三十一歩目 勇者
抜け殻の聖剣を、本体に向けて投げる。形状の関係か、はたまた聖剣の不思議パワーなのか、重心がブレることなくクラウソラスの手に渡る。
聖剣を雑に扱うなと本人はご立腹の様子だが、しっかりと受け取る。受け止めた時の衝撃を和らげるためか、ブワッと聖剣で空を斬る。
そして、クラウソラスが聖剣を受け取った瞬間、真名を呼んだ時同様に聖剣の姿が変わる。
「マスター! 今のうちに!」
言ったクラウソラスは、風を鳴らし、大きな斬撃で魔剣使いを大木から引き離す。
「おい! しっかりしろ先代!」
クラウソラスが魔剣使いの足止めをしている間に、先代に問いかける。
「…………」
答える気配はない。が、微かに呼吸のリズムが速くなった。問いかけに答えようとしている……?
「マスター! まさか問いかけで意識を戻そうとしてます!? さすがに無茶じゃ?」
魔剣使いを圧倒しながら、驚くクラウソラス。そんなクラウソラスをスルーしながら、強く言い放つ。
「聖剣に選ばれたんだろ!? なのに魔剣の言いなりかよ! それでいいのか!?」
「…………ない……よく……ない……」
虚ろな目で、言葉を絞り出す先代。確実に意識が戻ってきてるな、このまま問い続ける。
「嘘でしょ!? マスターの迷走じゃなかったんですね!」
「意識がなくても、言葉ってのは響くんだ」
「なるほどマスターは身をもって経験してますもんね」
可愛くガッツポーズするクラウソラスだが、足元はしっかりと魔剣使いにめり込んでいる。
「……そ……れ、ウチの…………メロンパン!!」
言葉が聞こえた。途切れ途切れのセリフ、だが最後のはハッキリ聞こえた。メロンパン!?
「は?」
と、同時に大木が砕け散る。木片は縦横無尽に飛び、衝撃で俺は吹き飛ぶ。
「エリファ!!」
状況を把握しようとしているのか、辺りを見回している先代を見てよろこぶクラウソラス。
「あれ? メロンパンは……? てかここどこ? あ、イケメン! ウチはエリファ! 君名前は?」
「しょ、翔吾……」
まだメロンパンにこだわっている。いや、騒々しいな。あまりの速度感に気圧される。
クラウソラスはまた嬉しそうに先代の名を呼んだ。
「だめ……力、弱まる。早く、支配」
体全体を力ませ、こちらに向かってこようとする魔剣使い。
「させませんよ! 支配の条件は魔剣に触れさせることですね!? エリファ! もう触っちゃだめですよ!」
魔剣に触れさせるため、距離を詰める魔剣使いと、それを阻止するクラウソラス。
「あっれソラちゃんやん! やっほー! え!?ウチいるんだけど!?」
今ごろ!? 結構前から喋ってたぞクラウソラス。
「ちょっとややこしくなるから俺の後ろに下がっててくれ先代」
「行動もイケメン……!」
俺の後ろに隠れる先代に向けて、魔剣使いが魔剣を投擲する。クラウソラスをかわし、不安定なバランスで投げたにも関わらず、綺麗に飛んでくる。
「直線で飛んで来るなら対処は楽だ!」
リルの力、風の魔法を駆使して魔剣の軌道を変えれば済む。魔剣を横から飛ばすイメージで、強風を一瞬吹かす。強い衝撃を与えることで、完全にぶっ飛ばす。
「すご! 剣を飛ばすほどの強風なんて相当な魔力がいるよ!?」
ぶんぶんと、興奮するように腕を振る先代。魔力なんてのはよくわからないが、リルの力がすごくないわけがない。
が、ここで予想外のことが起こった。
「マスター! 後ろです!」
クラウソラスの声が響いた頃には、魔剣が俺たちの背後に迫っていた。
「こうなったら……一か八かに賭ける……!」
「マスター!?」
先代に剣先が触れる寸前、俺は魔剣を掴む。
流れ込む憎悪、そして不安が入り混じった感情。これは魔剣の思念か?
