え、勇者パーティから追放?ですよね、僕もそのほうがいいと思います! 〜囚われの第3王子の恩寵は【脱出ゲーム】です〜
魔王城を目前にした、最後の難所。草木一本生えない黒々とした岩が積み重なる渓谷は、まるで迷路のようだ。
もうすぐ夜が来る。薄闇の向こうから魔物の咆哮が響いた。
生命を否定するような荒涼とした風景の中に、異質なものたちの姿があった。ひときわ大きな岩の影で、魔王をうちやぶるため集まった者たちが、今まさに重大な決定をしようとしていた。
「バーナード…言いにくいんだが…」
どんな敵を相手にしても一歩も引かない勇者サーキスが、視線を落として唇を噛んだ。
そんな勇者を気の毒そうに見つめ、聖女カリンが言葉を続ける。
「…あなたに、このパーティから離れてほしいんです…」
「そんなのダメよ!みんなで力を合わせてここまで来たんじゃない……でも……」
騎士服がよく似合う赤い髪の令嬢ミリアムは勢いよく反論しようとしたが、途中でがっくりと肩を落とした。
「ダメ…だよねえ……」
「…残念ながら……」
大きな盾を担いだ大男ガーディが、バーナードがいるはずの場所を眺めた。
そこには、窓も扉もない真っ白い真四角な小屋があった。
ガチャガチャ、カチカチ、ドンドン…中からひっきりなしに音が聞こえてくる。
やがて、なにもなかったはずの壁がスッとスライドし、中からひょろりとした青年が現れた。
「……うん、僕もそう思う。ぜひとも僕を追放すべきだよ」
大きな灰色のカバンを抱えた金髪の青年は、疲れ果てたようにつぶやいた。
◆◆◆◇◆◆◆
サーキスたち勇者パーティは、この世界を闇に落とさんとしている魔王を撃ち破るために女神から特別な恩寵を与えられた、選ばれし者たちだ。
この世界のすべての人々には、女神から恩寵を与えられる。それは、大抵は少し足が早かったり、力が強かったり、動物と仲良くできたり、目が良かったりといった、ちょっと生活が楽になったり楽しくなったりする程度のものだ。
もちろん人によってはあまり役に立たなかったりもする。例えば砂漠の国の民なのにどこまでも泳げるとか、雪と氷の国の住民なのにいつでもかき氷を作れるとか。まあそれでも人それぞれに自分の恩寵をそれなりに活用し、日々を暮らしている。
(ちなみに遠泳の恩寵を受けた砂漠の民は、オアシスの保守管理や海洋国と婚姻を結ぶ人たちに泳ぎを指導する公務員だ。かき氷の娘は、雪と氷の国の外交官に随行してパーティやイベントで活躍している)
しかし、平和なこの世界に、数十年から数百年に一度魔王が現れる。その力はさまざまで、魔物を生み出したり疫病を流行らせたり、恐ろしい力を使って世界を支配しようとする。
魔王が現れると女神から神託が下り、魔王と戦う特別な恩寵を与えられた5人の勇者たちが選ばれるのだ。
今代の魔王は、狡猾で人前には姿を見せず、その正体がつかめないでいた。その手口も、人知れず貴族を操り国を混乱させたり、天候を思いのまま操り穀倉地帯を壊滅させたり、金銀財宝を盗み去ったりと千差万別。魔王のしわざと判明するまで長い時間がかかってしまった。
魔王に対する今代の勇者パーティ。
S級冒険者として名を知られていたサーキスの恩寵は【勇者の豪剣】。明るく勇敢な青年だ。
マラベス王国の伯爵令嬢ミリアムは、【破邪の剛力】という恩寵を与えられた。美しい貴族令嬢そのものな外見だが、真っ赤な髪を高く結い上げ、騎士服に身を包んで拳で戦う。
女神を崇める聖リリナ教団で新米の聖女として働いていた村娘カリンは、【慈愛の光】という、強い治癒の力を与えられた。
大柄だが物静かな兵士ガーディは【不壊の盾】。巨大な盾を掲げ、どんな攻撃も寄せ付けない。
そして、最後のひとり。大陸の片隅の小さな国の第3王子、バーナードに与えられた恩寵は、【脱出ゲーム】。
【脱出ゲーム】?
