急展開すぎる
「ジョフロワ、わたしの為にそこまで言ってくれてありがとう。だけど、あなたがそこまで怒る必要はないのよ。だって、あなたは赤の他人だから。こんな夫婦の関係もあるんだな、と反面教師にすればいいのではないかしら?」
「わたしなら、きみに悲しい思いや嫌な目にはあわせない」
彼は、真っ赤な顔で吠えるなり両手でわたしの両手を握った。
その不意打ちに、全身が「ビクン」と震えてしまった。
「ジョフロワ。あなたのその気持ち、うれしいわ。だけど、そういうことは真に愛するレディに捧げるべきね。わたしのような、『浮気され妻』などではなく、ね」
彼の両手から逃れようと振り払おうとするも、凄まじい力で握られているので動かしようがない。
「だから捧げているじゃないか、アイ。どうしてわかってくれないんだ? わたしが真に愛するレディ、それはきみ……」
彼がそこまで言った瞬間、馬車が急停車した。
「きゃっ」
反動で彼のほうに力いっぱい倒れこんでしまった。
「アイ」
ジョフロワが抱きとめてくれた。
「ご、ごめんなさい」
謝罪しつつ、すぐに彼の胸の中から逃れようとした。
「アイ、大丈夫かい?」
しかし、彼はわたしを抱きとめたまま放そうとしない。彼の腕は、わたしの腰にしつようにまとわりついている。
「ジョフロワ、大丈夫よ。大丈夫だから、放してくれないかしら?」
わたしは、座面に彼におおいかぶさるようにして倒れている。
この姿勢をどうにかしたい。
それなのに、彼はまだわたしを解放しようとしない。
「殿下、追手です」
そのとき、馬車の扉が勢いよく開けられた。
馭者の青年二人が立っている。
彼らは、ジョフロワを押し倒しているわたしを見ても顔色一つかえない。
もっとも、月光の下彼らの顔色は真っ蒼にしか見えないのだけれど。
「くそっ! 追いつかれたのか? 国境までまだ距離があるというのに」
「仕方がない。強行突破だ。馬に鞍を置け」
ジョフロワは、そう命じながらわたしを解放した。間髪を容れず、わたしの手を握ると馬車から地に降り立つ。
手をひっぱられて馬車から降りようとした瞬間、エルキュールが座面を上げてその中から剣を取り出すのが見えた。
地に降り立ったとき、初めて複数の馬の蹄の音が森の中に響き渡っていることに気がついた。
その直後、木々の間から三頭の騎馬が飛び出してきた。
その先頭の馬は黒馬で、それに続く二頭の馬もよく知っている馬たち。
静かすぎる森の中、追いつめられた者たち、追いつめた者たち、だれもが沈黙を貫いている。
書物のヒーローや悪漢のように、ムダに言葉を交わすようなことはしない。
馬上から見下ろし、地上から見上げる。
ただおたがいに睨み合うだけ。
静寂の中で、緊張と怒りと憎しみなどが入り混じり、火花を散らす。
緊張の中、馭者をしていた青年たちが木々の間に駆け去って行くのが横目に見えた。
が、だれもそれに気がついていないのか、睨み合いを止めようとしない。
「彼女を放してもらおうか」
黒馬の騎手は、そう低く鋭い声で言った。
士官服姿の彼は、それでなくても大きいのに馬上だとますます大きく威圧的に感じられる。
「フェリクス・ラングラン将軍……」
ジョフロワがつぶやいたときには、わたしは彼に肩を抱かれて拘束されていた。
まるで人質のように。
「ジョフロワ・ラコルデール。失礼、王子殿下と呼ぶべきかな?」
フェリクスの問いは、わたしを驚かせるに充分だった。




