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4月9日の朝(1)

 私の頭の上にあるステージは近いはずなのに遠い。

 まるで別世界のようなとこに立つのは私の好きなhuuくん。インターネットで活躍するシンガー、いわば『歌い手』というやつだ。

 歌い手はボカロの曲をカバーし投稿する『歌ってみた』を投稿する人たちである。ネットでの活動が主であるが、たまにライブハウスなどでライブをすることもある。中にはドームやアリーナを借り、コンサートをする大物歌い手と呼ばれる人たちもいる。huuくんもそのうちのひとり。

 彼の強みは3つ。

 1つ目は唯一無二の歌声。イケボでも、カワボでも、ショタボでもない。そう、まさにGODヴォイスなのです。

 他の誰も持たない特別なものに魅力を感じる人は多くて

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”(脳がとろける音)」

というコメが流れたり、

「イケボじゃなくてhuuボ」「安定のhuuボ」

というタグができてしまうほどなのである。

 2つ目はその美貌である。雪のように白い肌、凹凸のある美しい顔立ち、ひきこもりらしからぬ血管の浮き出た腕は女子のハートを鷲掴みにするのは誰でもわかる。二次元にしか興味のない私もときめくほどなのだから、日本のイケメンランキングの両手には入るのだろう。

 3つ目は彼の書く個性的な世界観の曲だ。彼の曲は繊細でまるでガラス細工。歌詞がとても美しく、彼の曲で日本語の美しさに気づくという人も少なくはない。ただ難解な部分もあるためコメ欄では考察厨がめっちゃ頑張っている。とてもありがたい…。

 そんなこんなで彼はネットの中でもなかなかな地位にありついていった。活動1年にしてミリオン達成動画が十本を超え、アルバムを発売しオリコンにランクイン、大物ミュージシャンに楽曲提供。そして活動5周年の今年、某アリーナでワンアマンライブ開催する勢いだ。

 彼のライブチケットは取れないことで有名で、特に今回のライブ『my color』は5周年記念コンサートということもあって倍率がともかく高い。

(絶対取れるわけないよなぁ…)

なんて思って部活から帰ったある日、母が珍しくウキウキしているかと思えば

「チケット、取れたわよ!」

とスマホを見せつけてきた。

 固まった。嬉しさがセメントの如くだら〜と流れ出てくるものだから私は石像と化した。

 その時ちょうど帰ってきた父と兄は私の方を向き、芋虫でも見るような顔をしていた。私の後ろの壁に芋虫でもついていたのだろう。きっとそうだ。芋虫g(略

 まぁそんなこんなで私は某アリーナにいるわけなのであります。

 バラード祭りを終え、今はライブの本編で最も盛り上がるところに来ている。

 『shoes』や『月夜とシンフォニー』などの動画サイトでの再生回数の多い楽曲が続いた後、歌い出したのは最近出たアルバムの中で重要な曲の「パレット」だった。

 この曲はメッセージ性が強く、ロングトーンを多様するという特徴がある。彼があまり作ってこなかったストレートな曲だ。

 「みんなの色を教えて」

そうhuuくんがいうと会場は雨上がりの虹色に染まった。

 歌い出し、神経をマイクの先にこめた歌声は心なしか震えていた。

 そんな彼に胸がキュッとなる。

 同じ屋根の下、一つの音楽を何万人という人が聴いて感じているのに他の何でも味わえない幸福を感じたのかもしれない。

 ふと、彼と目が合う。

 目が綺麗で吸い込まれるかのように私も見つめてしまった。

 すると彼はステージを急に降り出した。

(え、え、え、ナニガオコッテルノ???)

 そして何故だか、それに対してファンもスタッフさんも反応なし。ってか、無視。

 #優しさとは(哲学)のツイートが頭の中で拡散するさなか、huuくんはアリーナの道をひたすら走り、私のブロックへと近づいてきた。そして、私の前に仁王立つ。

 混乱で何もかも飲み込めない。

 すると感動的な間奏は青春恋愛ゲーム(笑)のオープニングな音楽に変わっていく。

 スポットライトが私の方へ集合した。

 勝手に口が動き出し、

「え、これって一目惚れ?!!!!!」

(私の恋物語、始まります)

 

[ はじめから ・ 続きから ]


「ってプレイスタートしてたのかよ」

なんて突っ込んだ時、急にあたりが寒くなり… 



「マイ!起きなさい。朝練でしょ?」

アラームと母の声で一気に夢が覚めた。

 ベットの上、ひとりうずくまっているのが私、マイである。

 青晴中の2年生で吹奏楽部所属。担当楽器はクラリネット。休日はネットシンガーに愛を捧げるオタクである。

(今日も、朝練か〜…)

 朝練は私にとってとてもグレーな存在だ。

 睡眠時間が削られてしまうという意味では非常に厄介な存在である。

 しかし、楽しくて変な奴らに憂鬱な学校の前に会えるというのは利点とも言える。

「なーに、ニヤニヤしてんのよ。朝ごはん早く食べにおいで。」

 そういうと母は部屋を出ていった。

(オーマイマザー、モーニングからちょっと元気過ぎないかい?)

とか思うのを遮るようにお腹が鳴った。

(はいはい、分かりましたよ)

と宥めてリビングに向かった。



 朝食を食べ終わり、

「いってきまーす」

「上履き持った?」

「持ったー!」

「楽器は?」

「持ったー!」

「家の鍵は?」

「持ったー」

「メガネは?」

「かけた!」

「え?」

「かけたよ!」

「そう、いってらっしゃい」

「はーい」

 家のドアの前でリビングの母と会話をし終え、後ろを振り向くと同じ部活の奈美がくすくすと笑っていた。


「ねぇ、すっごく恥ずかしんだけど」

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん」

(何がだよw)

 奈美は同い年で同じ部活で同じhuu推しのオタク仲間。

(この前のライブも一緒に行ったよな)

 すると今朝のあの夢のことを思い出した。

「ねぇ、奈美。私変な夢見てさぁ」

「おんおん」

(相変わらず独特な相槌だこと)

「んでさ、なんかhuuさんのライブに行っててさ」

「お、何歌ってたん?」

「パレット歌ってたんだよ」

「あ〜!あのhuuらしくないhuuらしいのかぁ」

「そうそうってどっちだよ!」

「wwごめん。で、続きをどうぞ。」

「それでさ、急にステージ降り出してさ」

「おお、突然のAB型行動」

「そしたらさなんかこっちきて」

「おんおん」

 そこまで話して口が止まった。

 この続きのことを奈美には話したらどんな反応されるか悟った。

(完全にこれ言ったらアウトだよな…。唯一の友達がいなくなる。)

「ねぇ、どうしたの?マイ?」

 奈美の可愛い顔が私の顔を覗く。

 その時だった。

「マイさん、奈美さん、おはよう」

 現れたのは3年生の大輝先輩だった。

 私と奈美は顔を見合わせると大輝先輩の方をくるりと向き

「「ハザイマッ」」

というと進行方向を学校にして一目散に駆け出した。

 これが青晴中吹奏楽部のちょっと異色な日常である。

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