聖リリナ教団の呼びかけで、サーキスやミリアム、ガーディたちはすぐに聖リリナ教団大聖堂に駆けつけた。しかし、いつまで経っても最後のひとり、バーナードが現れない。
バーナードがいるはずのオーツ王国に探りを入れると、第3王子であるバーナードはめったに人前に姿を表さず、幽閉されているとも噂されていた。
すでに魔王の手がまわり、囚われの身となっているのかもしれない。
勇者サーキスたちは、大陸のすみっこの小国に急いだ。
そこは温暖な気候に恵まれた小さな農業国で、王城は丘の上に建つ古びた石造りの三階建だった。オーツ王は人の良さそうな顔をくしゃくしゃにして何度も何度も謝った。
「申し訳ない、バーナードは決して参上しない、戦いたくないというわけではなくて…その…」
「おにいちゃーん、勇者様来ちゃったよおー!早くぅ!」
「バーナード!がんばって、もう一息だから!」
窓の外からわあわあわあと声がする。
王城…王館?の庭には、ぐちゃぐちゃと積み木を適当に積み上げたような奇妙な形の構造物がそびえていた。歯車のようなものが飛び出していたり、檻がぶら下げられていたり、ガラス張りの螺旋階段が突き出していたり。大きな窓からは部屋の中を走り回る金髪の青年がちらちらと見えていた。
「…右右左右左、左左右…開いた!」
かすかに声が聞こえ、大きな扉から青年が転がり出してきた。
ぺちゃんこの大きな灰色のカバンを抱え、げっそりとやつれた、それがオーツ王国第3王子バーナードだった。
バーナードの恩寵は【脱出ゲーム】。
5歳くらいになると誰もが教会で生まれ持った恩寵を判定されるのだが、【脱出ゲーム】などという恩寵は誰も聞いたことがなかった。
長男は【緑の指】、次男は【虫除け】という、農業国にはうってつけの恩寵を与えられていたので、3番めの王子さまはよくわからない恩寵でも別にかまわないし、ゲームとついているくらいだからなんだか楽しそう、とオーツ王と王妃はのんびり構えていたが、そんな甘いものではなかった。
最初は、子供部屋の扉の調子が悪いだけだと誰もが思った。
しばらくして中から泣きはらしたバーナードが出てきて、積み木を穴に入れたら扉が開いたなどとわけのわからないことを言った。
大工に来てもらって扉を修繕したが、一向に直らない。ヤケクソのように扉を取り外してみたが、次の朝なぜか扉が復活し、のんき者たちもついにこれは恩寵の一部だと気づいた。
バーナードが言うには、クッションの下に数字が書かれた紙切れが落ちていたり、本に不思議な絵が描かれているそうだ。その数字を扉の横に浮かんだパネルに書いたり、不思議な絵のとおりにスイッチを押すと扉が開くのだという。どんなに暴れようが攻撃しようが、内側からも外側からも壊すのは不可能だった。
部屋を出るのにパズルを解いたり隠されたスイッチを探さなければならない、それが恩寵【脱出ゲーム】。
バーナードが育つにつれ、問題は大きくなっていった。
パズルや謎は難解になり、丸一日部屋から出てこられない日もあった。そのうち、部屋だけではなく廊下に突然ドアが出現したり、庭を歩くバーナードが地面の穴に飲み込まれたりするようになった。
【脱出ゲーム】が発動するのは、バーナードのまわりだけ。誰にも助けることはできなかった。
最初は泣き叫んでいたバーナードは、自衛を学んだ。
まず、苦労して水魔法を身につけた。
「水さえあれば、一週間くらいなにも食べずにいてもなんとかなるんだよ」
そう語る幼いバーナードに、家族は皆涙した。あとちょっとした清浄魔法も覚えた……。
オーツ王妃は、大きなカバンに日持ちする食料や薬を入れ、バーナードに常に身につけるよう言った。バーナードはそこにペンとノートも入れて、パズルやクイズ、謎をメモするようになった。
暇さえあれば勉強し、パズルによく使われる遠い外国の言葉や月の名前、星座のめぐりなどもメモしていった。ノートはあっという間に膨れ上がり、カバンはパンパンになりどんどん大きなものに取り替えられていった。
バーナードが勇者一行に選ばれたと聞き、家族はついにバーナードの苦労が報われると大いに喜んだ。この恩寵がどう役に立つのかさっぱりわからなかったが。
バーナードも勇んで出発しようとしたのだが、まさにその時、空前絶後の大パズル塔の中に閉じ込められてしまったのだった。
