表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽勇者

作者: らる鳥


 向かい合ったその瞬間に、相手が強敵である事を理解する。

 年の頃は、オレと同じか少し年下くらいだろう。

 八歳で奴隷になり、四年間の訓練を経て十二で剣闘士に、それから八年間戦い続けて生き残ったオレが脅威に思う程の強さを、目の前の彼は持っていた。


 身に纏った武装は傷は多いがしっかりとした作りで、剣闘士に貸し与えられる物とは一線を画した逸品だとわかる。

 つまり彼は、剣闘士ではない飛び込みの参加者らしい。


 この闘技場では所有する奴隷の剣闘士同士を戦わせて見世物とするばかりではなく、外からの一般参加も受け付けていた。

 何でも上級剣闘士を相手に五人抜きすれば、……名前は忘れてしまったが、大層な名前の名匠が鍛えたとされる剣が手に入るのだとか。

 恐らく目の前の彼も、その剣が目当ての参加者だろう。


 まぁ、相手の目的なんて、何でもいい。

 剣闘士であるオレにとって大切なのは、勝つか負けるか。

 あぁ、いや、より大切なのは、生き残るか、死ぬかなのだ。

 負ける場合でも、上手く負ければ傷は負っても生き残る事はできる。


 同じ剣闘士であればその辺りの機微はわかっているのだけれど、一般参加者が相手となると、負ければ勢いのままに殺される可能性は高かった。

 但し目の前の相手は育ちの良さそうな顔立ちをしてるから、とどめを刺すのは躊躇ってくれるかもしれないが。


 しかし、戦う前から負けた時の心配なんて、オレらしくない。

 それだけの強さを相手が持っているからこその弱気だけれど、それでは勝てる戦いも勝てなくなってしまう。

 負けた時の心配なんて、負けそうになってからすればいいのだ。


 勝てば美味い飯が喰えて、また少しの間生き延びられるから。

 そう、勝てばいい。勝つべきだった。

 心を定めて、相手を見据える。


 よし、殺ろうか。


 開始の合図が出された次の瞬間、互いの剣はぶつかった。

 そして弾かれて体勢を崩したのはオレの方。

 何とか剣は手放さなかったが、手には重い痺れが走ってる。


 あぁ、くそう。面倒臭い。

 なんて膂力をしてやがる。

 オレと然程に変わらぬ体格の癖に、闘技場で一番の巨漢と打ち合った時よりも重く感じる剣だった。

 

 さぞや良い物を喰って、その身体を作ったんだろう。

 実に羨ましい。

 けれども残念ながら、その剣筋は素直すぎる。


 体勢を崩したオレを仕留めんと、力強く踏み込んで振るわれた横薙ぎ。

 しかしオレは沈み込むように、それを潜って避けながら、足を伸ばして相手の膝を蹴った。


 残念ながら堅牢な脛当てに阻まれてダメージは与えられなかったが、それでも体重の乗った足を蹴られた事で、更に前へと踏み出す意気は挫けたらしい。

 振り下ろしの一撃から地を転がるように逃れれば、オレの反撃を警戒したのか、彼の追撃はそこで止まる。

 もちろんその判断は大間違いだ。

 体勢を崩した反撃では、鎧を貫けなかったのだから、オレが逆の立場ならば反撃には警戒しつつも、そのまま仕留めてしまっただろう。


 つまり目の前の彼は、そういう相手だ。

 装備の質と身体能力は向こうが大きく上回り、技量はオレが少し上、咄嗟の判断、生き汚さは圧倒的にオレが勝ってる。

 付け入る隙は、意外に大きい。



 結局、死闘を制したのはオレだった。

 彼は恐るべき速度でこちらの動きに対応したが、それでも判断力の拙さからか、何度か詰めを誤ったから。

 結果、オレの技の引き出しが尽きてしまう前に、剣は彼の喉を貫いて、その命は闘技場に散る。


 才能で言えばオレよりずっと上の彼を、惜しく思う気持ちは僅かにあったけれども、殺さないように戦って勝てる相手じゃなかったのだ。

 いや、もしも殺さずに勝てたとしても、やはり殺したかもしれない。

 こんな才能の剣士がオレの動きを学んで、再び闘技場に挑んで来たなら、次はオレの命が危うくなってしまう。


 しかしオレは、戦いの結果とはいえ、そうしなければ自分の命が危うかったからとはいえ、彼を殺した事を後に激しく後悔する。

 それは、戦いの勝者として美味い飯を喰らい、闘技場の外から娼婦を呼んで楽しみ、柔らかなベッドで睡眠を貪った、三日後の事だった。



「カイル、お前が前の試合で殺した相手の事なんだがな。実はミッダル王国が秘術で呼び寄せた勇者様だったらしいぞ」

 闘技場のオーナーに呼び出されたオレは、そんな意味の分からない言葉を聞かされる。

 目の前のオーナーは闘技場の興行を大きく拡大させた辣腕で知られる男だが、もうそれなりの年齢だ。

 ついにボケてしまったのだろうか?

