アムラン王国の商人たち
ジラルデ帝国の主要な鉱産物が翡翠である。ありがたいことに、この貴重な鉱物のほとんどがこのラングラン侯爵領で産出されている。
というわけで、商人たちがこの領地にやって来る理由のひとつが翡翠を求める為なのである。
ちなみに、ラングラン侯爵家もこの翡翠の恩恵を十二分に受けている。
この日、アムラン王国の大商人が翡翠を求めて訪れるという情報を得た。
わたしも何度か会ったことのある大商人である。その人物は、商人にしてはそこまで強欲でもしたたかでもなく、それどころか節度があって控えめという商人にしてはかわった人物。だからこそ、他の商人より印象が残っている。
その大商人をランチに誘うことにした。
もちろん、慈善病院への寄付を呼びかける為である。
彼は、わたしの誘いにのってくれた。
まぁラングラン侯爵家の名を出せば、断れるわけはないのでしょうけれど。
彼らは、約束よりもはやめにやって来た。
彼らというのは、二人の男性という意味である。
二頭立てのシンプルな馬車で、約束のすこし前にやって来た。
「侯爵夫人、お久しぶりです」
アムラン王国の大商人エルキュール・ロートレックは、馬車から降りてくるなり気軽な調子で挨拶をしてきた。そして、快活に笑った。
「お久しぶりです、ロートレックさん」
「侯爵夫人」と呼ばれるのは、やはり慣れない。
というよりか、いまだに自覚がない。
「侯爵夫人、どうかエルキュールとお呼び下さい」
「では、エルキュール。あなたも、アイとお呼び下さい」
握手を交わしながら、おたがいの腹を探り合う。
商人とのやり取りは、ある意味探り合い。
出来るだけこちらが有利に立たなければならないから。
わたしは、ここに来てこういうことを学んだ。
「今日は、甥っ子を連れてまいりました」
馬車からもうひとり降りてきた。
その青年は、嫌というほどその存在を誇っている頭上の太陽よりキラキラ光り輝いている。
目が眩んだ。それこそ、くらくらした。
おおげさではない。彼は、ほんとうにくらくらするほど光り輝いている。
「侯爵夫人、はじめまして。ジョフロワ・ロートレックです。どうかお見知りおき下さい」
「はじめまして。こちらこそ、よろしくお願いします」
キラキラに目が眩みつつ、彼とも握手を交わした。
美貌でスラッとした長身。見た目に育ちがよく、性格や頭もめちゃくちゃよさそう。まさしく紳士。
握手を交わした彼の右手は、白くてとてもきれいだった。
「侯爵夫人」
ジョフロワは、さりげなく葡萄酒の瓶を差し出した。
「こちらは、葡萄の産地ウジェの白葡萄酒です」
ウジェは、アムラン王国でも一、二位を争う葡萄の名産地。その白葡萄酒は、アムラン王国のみならずどの国でも高値で取引されている。
王侯貴族であってもなかなか口にする機会はない。
「ウジェの白葡萄酒? そんな高価なものをいただくわけにはまいりません」
「いえ、ほんのお近づきの品です。どうかお召し上がり下さい」
キラキラ光る美貌が眩しすぎる。
その眩しさに目を細めつつ、ジョフロワの目にわたしはどのように映っているのだろうとふと思った。
金髪碧眼長身の彼にくらべて黒髪黒色の瞳、しかもちんちくりんと、さらにはのっぺりした顔のわたしだと、さぞかし滑稽に見えていることでしょう。
まぁ、いいんだけど。
容姿については諦めているから。
元気で笑顔でいられる。
これが一番、というのが持論。
などというやっかみはともかく、せっかく持参してくれたものをこれ以上断るのはかえって無礼になる。