ちまちまと解くのに1ヶ月。本当に申し訳なかったと、バーナードは家族と並んで勇者サーキス一行に頭を下げた。
旅が始まっても、恩寵【脱出ゲーム】は時折バーナードを閉じ込めた。
宿で朝食に遅れるのはいつものこと。
魔物に襲われ、戦闘が終わった瞬間に檻に閉じ込められていた時は、なんの罠かと思った。
それでもバーナードはそのたびにさっさとパズルを解き、3分ほどで鍵を開ける。今までの蓄積があるから、これくらい簡単なんだと笑っていた。
パズルを解くのに必要なことがあるらしく、バーナードは弓矢やナイフ投げも得意で、魔物との戦闘にもなかなか役に立った。
しかし一番役に立つのは繊細な水魔法で、水だけでなくお茶やコーヒー、ジュースを出せるので皆大喜びだった。
体や服の汚れを取る清浄魔法も、ミリアムとカリンに大好評だった。
しかし。魔王城に近づくにつれ、恩寵【脱出ゲーム】の発動回数が格段に多くなった。
魔物から身を隠しているとき、突然現れる小屋。
朝起きると全身に鎖が巻き付いていることもあった。
岩の間に閉じ込められてしまったときは、もう二度と会えないのかと皆青くなった。
そのたびにバーナードは見事脱出してみせるのだが、やはり時間がかかってしまう。
今回閉じ込められていた白壁の小屋から出るのに1時間。1時間とはいえ、その間に夜が訪れ、また野営せざるを得なくなった。
「…魔王の力はどんどん強くなっている。一刻も早く魔王城にたどり着かなければならないんだ」
「はい、わかっています。どうか僕を置いていってください。大丈夫です、きっと追いつきますから」
サーキスは泣き笑いのような顔で、バーナードを見つめた。
「うん、魔王城で会おう!絶対だぞ!」
「早く来ないと、私たちだけで魔王やっつけちゃうからね!」
ミリアムが明るく笑ってみせる。
カリンは一生懸命バーナードに何重にも守りの加護をかけている。
ガーディはバーナードのために夜なべして岩を砕き、小さな盾を作った。
次の朝、バーナード渾身の水魔法で淹れた香り高いコーヒーをみんなで楽しみ、握手して別れた。
曲がり角でサーキスたちが振り返ると、バーナードは早速岩の列に囲まれ閉じ込められていた。
◆◆◆◇◆◆◆
「やっと来たね。言っておくけど、君たちはオレには絶対に勝てないから」
玉座にだらしなく座った男が、嫌な笑顔を見せた。
ごく普通のローブをまとった、だらしない感じの小太りの中年男。それが魔王だった。
幾多の魔物を倒し、たどり着いた玉座の間はやたらと豪華で、しかしどことなく空虚。
「魔王!なぜ人々を苦しめる?いったい何が目的なんだ!」
サーキスは剣をかまえ、魔王に迫った。どんな攻撃も跳ね返そうとガーディが盾をかまえ、隙きあらば拳を叩き込もうとミリアムが身をかがめる。カリンは光る両手を組んでサーキスたちの能力を高めるための守護の呪文をかけ続けている。
「苦しめる?オレはただ自分の力を使いたいように使っているだけだよ。せっかくの恩寵なんだから」
魔王はつまらなそうに肩をすくめた。
「お前たちだってそうだろう。女神が気まぐれにくれた恩寵のおかげで勇者と呼ばれ聖女と呼ばれ…ご苦労なことだ」
魔王は玉座に至る階段に足をかけようとしていたサーキスに指を向けた。
「ああ、お前の恩寵は【勇者の豪剣】か。ならまずはお前から」
その途端、サーキスの腕から力が抜け、剣がこぼれ落ちる。
「なっ」
「次はお前。【不壊の盾】」
咄嗟にサーキスの前に出たガーディの盾が崩れ落ちた。
「【破邪の剛力】に【慈愛の光】。つまらん恩寵だな」
ミリアムは拳に込められた力が嘘のように抜けていくのを感じた。カリンの手のひらから恩寵の光が失われた。
魔王は呆然と立ちすくむ4人をあざ笑った。
「オレの恩寵を教えてやろう。恩寵【恩寵泥棒】」
魔王はごく普通の庶民として生まれた。
人より早く自分の恩寵に目覚め、他人の恩寵を盗めることを知った。
最初に奪ったのは兄の恩寵。【下町の人気者】という恩寵で、親からの関心や兄の友からの友情を自分のものにした。その次は父母。【働き者】【針の使い手】というどうでもいいような恩寵だったが、失うとあっという間に落ちぶれた。魔王自身は近所の人に甘えるとおもしろいようにものがもらえ、なんの苦労もしなかった。
自分に与えられた恩寵が物騒なものであると自覚したため、教会での恩寵判定は受けずにやり過ごした。
そのうち他人の恩寵がわかるようになると、世界はますます魔王の思うがままになった。