 実に意味が分からない。


「ミッダル? 隣国の、勇者?とやらが、何で闘技場に? 秘術で呼び寄せたって、アレは確かに人間だった……ような?」

 疑問だらけのオレにオーナーは笑って、説明をし出した。

 何でもあの彼、勇者とやらは、異世界の人間だったらしい。

 それを北部の戦域で人間と争う魔族の王を殺す為、秘術で呼び寄せたんだとか。


 つまり彼は、闘技場の奴隷として戦うオレと同じく、魔王を殺す為に用意されたミッダル王国の勇者(奴隷)だったのだ。

 この闘技場に参加したのは、仲間の一人が五人抜きの賞品である名剣を欲しがったからだという、本当に馬鹿らしい話だった。


「まぁ、そういう訳で少し問題になったんだ。勝手に闘技場に参加したとはいえ、勇者はミッダル王国が秘術まで用いて用意した、魔族殺しの剣だ」

 そんな勇者が一人の魔族も殺せずに、……それどころか隣の国の闘技場なんかで死んだとなれば、ミッダル王国の威信に傷がつくどころの話じゃない事くらいは、学のない奴隷剣闘士でしかない俺にもわかる。

 だが何故そんな話を、わざわざオレにしたのか、そこだけが理解できない。

 いや、だからこそ非常に、嫌な予感がした。


「でな、ミッダル王国から交渉があったんだよ。勇者を殺せる人間なら、勇者の身代わりも務まるんじゃないかって、な。要するにお前が、勇者様って訳だ」

 実に機嫌が良さそうに、そんな言葉を吐くオーナー。

 一体、ミッダル王国は今回の醜聞を揉み消す為に幾らの金をばら撒いたのか。

 そしてそのうちの幾らが、このオーナーの懐へと入ったのか。

 オレにはさっぱり分からないが、奴隷剣闘士の一人なんて少しも惜しくないのであろう金をオーナーが得たのだろう事は、想像に難くなかった。


 本当に理不尽な話だ。

 けれども逆らう余地はなかった。

 多少は腕に自信があっても、オレは単なる奴隷剣闘士。

 ついさっきまでは目の前のオーナーの所有物で、これからはミッダル王国の所有物だ。

 北の戦域で、魔族に殺されるその日まで。

 魔王を殺すなんて当初の目的が叶わないとわかっても、体裁を繕う為だけに魔族と戦わせる捨て駒として。


 その北への旅には、以前の勇者の仲間が、お目付け役として付くらしい。

 オレに勇者が殺された事で、著しくミッダル王国からの評価を下げたであろう、無能な仲間達が。


 ならば生き残る目は、まだあった。

 オレは魔族だの魔物だのと戦った経験は浅いが、人を殺す事には慣れている。

 北の戦域に辿り着く前に、彼らを殺し、或いは懐柔すれば、生き残る目は、僅かながらにある筈だ。

 そう思わなければ、やってられない。


 それは闘技場で戦い続け、自分を買い戻して自由を得るよりも、遥かに険しい道だろう。

 しかし諦めた者から死んでいく事を、オレは十二の時からこの闘技場で戦い続けて学んでる。

 絶対に生き残ってやる。


 オレは心にそう決めて、数日前に殺した勇者を想った。

 彼はオレを恨んでいるだろう。

 でもオレだって、馬鹿のように闘技場に参加した勇者の事を恨んでる。

 だから道連れには、なってやれない。


 翌日、オレは勇者の無能な仲間達と共に、北に向かって旅立つ。

 丁度似た様な体格だった、彼の遺品の装備を身に付けて。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームの闘技場ってやたら強い敵出てこない?というあるある疑問がコンパクトにまとまった短編に仕上げられていて、 とても面白かったです。 オーナーは絶対只者じゃないですね…。
[一言] 続きが気になって仕方がないです! 読みたくて仕方がない!
[一言] 闘技場のある街に着いてレアな景品目当てにとりあえず参加するもその時のレベルじゃ歯が立たなくてボコられて終わるってのゲームじゃあるあるだなあw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