7.前夜
その後も買い物は続き、少し高そうな店で夕飯を食べ、明日の集合時間と場所を確認して解散となった。
「シャロ様……」
部屋に帰ってきてからも、彼女のことが頭から離れなった。
とんでもないスキルを複数くれたり、買い物の面倒を見てもらったりと今日だけで多くの恩を受けてしまった。
けれど、その恩だけでは説明できないような感情が自身の中にもあることは自覚していた。
明日からは寮生活になってしまうらしいので、彼女ともしばらく会えなくなってしまうのだろう。
どうやって外部と連絡を取るのだろうか。
手紙のようなものでも構わないが、どこかで密会するような形で会えたらいいなと思ってしまう。
「この部屋ともお別れか……」
この街にやってきた半年前からずっとお世話になっていたこの部屋とも今日でお別れだ。
これといって思い出があるわけではないが、少しだけ物寂しい気もする。
潜入調査がどのくらいかかるからわからないから、解約するということになったのだ。けれど、今の姿で行っても混乱を招くだけなので、シャロ様がどうにかしておいてくれるらしい。
元からおかれていた家具と、持ち込んだ衣類くらいしかろくに物もない。
俺の私物も彼女が保管しておいてくれるらしい。
無茶ぶりをしたのはシャロ様だが、ここまですべてやってもらっていると流石に申し訳ない気持ちにもなる。
今更そんなことを気にしても仕方ない。
それに今は大きな問題が目の前にあるのだから。
お風呂とトイレという問題が。
幸か不幸か、帰ってくるまでトイレに行きたいと思うことはなかった。
しかし、今はついに催したくなってしまってきている。
「……よし」
いつまでも逃げているわけにはいかない。
まずはトイレからだ。
トイレに入り、パンツを下ろすと彼はいなかった。
分かっていたはずだった。一度は服の上から触れて確認したし、感覚がないのも理解していた。
けれど、実際にここまでの人生でいつも見ていたものがきれいに消えているというのは、どこか現実感がなかった。
まるで、いつも自分の帰りを待っていた母親が、ある日外から帰ると急にいなくなってしまったような喪失感……かもしれない。
とりあえず便座に腰を下ろす。
母親に小便であっても座るように口うるさく言われていたため、座って用を足すことに抵抗はなかった。
「ふぅ……」
この解放感は男の時と変わらない。
それだけで、わたしの心に安心感を与えてくれた。やはり、トイレより落ち着ける場所はこの世にない。
何とか第一の関門を突破したわたしは次の関門へと向かう。
お風呂である。
別に何か今までと大きく違うわけではないが、髪の毛は丁寧にシャンプーとリンスどちらもやり、きちんと乾かすように言われた。
面倒くさいと思わないわけではないが、確かに今のこの髪は気に入っていた。
髪の綺麗な女の子のほうが可愛いと思うし、そのためなら手間を惜しまないようにするつもりだ。
また、洗顔や出た後のスキンケアについても説明された。
こっちも同じく手間だとは思ってしまうが、今の見た目を保つためならば仕方がない。
案外でもないかもしれないが、わたしは今の自分の見た目をだいぶ気に入っているようだ。
鏡で確認するが、悪くはないと思う。いや、誤魔化した言い方はやめよう。
可愛い、間違いなく美少女だ。シャロ様という規格外の美しさを持つ人物が隣にいたから、女の子が二人いるうちの可愛くない方みたいになってしまったが、普通に可愛いと思う。
あんまり自分のことを可愛い可愛い言うのは、やばい気がするのでこの辺にしておこう。
服を全て脱いで、シャワーを浴びる。
今日は時間も遅く、明日も早いので浴槽に浸かることはしない。
浴室の鏡に自分の姿が映るが、直視することができなかった。
自分の身体なのだから、どんなに見たって何の問題ないのだろう。
それでもなんというかどうしても自分の身体という気がしなくて、見ることに後ろめたさを感じるのだった。
しかし、だからといって身体を洗わないわけにはいかない。
得体のしれない感触に、ビクビクしながらなんとか全身を洗い終えるのだった。
シャワーを浴び終えると、とりあえず自分で買った方のパジャマに着替える。
ブラは苦しかったらつけなくてもいいと言われたので、どうしても違和感が拭えなかったために今夜はつけずに眠ることにした。
その後は髪の毛をきちんと乾かし、シャロ様から言われていたスキンケアも行う。
時計を確認すると、シャワーの時間だけで男の時の倍以上の時間がかかっていた。
……女の子はいつもこんな苦労をしているのか。
今まで自分が何もわかっていなかったのだと痛感する。
シャロ様が綺麗なのは生まれの問題もあるだろうが、きっとそれも日々の努力の積み重ねの上にあるものなのだろう。
これからは、その努力にも敬意を払いたいと思う。
まぁこれからはわたしも努力をする側なのだが。
今日一日のことを手帳にまとめ、ベッドに入ると今日一日のことが思い出される。
やっぱり、彼女は良くしてくれた。
目的があるとはいえ、パーティを追放されたわたしに対して都合が良すぎた気がする。
カインにあっけなく捨てられたからか、他人を全面的に信用できるほど、わたしはできた人間ではなかった。
彼女を疑っているというわけではない。
けれど、まだあのことについて話すのはもう少し後にしようと思ったのだった。
もう一つのスキル、≪タイムリープ≫については。
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