女神に与えられた恩寵を、まっとうに使っている者ばかりではない。手先の器用さを盗みに使ったり、人の心を動かす魅力を騙すことに使ったりする者もいくらでもいた。
そんな連中から【鍵開け】や【口八丁】の恩寵を盗み取り、ちょっとした悪事に手を染めると簡単に金が手に入った。
盗みや詐欺だけでなく殺人まで犯すようになると、騎士や兵士と戦うことも多くなった。そんな連中から【剣技】や【腕力】、【俊足】などの恩寵を盗み、我が物とした。なんの苦労もなく騎士を打ち据え、邪魔な者を切り捨てる。恩寵を盗まれたことにも気付かず、絶望する連中を踏みつけるのはとても楽しかった。
身を隠し、名を変えていろんな国を引っ掻き回して遊んだ。【動物使い】の恩寵をいくつも身につけていくと、そのうち魔物さえ操れるようになった。
彼には「魔王」という名が与えられ、恐れられ、すべての者がひれ伏す存在となった。なんの苦労もせず。
「お前たちがそのうちオレを狙うだろうなとは思ってたんだよ。この世界はそうなってるもんな。でも女神なんていちいちオレたちのことなんか気にしちゃいないんだよ。どんな恩寵がオレのものになったって、取り上げることさえしないんだから」
魔王は【勇者の豪剣】の恩寵を試してみた。ごく普通の剣を軽く振っただけで、サーキスとガーディが吹っ飛んでいく。
「へえ、さすがにすごいな。じゃあこれは?」
後ろから殴りかかろうとしたミリアムを片手で制し、そのまま壁に投げつける。
「【不壊の盾】ああ、また最強になっちまったなあ」
「サーキスさん!ガーディさん!」
カリンは床に叩きつけられたふたりに駆け寄り、念の為と持ち歩いていた治癒の護符を押し当てる。恩寵がなくなっても、治癒の力自体がなくなったわけではない。神殿で教えられた祈りをこめると、サーキスとガーディはよろよろと立ち上がった。
「カリン、ミリアムも頼む!ガーディ、行けるか?」
「おう!そう簡単にはくたばらんさ!」
体が重く、恩寵を失ったことを実感する。恩寵の大きさを思い知るとともに、これまで鍛えてきた技や気力までは盗まれてはいないと確信できた。
「サーキス…【恩寵泥棒】って…」
カリンに支えられたミリアムが合流した。痛めた右手をかばいながらサーキスを見つめるその目には、確かな光があった。
「ああ。とにかく…時間をかせごう」
魔王はいち、に、さんと勇者…もうすでに勇者ではないが、一行の人数を数えた。
「4人か。勇者パーティは5人と聞いていたが…ひとりさっさと死んじまったかな?」
どんな恩寵かちょっと楽しみにしていたのにと、せせら笑う。
「俺たちはまだ倒れてないぞ!魔王!」
ガーディが投げつけた球を魔王が空中で弾き飛ばすと、破裂して周囲に黒い霧が広がった。
「まだやる気か?ちょっとは楽しませてもらおうかな」
ミリアムが煙幕の下から飛びかかると同時に、サーキスが上から斬りかかる。
魔王は大笑いしながら、楽しく遊ぶことにした。
「なんだ、この程度か。恩寵を失った人間はもろいものだ」
壁際に追い詰めたサーキスの腹を殴りつけ、よろけたところを踏みつける。
まず倒したのはカリン。身を守る術を持たない聖女は平手打ち一発で沈んだ。ついでにカリンを守ろうと立ちふさがったガーディも鎧ごと蹴り砕いた。
ひょいひょいと逃げ回るミリアムを捕まえるのは少し苦労したが、【俊足】で追いつき、【豪腕】で押さえつけた。いくら殴りかかられても【不壊の盾】で傷一つつかない。
なりふり構わず後ろから斬りかかったサーキスにミリアムを叩きつけると、ミリアムは悲鳴もあげず気絶した。
なんて簡単なんだろう。恩寵を使いこなすだけでこんなにもらくらく生きていけるのに、こいつらはなんで突っかかってくるんだろうな。
魔王は女神がいるかどうかはともかく、自分に与えられた無敵の恩寵【恩寵泥棒】に心から感謝した。
その時、魔王の足の下でサーキスは聞いた。玉座の間の扉の向こうで、ガチャガチャとスイッチを押す音を。
「……赤黄青、黄緑赤、青青緑…」
「なんだ?まだ仲間がいたのか。つまらん小細工をしやがって」
魔王はサーキスから足を離し、扉の前に立った。
「お前たちはそこで見ていろ。最後の希望が消えるのをな」
扉が開いたら、一瞬で恩寵を奪ってやろう。絶望に歪む顔を思い浮かべ、魔王は開き始めた扉に指を向けた。
「恩寵【恩寵泥棒】」