何か隠している
パトリスとピエールは厩にいた。
わたしが行くと、馬房から三頭の馬を連れだして馬具を装着しているところだった。
ラングラン侯爵家の使用人のひとり、ロドルフ・モンテルランが手伝っている。
ロドルフは、ラングラン侯爵家にとってなくてはならないひとりである。馬の世話から大工仕事、庭園の管理までなんでもこなすヒーロー的存在。彼のモンテルラン家もまた、メイドのロマーヌ同様代々ラングラン侯爵家に仕えてくれている。ロドルフもロマーヌといっしょで父親にすべてを教えてもらい、いまはひとりで活躍してくれている。
ちなみに、彼の父親もまた慈善病院の運営を支えてくれている。
「アイ様。おっしゃっていただければ、馬車を出しましたのに」
ロドルフが作業の手を止め、こちらに手を振ってきた。
「ありがとう、ロドルフ。だけど、たまには歩かないと太る一方だわ」
「アイ様は、太った方がいいですよ。いまは、痩せすぎです」
「またまた」
彼はそう言うけれど、わたしはけっして痩せてはいない。
ラングラン侯爵家およびラングラン侯爵領の男性たちは、口を揃えて「痩せすぎている。いっぱい食べて、太らなくては」と言う。
おそらく、感覚がズレているのだろう。
わたしは、そう解釈している。だから、真に受けないことにしている。
信じて食べ続けようものなら、とんでもないことになるに違いないから。
こればかりは、癒しや加護の力ではどうにもならない。はず、である。
「アイ様」
「アイ様」
パトリスとピエールもまた、挨拶をしてきた。
「こんにちは、パトリス、ピエール。パトリス、ケガは大丈夫かしら?」
「お蔭様ですっかり。アイ様、ほんとうにありがとうございました」
「よかったわ」
彼らに近づくと、三頭の馬が同時に頭部を上下させ、耳を動かして挨拶してくれた。
「こんにちは」
三頭の鼻の辺りを撫で、挨拶を返す。
馬の鼻はフニフニしていて気持ちがいい。ついつい触ってしまう。
「すごい。アイ様は、馬と話が出来るのですか?」
「そうね、ピエール。なぜかわかるのよ。ほら、馬って耳で感情をあらわすっていうでしょう? 耳を見ていたら、なんとなくわかるの」
ピエールとパトリスは、顔を見合わせている。
「アイ様ってすごいのです」
ロドルフが自慢げに言ってくれたけど、もちろんわたしがすごいわけではない。
「それよりも、パトリス。あなた、朝のときにフェリクス様のことでなにか言いかけたわよね?」
さっそく切り出すと、パトリスとピエールはまた顔を見合わせた。そして、気まずそうに身じろぎし始めた。
「アイ様、申し訳ありません。閣下と視察に行くところなのです」
パトリスは、慌てふためいたように言った。
「ロドルフ、ありがとう。閣下が待っているから行くよ」
ピエールもまた、慌ててロドルフから手綱を受け取る。
そして、わたしが口を開くよりもはやく、馬たちをひっぱって屋敷の方に駆け去ってしまった。
(やはり、なにか隠しているのね)
二人と三頭の後ろ姿を見ながら、推測が確信にかわった。




