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6.買物

「さて、買わなければいけないものはたくさんあるわけだが、何から行こうか」


「何を買わなきゃいけないんですか?」


「それはルカの生活必需品に決まってるだろう」


「わたしの生活必需品……ですか?」


「何もないだろう?」


「いえ、宿を借りて一人で暮らしてたんで一通りは揃ってますよ」


「それは誰用のものだ?」


「わたしの……あ」


 そうか、それはすべて男物だ。


「ということで今の君に合うサイズやデザインのものを買いに行く」


「わかりました、それはわたしが選ぶよりシャロット様に選んでいただいた方がよろしいですね」


「そのシャロット様……というのは変えてくれないか?」


「え……」


 名前呼びを変えてくれ?

 さっきまで嬉しそうにしてくれていると思っていたのに……。

 彼女との距離が縮まったのは、わたし一人の思い違いだったのだろうか。


「ちょっと待て!」


「え?」


 シャロ……聖女様が心配そうに声を大きくする。それと同時に握られていた手にも力が入れられる。

 そんなに絶望的な顔をしていたのだろうか。


「何か勘違いしていないか?」


「勘違い……?」


「私は名前呼びをやめてほしいんじゃない。ただ、シャロットだと誰かにばれてしまうかもしれないから、やっぱりシャロって呼んでほしいんだ」


「ぁ……」


 ……確かにわたしの勘違いだった。

 だけど、彼女との距離が縮まったと思ったのは勘違いではなかったようだ。


「……だめか?」


「いえ、全然ダメじゃないです」


 ダメなんてことがあるもんか。

 彼女との距離がさらに縮まることに、更に胸が高鳴る。


「それならよかった」


「はい、これからもよろしくお願いしますね、シャロ様」


「様付けもしなくていいぞ?」


「……流石にそういうわけにはいかないです」


「……そうか、残念だがまぁいい」


 わたしには聖女様をあだ名のままで呼ぶ勇気はない。

 あだ名に様付けで呼ぶことを喜んでいるのに、変な話だという自覚はある。

 けれど、これが今のわたしと彼女の距離感なのだろう。


「それじゃあ今度こそ行こうか」


 わたしたちは街へと繰り出した。



「こんなのはどうだ?」


 そう言ってシャロ様がわたしに見せてきたのは、ウサギの着ぐるみ型のパジャマだった。


「可愛いとは思いますけど、流石に可愛すぎませんか?」


「いや、大丈夫だ。ルカなら似合う」


 どうしてそうなる、わたしの話を聞いてないのかこの人は。


「似合うとか似合わないの話ではないんですが」


「金か? 金ならもちろん私が出すから問題ないぞ」


 ……どうしてさ。


「お金の話でもありません」


「あの子たち凄い可愛い~」


「ほんとだ、ああいうパジャマってあの子たちくらい可愛くないと着れないよね~」


 声の感じで悪意がないのはわかるのだが、やっぱりこのパジャマを着るのはやばいやつであるということが間接的に伝わってくる。


「やっぱりやめましょう」


「どうしてだ? ルカくらい可愛いならいいという話じゃないか」






「じゃあ何も問題はないな、これを買ってくる」


「ちょっと待って――」


 わたしの呼びかけも聞かず、シャロ様はお会計に向かってしまった。

 流石にあれを毎日着るのは疲れそうなので、彼女には横で文句を言われたが、水玉模様の無難なパジャマを自分で買った。



「まじですか?」


「下着を着けないというわけにはいかないだろう?」


 わたしは今、女性用下着専門店、またの名をランジェリーショップの前にいた。


「本当に入るんですか?」


「そりゃあ入らないと買えないだろう」


「あぁ……」


 今は女なのだから、傍から見れば何も問題はないのかもしれない。

 けれど、ここに入ってしまったら男として何か大切なものを失ってしまう気がした。

 でも、確かに下着を着けないというわけには――


「行くぞ」


「うぇっ」


 手を引っ張られ、お店の中に連れ込まれる。わたしはまた男として大切なものを一つ失ってしまったのだった。



「自分の下着のサイズはわからないよな?」


「さっきまで男だったんですし、わかるわけないですよ」


「じゃあサイズを測る必要があるな。仕方ない、私がサイズを測ってやるとしよう」


「いえ、お店の人に頼むんで」


「私が測る」


「……わかりました」


 やる気に満ち溢れたシャロ様と共に二人で更衣室へと入る。


「じゃあ脱げ」


「ちょっと直接的すぎじゃないですか」


「どうせ脱がないとサイズは測れないんだ。直接的も間接的もないだろう」


「……うぅ」


 お店に入った時点で男としての何かを失ったが、今はまた女としての大切なものを失うピンチにある気がする。


「早くしろ」


 シャロ様は容赦なくわたしのことを追い詰めてくる。


「……はい」


 わたしは制服を脱ぎ、タイツも脱いで下着姿になる。


「下はそのままでもいいが、上は取らないと測れないぞ」


「えぇ!?」


 ほんとなのだろうか。


「胸はトップとアンダーと言って二か所を測るんだが、トップは胸の一番高いところを測るからブラを着けたままだとその分が入ってしまうからな」


「……なるほど」


 なんか正しいこと言ってるような気はする。脱ぐ前と違って、シャロ様は淡々と言っているし、これが普通なのだろうか。


「わかりました」


 わたしはブラを取り、彼女に上半身の裸を晒したのだった。


「ほう、あんまり大きくはないのだな」


「じっと見てないで早く測ってくださいよ!」


 ……確かに、シャロ様のものに比べると控えめであることは否定できないが。


「あわただしいやつだな、そんなに生き急いでも仕方ないぞ」


「早く服を着たいという人間として当たり前の願いなんですけど!? 別に生き急いでるわけでもないでしょう!?」


「果たして服を着るのが人間として当たり前なのか?」


「えぇ……」


 急に何を言い出すんだこの人は。


「大昔は服なんてなかっただろうし、いまでも服を着ない地域もあると聞く」


「いいから早く測ってください~~」


 ここまで声は抑えていたつもりだったが、店の中に私の声が響き渡ってしまった。



 その後は特に変なことはされずに、私が服を着るのと同時に先に出て行ってしまった。

 こんな言い方をすると、まるでわたしの方が期待していたみたいじゃないか。

 軽い自己嫌悪に陥って、立ち直ってから更衣室を出るころには、すでに買い物は済まされてしまっていた。


「よし、それじゃあ次に行こうか」


 わたしがトップバストを測る時に、裸にはならないと知るのはまた先の話。

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