クラウソラスの心配をよそに、俺は手に力をこめていく。
「聖剣所持者が、触れた。これで、支配完了……。これで、一心同体。意識なくなる、お前……いいなり」
魔剣使いが何かを呟く。俺の意識はだんだんと沈んでいく。この感覚、二回目だとあまり大したことないかもしれない。
「意識があったら、俺に支配権あったりする?」
「マスター……!」
「なぜ……意識、ある……?」
完全に自分の勝ちだと誇るように立っていた魔剣使いが、驚きの声をあげる。
「意識が沈んだんだよ。だけどあの感覚は知ってる、もうあんな失態は犯さねぇ」
「学習したんですねマスター!」
クラウソラスを無視して、俺は魔剣使いに言う。
「俺たちをここから出して、支配権を放棄しろ」
支配権が、どちらに効果があるかは分からない以上、破棄させてる方がいい。もし俺に支配権があるなら、損失になるが万が一のことを考えると、これが得策だろう。
「支配権、放棄……だめ。私、消え……ちゃう」
身を細かに震わせる魔剣使い。支配権を破棄すると存在が消えるということか? 魔剣が消えれば、魔王軍の戦力を削げる、好都合だ。
だけど、俺は知ってる。魔剣の感情を。あの時流れ込んできた不安、あいつは誰かを傷つけるのを恐れている。
「放棄せんでもええんとちゃう? こっから出してくれるだけでええと思うんよウチ」
言いながら先代は、自分と同じ見た目の魔剣をわしゃわしゃと撫でる。
「ウチ、まだ聖剣使えるやん? 多分。で、魔剣も多分使えるやん?」
曖昧な言葉で続ける。
「翔吾も多分、両方使えるやん? ならウチらで聖剣も魔剣も持ってた方がよくない? 悪用されなくて済むし」
多分が多いと思ったが実際、先代の言うことは理にかなっている。俺たちが持っていれば、戦力は増えるし、同時に魔剣の不安を拭える。
「先代の言う通りか。なら支配権はこのままでいい、特に困ることもないしな」
「ここからは出しても大丈夫なんですか? 魔剣使いさん」
「支配権、ある、なら……問題、ない」
なら決まりだな。
先代と顔を見合わせた俺は、魔剣使いに手を差し伸べる。
「俺たちに加勢してくれ、魔剣使い」
「誰も、傷つけ……ない?」
か細く放たれた言葉。本当に今まで辛かったんだろうな。
「約束する、俺は理不尽な暴力は振るわない。だから、お前を正しく使わせてくれ」
「ティルヴィー、名前……呼んで、ご主人様……」
確実に今、流れが変わった。聖剣と魔剣、この二つが使えるなら、あの幹部に遅れを取らない。いや、二つの剣に認められたからには、遅れを取ってはならない。
決意を固める俺をよそに、先代が言った。
「ティルちゃん! さっそくお外に行こう! 善は急げやで!」
元気よく、ティルヴィーの腕をぐんぐん振る先代。
俺は一つ気になってることがある。
「なぁ先代。どうして関西弁なんだ?」
純粋な疑問。ここは異世界、なぜ関西弁があるのか。まさかこの世界にも関西のような言葉遣いの地域があるのだろうか。
「お! カンサイ知ってるんや! ウチな、エルフの里の資料室で見たカンサイ百景って本でカンサイベンっての知ってそれ以降それで喋ってるねん」
旅行雑誌か何かだろうか?
「めっちゃ可愛ない? カンサイベン! 架空の都市らしいねんけど、めっちゃ行ってみたいわ〜」
「そうなんだ。楽しそうだな」
関西は実在するぞ、なんて言った日には大騒ぎするだろうな。
「さてマスターたち、雑談は事が片付いてからにしましょう。ティルヴィー、お願いしますね」
「わかった」
瞬間、精神世界がぐわんと歪む。
「――さん! 翔吾さん!」
涙目で俺を呼ぶマリアは傷だらけで、今にも苦痛で気を失いそうな様相だった。
どういう状況だ? 地面に横たわってるのは俺と先代、そばには聖剣と魔剣。精神世界から戻ってクラウソラスたちは見えなくなったのか?
