あっという間だったんですけど?
なにもかもがあっという間だった。
気がつくと馬車内にいて、その中から夜のとばりのおりた森を眺めている。
馬車内にいるのは、わたしだけではない。
わたしの隣にはジョフロワが、向かいの席にはエルキュールが座っている。
ラングラン侯爵家の屋敷を飛び出し、白馬でやって来たジョフロワに助けられた後、街から一番近くにある牧場でエルキュールと合流した。
。
いいえ、違う。助けられたという表現は、適切ではないかもしれない。
突発的に屋敷を飛び出したわたしが、やはり突発的に馬上から差し出されたジョフロワの手を取ってしまったにすぎない。そもそも、屋敷を飛び出しただけで助けられるようなことではなかったのだから。
エルキュールがいた牧場の主は、彼らの知り合いのようだった。だから、彼らがこのラングラン侯爵領を訪れた際には、その牧場で寝泊まりしているらしい。
街の宿屋を利用していると思い込んでいたけれど、そうではなかったわけ。
それはともかく、エルキュールと合流してからすぐにその牧場を出発した。
二頭立ての馬車で。
まるでこうなることがわかっていたかのように、すでに馬車に荷物を積んで出発の準備が整っていたのである。
馭者はまだ若い青年二人で、牧場で働いているようには感じられない物々しい雰囲気が漂っている。
いままさしく、その準備されていた馬車内にいる。
月光のみの薄暗い中、馬車の窓外に木々が流れていく。
「信じられん。これでもう、仕事が出来なくなったぞ」
エルキュールは、ずっと同じことを言っている。
「すまない。いてもたってもいられなかったんだ」
そして、ジョフロワもまた同じことを言っている。
「すべてパアになった」
「だから、すまないと言っている」
「ったく、あいかわらずだな。仕方がない。こうなってしまった以上、一刻もはやく国境を越えなければ」
「ああ。待機している小隊に合流しなければならない。将軍は、追ってくるだろうか?」
「当然だ。いくらお飾りだろうが、妻は妻だ。将軍という地位だけではない。侯爵という爵位に賭けても妻を取り戻す必要がある」
「やつは、クズだ。彼女をこんな目に遭わせるなどとは……」
「やつの考えなどわかるものか。とにかく、やつを殺すことが出来れば、運がいいといったところだろう」
ジョフロワとエルキュールは、いったいなんの話をしているのかしら?
フェリクスとわたしのことだということはわかるけれど、それ以外のことはさっぱりわからない。
「アイ」
ジョフロワは、体ごとこちらに向いた。
「一刻もはやく国境を越え、アムラン王国に行かなければならない。疲れているだろうが、しばらくガマンして欲しい。国境を越えれば、食事をしてゆっくり休むことが出来るから」
「国境を越える? ああ、そうでした。流行り病で苦しむ人たちに一刻もはやく癒しの力を使わなければ……」
「流行り病、か?」
わたしにかぶせ、エルキュールがふきだした。彼は、不謹慎にもクツクツと笑い続けている。
「エルキュール、やめろ。アイ。そのことなんだが、すまない。きみにどうしてもアムラン王国に来てもらいたくて嘘をついたんだ」
「なんですって? だけど、あなたに話をきく前から、要請を受けていたのよ」
「それは、わたしたちが流した偽の情報だ」
驚きすぎていかなる言葉も出なかった。
「うそっ!」とか、「なぜ?」とかさえ。
「病やケガを口実にすれば、きみならかならず行動を起こすと信じていた」
「そこまでバラしたのなら、いっそ告げてしまえ。真実を、な。なんなら、おれは馭者台に移ろうか? 馭者台は狭すぎるが、三人でもどうにか乗れるだろう」
「やめてくれ、エルキュール。ここにいていい。いや、いてくれた方がいい。アイと二人きりの方が、よりいっそう緊張してしまう」
先程のショックが冷めていない。というか、ほとんど理解出来ていない。
そのわたしの前で、ジョフロワはなぜか深呼吸をし始めた。




