、木にぶつかって地に落ちた。


「アイを放せっ! おれの妻に触れるな」

「グワッ」


 エルキュールに羽交い絞めにされていたけれど、一瞬にして自由を取り戻した。


 わたしを羽交い絞めにしていたエルキュールもまた、フェリクスによってふっ飛ばされてしまった。


 ジョフロワとは反対の方向に。


 エルキュールもまた放物線を描きながら宙を飛び、木に激突して地に落下した。


 そして、森に静けさが戻った。


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