「マリア、状況は?」
「崖から落ちてね? なんとか受け止めたんだけど、二人とも目を覚さなかったから心配したよ!」
そっか、落ちたんだった。落ちた時に精神世界に入ったから、意識がなかったのか? いやそれより気になることを言われた気がする。
「マリア、受け止めたって? 人二人だぞ?」
「うん受け止めたよ? 翔吾さんたちより早く下に着くかは賭けだったんだけど……着けてよかった」
ムキっと腕に力を入れるマリア。細かったはずの腕が、鍛え上げられた武闘家のように勇ましく存在を主張していた。
「その筋肉は……」
「は、恥ずかしいから……マジマジ見ないで下さい!」
これは乙女の恥じらいと言うやつだろうか? なににせよ触れない方が良さそうだ。
「わ! めっちゃ美人! つかボロボロやん!」
「えっ!? 魔剣使い……!?」
キャラが変わってる魔剣使いを見て驚くマリアの傷が、ぐんぐん癒えていく。先代が回復魔法をかけている。
「ウチの回復魔法は、範囲内の全てを回復するから敵まで回復してまうのが欠点やねんけど、すぐ回復できるから有能じゃない!?」
範囲で回復する魔法は、当然俺も、先代自身も癒している。
「ありがとう先代。助かった」
「えっと……? 魔剣使いでは……ない?」
地面に転がる魔剣を取ると、体の前で構えて名乗る。
「魔剣使い、エリファ! 見参!」
数秒の沈黙のあいだ、先代はこちらをチラチラと見てきた。
これを俺にもやれと言う事だろうか。しかたないな……。
俺は聖剣を手に取り。
「よしマリア、ドーグ潰しに行くか」
先代を置いて崖を見上げる。案外低いな、十メートルくらいか? これなら風の魔法を応用すれば三人同時に飛んでいけるな。
「ちょいちょいちょい! ウチシカト!?」
「翔吾さん、上はどうなってるか分かりません。まずは様子見が必要かと」
マリアの言う通り、上の状況が分からない限り迂闊には動けない。ドーグがリルたちにボコボコにされてるなら問題ないが、逆なら出るタイミングを間違えれば大惨事だ。
「ちょっと試してみたいことがあるんだ」
「試したいこと?」
首を傾げて尋ねるマリア。
「ねぇウチのこと忘れてない?」
首を傾げて尋ねる先代。
「まぁ見ててくれ」
「わかりました!」
神経を集中させて、神域を開いていく。イメージは、崖上の、さらに上に開く感じ。
手元に開かれた神域に、恐る恐る覗いてみる。
「よし成功だ。見て、二人とも」
「はい!」
「やっとウチに存在感出てきた!」
ずいっと二人が両サイドから詰めてくる。美女が二人も近づくとテンパってしまいそうになるが、俺にはシズクがいる。こんな罠に惑わされちゃダメだ。
三人で神域を覗き込む。ここに開けた神域と、崖上の神域を繋げて現状を観察する。
「シズクの様子おかしくないか?」
「確かに……怒っている? と言うか……無表情?」
「あれ見て! 聖剣と魔剣もどきやって! ウケる!」
言ってる場合じゃないだろ。ハンツやばいんじゃないか?
「速攻で助けに行こう。敵の人数も増えてるみたいだし、みんなが心配だ」
マリアを抱えながら言う。
「そ、その通りなんですが……これは……少し恥ずかしいというか」
「ごめん、少し我慢してくれ」
三人並んで、風を纏うのは今の魔力では不可能。限界がおそらく二人。
だから俺は、マリアを担いだ。筋肉はすごいが、一人の女の子だ。聖剣と魔剣に選ばれた超人には少し無理をしてもらおう。
「ウチは!?」
「ほら、しっかり握ってて」
手を握る、それだけ。
この状態から、俺と先代の足元に風を立ち昇らせる。
「一気に駆け昇るぞ!」
「はい!」
「ウチの扱い雑くない!?」
扱いの差に文句がありそうな先代は、風で体が浮くと同時に、俺の手をこれでもかというくらい握りしめた。痛い。
――というような経緯で、現在に至る。
眼前にドシっと構える勇者もどき。神経を逆撫でするかの如く、気色の悪い笑みを浮かべている。
「なにあのナルシスト。ウチあれ生理的に無理やねんけど」
「あれは自分が最高という怨念に取り憑かれた哀れな青年だから、心置きなくズバッと斬っていいぞ」




