地道な活動
この日は、領地外からやって来た患者の方が多かった。
体の傷や病、心の病。
傷や病を抱えている様々な患者が訪れる。
それこそ、老若男女にかかわらず。
現実的な医師たちは、癒しの力というものを嫌う。いいえ。信じていないといった方がいいかもしれない。すくなくとも、帝都にいる医師たちの多くがそうだった。
しかし、ここの医師たちは違う。
だからこそ、同じ屋根の下で患者に接することが出来るのだ。
医師に診せたくても診せることが出来ない、という人たちは少なくない。理由は様々である。たいていは、費用の面。
医師の診察を受けることは、費用がかかるというのが常識になっている。実際、そうなのだけど。
だからこそ、人々の多くは昔から伝わる治療法に頼ったり神にすがったりする。
この慈善病院では、費用はいっさい取らない。当然のことだけど。
この病院は、名前の通り余裕のある人たちの善意で成り立っている。
わたしの力の効果はともかく、費用がかからないとわかっていてもなお抵抗のある人たち、あるいはいまの医療では治癒出来ない症例の人たち、治療法はあっても年齢や体力や費用の面でどうしようもない人たち、に癒しを施している。
施し、というのはおこがましい。使う、と表現した方がいいかもしれない。
今朝も休憩なしで五人の患者に接し、そのいずれも癒しを使った。
終わったとき、患者が笑顔になる。
それが、わたしにとってなによりのご褒美。
逆に言うと、彼らの笑顔を見たいが為にがんばれているのかもしれない。
その後は、医師や看護師、それからシスターや手伝ってくれている人たちとランチをしながら打ち合わせをした。
訂正。打ち合わせはほんのわずか。あとはお喋りである。
とにかく、みんなお喋りが大好き。
この日のランチは、ラングラン侯爵家の料理人がサンドイッチを大量に作ってくれた。それと果物を、侯爵家の使用人たちに運んでもらった。
もちろん、お茶も。
今日のお茶は、アールグレイ。
入院している食事制限のない患者たちにも配り、みんなで堪能した。
最初こそ費用面について議論を交わした。薬を仕入れるのにもっと金貨が必要だという。
それを捻出するのに、当然わたしもやりくりしなければならない。
だけど、いくらワガママ放題で自由にさせてもらっていても、散財出来る額は限られている。
ラングラン侯爵家にも秩序や決まり事がある。いくらなんでもそれらを破ることは出来ない。
だとすれば、他に支援者を募るしかない。
さいわいにもこのラングラン侯爵領は、様々な分野の特産物がある。街道に沿う街には宿屋が立ち並び、このジラルデ帝国内だけでなく他国の商人たちも多く出入りしている。
とくに隣国アムラン王国の大商人たちは、特産品を自分で目利きする為にみずからやって来る。
いつか援助の手が必要になった際、そういう大商人たちの手を借りることが出来ないかと、機会がある度に屋敷に招き、布石は打っている。
このラングラン侯爵領は、アムラン王国との国境に接している。国境を越え、慈善病院を訪れるアムラン王国人は少なくない。
もしかすると、ラングラン侯爵領地内の患者と同じくらい多いかもしれない。
それならば、アムラン王国の大商人に援助を願えば、もしかするとひとりやふたり援助をしてくれるかもしれない。
あとは、わたしの腕次第。いいえ。口しだい、かしら?
そんな自分の考えをみんなに話すと、みんな大賛成してくれた。だから安請け合いは出来ないけれど、がんばってみる旨伝えた。
真剣な話はここまで。
あとは、面白い話題からつまらない噂話まで、みんなでお喋りを楽しんだ。