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充実した日々

 エルキュールとジョフロワは、さっそく援助をしてくれた。具体的には、まとまった金貨を送ってくれた。


 ほんとうにありがたい。その額はともかく、約束を守ってくれたという当たり前のことがうれしくてならない。


 わたしもまた、彼らの善意と好意に応えたい。彼らに甘えてばかりではいけない。


 彼らと約束を交わして以降、領地内の有力者、とくに翡翠事業の関係者のもとを訪れては彼らのことを伝えた。


 それとは別に、援助金の使い道を話し合わねばならない。


 医師、看護師、シスターや司祭、ボランティア関係の人たち、それぞれ要望をきいてまわったり話し合ったりしながら調整や手配を行う。


 あっという間にときが流れていく。


 慈善病院のことだけではない。最近は、ラングラン侯爵家の管理の仕事も任せてもらえるようになった。それから、侯爵家の仕事も。管理人のマルスラン・リファールや執事のモルガン・マルベールに助けてもらいながら、出来ることがひとつずつ増えていく。それらは、わたしにとって生きる気力になる。おおげさだけど、これまで無気力で諦めることの多かったわたしには、それは活力につながるのである。


 とにかく、だれかに頼ってもらえる。だれかの役に立てる。だれかに認められる。


 こんなにうれしいことはない。


 もっとも、認められているかどうかはわからない。あくまでも自分が前向きに考えすぎているだけのことかもしれないけれど。


 そんな慌ただしくも充実した日々をすごしているある日、テラスで書類に目を通していた。


 最近、ゆっくり食事をする暇がない。というよりか、それをする余裕がない。サンドイッチをつまみながら、あるいはパンをかじりながら書類に目を通したり、筆記をしたりしている。


 この日も、サンドイッチを片手に書類に目を通していた。


「アイ様」


 執事のモルガンがやって来た。


 彼らは、わたしのことを「奥様」と呼びたがる。だけど、断った。


 ほんとうの「奥様」ではないから。というか、実際「奥様」ではないから。


「その、よろしいでしょうか?」


 書物に出てくるような典型的な執事の彼は、今日もきちんと執事の身なりに真摯な雰囲気を醸し出している。もちろん、茶色の髪は執事カットしている。


 って、執事カットってなに?


 彼の困ったような表情を見上げつつ、内心で執事カットについて思いを巡らせてしまった。


「モルガン、もちろんです」


 サンドイッチは皿に、書類は丸テーブル上に置き、傾聴の姿勢をとる。


「どうかしましたか?」


 いつもだとキビキビしているモルガンなのに、モジモジしているのはめずらしい。


「アイ様。それが、ですね」

「もしかして、また? また、なのね?」


 背もたれに背をあずけ、溜息をついてしまった。


 つぎはどんな失敗をやらかしたのかしら? この間、庭の修繕の件で手配したこと? それとも、骨董品の手入れの手配のこと?


 ダメだわ。思い当たる節がおおすぎて特定出来ない。


 自分では一生懸命、もちろん大真面目にやっているつもりではある。それなのに細かいミスからおおきなミスまでなにかしらやらかしてしまう。


 たとえ小さなミスでも、場合によってはラングラン侯爵家の不利益になる。


「アイ様? いえ、違います。今回は、違うのです」


 モルガンは、両手を振りつつ否定した。


 ちょっと微妙な否定の仕方だったけれど。


「旦那様から手紙が参りました」


 それからやっと話を始めた。


「手紙?」


 そういえば、まだ見ぬ夫は、最初の衝撃的な手紙もモルガンに宛てたものだった。ほんとうは、わたしへのメッセージだったのだけれど。


 以降、執事であるモルガンと管理人であるマルスランには定期的に手紙が届いている。しかし、わたし宛には一通もない。たとえモルガンを通してでも。


 まっ、別にいいのだけれど。


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