夫との初対面
会ったことのない夫フェリクス・ラングランは、ジラルデ帝国の将軍のひとりである。ラングラン侯爵家は、初代が戦争で大活躍し、その功績を称えられて侯爵という爵位をもらったのだとか。以降、男子のほとんどが軍人として帝国に仕えている。
フェリクスは幼少期こそ領地にあるこの屋敷で育ったけれど、軍の幼年学校に入学してからはほとんど帰ってくることがなかった。そして、そのまま軍に身を投じてあっという間に出世し、出世してからも自軍とともに駐屯地にいるから帰ってくることはなかった。
それが今回、なにがあったのか突然帰ってきた。
戦後の凱旋のごとくおおげさな出で立ちや趣向で帰ってくるのかと思いきや、ひっそり帰ってきた。
ほんとうにひっそりだったので、だれも気がつかなかったくらいである。
みんなで慌てて外に出た。
彼は、黒馬から地上に降り立ったところだった。
二名の兵卒が従っていて、彼らもそれぞれの馬から降り立ったところである。
「旦那様」
「坊ちゃん」
執事のモルガンと管理人のマルスランが、彼に近づいた。
「モルガンとマルスラン?」
控えめにいっても、彼はおおきい。小柄なわたしはもとより、男性の標準の背丈であるモルガンとマルスランより頭一つ分は背が高い。
軍人だけのことはある。背が高いだけではない。士官服を通しても、筋肉質なことがわかる。
そして、顔はごつい。いかつい、と表現した方がいいかもしれない。
パッと見た感じ、子どもだったら「怖い」と恐怖心を抱くかもしれない。そのくらい、いかつい顔をしている。
「はい、旦那様。執事のモルガンです」
「おかえりなさいませ、坊ちゃん。管理人のマルスランです」
二人が挨拶するその背を見つつ、自分が緊張していることを自覚せざるを得ない。
「ただいま。留守中、いつも申し訳ない。モルガンもマルスランも、おれにかわってラングラン侯爵家を守り、滞りなく管理をしてくれていること、心より感謝する」
フェリクスは、頭を下げた。
正直、意外だった。
わたしのうしろにいるメイドのロマーヌとヴェロニクも意外だったらしく、うしろで同時に息をのんだのを感じた。
「だ、旦那様。おやめください。違うのです」
「坊ちゃん。違いますぞ。わしらは、手伝っているだけです。ラングラン侯爵家を守り、管理されているのは、アイ様なのです」
マルスランの言葉に、いっきに緊張が高まった。
彼らが同時にわたしを振り返った。当然、フェリクスはその視線を追う。
まだ見ぬ夫と初めて目と目が合った瞬間である。
書物を読んだとき、主人公であるレディと貴公子が初めて出会ったシーンがあった。といっても、さほど感動的でもとんでもないシチュエーションでの出会いではない。オーソドックスな出会いの一番面といった感じである。
そう。ちょうどいまのこの状況のような。
三人称で描かれたその話の中、主人公のレディも貴公子もふたりとも目と目が合った瞬間に雷に打たれたかのような衝撃を受けたのである。
『雷に打たれたみたいな』という一文を呼んだとき、おもわず声に出して笑ってしまった。
実際、雷に打たれたことがあるの? あったとしたら、よく生きているわね、と。
もちろん、それは比喩表現にすぎず、それほどの衝撃を受けたと言っているにすぎない。
わかってはいるものの、なぜか笑ってしまったのである。
それなのに……。
いま、その書物のその表現が分かった気がする。というか、主人公のレディや貴公子になった気がする。
なぜなら、まさしくその表現がぴったりなほどの強大なまでの衝撃を受けたから。
もっともその書物とは違い、衝撃を受けたのはわたしだけでしょうけれど。
とにかく、「バーン」というか、「ドカーン」というか、それほどの衝撃を受けたわけである。
人生の中で受けたことのないすさまじい衝撃の中、彼のごつい顔の目が見開かれたのを見た。
(翡翠色の瞳……)
距離があるにもかかわらず、瞳の色がはっきりと見てとれた。
それはもう吸い込まれそうになるほど美しい瞳の色である。
ハッとしたときには、見開かれていた彼の目は普通に戻っていた。




