二十七歩目 聖剣
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「おい、チビ!? どうしたんだぁ!? 正気に戻りやがれぇ!」
そうだ、あいつらのせいだ。あいつらのせいで俺は……!
「そうそう、怒れ! 自我を忘れろ! そんで俺の、手駒になりな」
「おいテメェ! チビに何しやがったぁ!?」
なんだ? 誰かの声が聞こえる? 何が起こってる? 俺は……?
「さっきああは言ったけどお前達には何もしてないから安心して良いよ」
視界が段々と明瞭になってくる。だが視界は薄く、赤く広がっていた。体の制御が効かない……? 逃げろ! ボスゴリ!
「俺はチビに何したのかを聞いてんだ……っぐ!」
制御の効かない俺の拳は、五層ボスに凄むボスゴリの肋を躊躇なく打撃する。ボスゴリは、痛みに顔を歪め膝を床につき、うずくまる。
そんなボスゴリに構う事なく、俺の体は風の魔法を操っていた。勢いよく吹き飛ばされ、壁に強く体を打ち付けるボスゴリ。
止まれ! 頼む、止まってくれ!
「あいつには、自分が死ぬ瞬間の記憶を見せた。召喚者ってのは大体が誰かに殺されてるんだよ、辛い過去さ。トラウマと怒りであいつの感情はぐちゃぐちゃだろうな」
「酷い……翔吾が殺されてるなんて……」
シズクが何か話している? だめだ、聞き取りづらい。それに……また暴発する! 止まってくれよ!
「翔吾!」
苦しむ俺に目を向け、何かを叫ぶシズク。それをよそに、暴風がダンジョン内を吹き荒れる。シズクとボスゴリは吹き飛ばされるが、リルとガンテツはもろともせず、飛ばされた二人を受け止める。
もう、これ以上仲間を傷付けたくない。止まってくれよ!
涙が頬を伝う。だが、体は止まる気配がない。ボスゴリの防御を突破し、ボスゴリごとシズクを蹴り飛ばす。
「俺……を、殺せ……!」
力を振り絞り、自分の喉を震わせる。仲間を傷付けるくらいなら……。
「ふざけんじゃねぇぞぉ! お前は俺たちのリーダーだろぉ!? 俺たちを犠牲にして、トラウマを克服するぐらいしてみやがれぇ!」
立ち上がり、俺に何かを訴えかけるボスゴリ。その表情は、ぼんやりとしか見えなかったが真剣だった。
「逃げんなよ、翔吾」
聞こえた……! 声が、鮮明に。諭すように告げられた言葉は、俺の心を冷静にさせていく。
けど、体はまだ……。
「大丈夫、もう大丈夫だよ」
穏やかな口調で放たれた、聞き覚えのある言葉。俺がこの世界に来て、最初に聞いた思い入れの強い言葉。もちろん放ったのはシズクだ。その本人は、俺の拳をかわし距離を詰めて俺の前に立っている。
「私ね、翔吾の優しい所が好き」
俺の頬を両手で包み込むように掴むシズク。突如告げられた好きというワード。シズクは止まる事なく言葉を紡ぐ。
「誰かの為に体を張れる所が好き、ちょっと子供っぽい所も好き」
次々と放たれる言葉は、俺に安心感と、愛を与えてくれる。
シズクは自分の額を、俺の額に合わせる。そして、ゆっくりと瞳を閉じて言葉を続ける。
「笑顔も、真剣な顔も、泣き顔だって。全部好き! だけど、苦しそうな顔は見たくないな」
俺だって、シズクが好きだ。意識はもうすっかり鮮明。体だって、ある程度自由が効く。
「ここまで言わせて、だんまりでいいのかぁ?」
後押しするように、悪戯な表情で煽るボスゴリ。いや、もうボスゴリってからかうのは違うか。俺の為に体張ってくれる、大切な仲間だもんな。
「……いい訳ねぇよ。完全復活だ、待たせたなハンツ! シズクも、ありがとう」
シズクと合わせた額を離し、強くシズクを抱きしめる。勢いで抱きしめたけど、この先考えてなかった。
「油断しすぎ」
その言葉とともに、五層ボスの拳が降りかかる。シズクに覆いかぶさり攻撃から庇う。俺のかわした拳は空を切るものの、五層ボスは体幹を崩す事なくぴたりと止まる。
「このダンジョン攻略させてもらうぞ!」
「簡単に出来ると思うな!」
狂気を感じるほどの笑みを浮かべ、背中に下げていた大剣を取り出す。
俺も聖剣、出すか。
「翔吾よ!」
「いや、多分大丈夫!」
神域を開こうとするリルを引き留め、笑顔を見せる。ついにこの時だ! 瞼を下ろし、意識を広く周りへ向ける。
「出来た!」
俺の左後ろに、神域が開かれている。よっしゃ! リルの風魔法を使えてたからもしかしたらと思ったけど、予想通りだった。
「開けるのかぁ!?」
「体の制御が効かなかった時に、魔法が使えたんだ。そして今、魔力が見える。もしかしたらと思って、神域試してみた」
驚くハンツに、説明しながら神域に手を入れる。
前に聞いた痕跡。角の方に漂う魔力と比べ、俺の周囲に漂う魔力は不自然だった。紙に例えるなら、ぐしゃぐしゃにした紙を開き直したような感じだ。
俺の感じた事だが、魔法の連続使用は効果が落ちる気がする。魔法だけに頼るのは良くなさそうだな。
「うむ、力を使いこなせるようになったか! 上出来じゃ翔吾!」
「次の目標は聖剣を使いこなす事だな!」
聖剣の柄を掴み、宣誓する。そしてゆっくりと神域から引き抜く。
「一応礼を言う。五層ボス! お前のおかげで強くなれた、ありがとな!」
俺が嫌味混じりにこぼす言葉に、にやりと笑い飛び込んでくる五層ボス。だが、その動きは途中で止まる。と言うよりかは俺以外の動きが全て止まっている。
『ようやくこの瞬間が来ましたね。マスター』
ん? どこからともなく現れた、尖った耳の女性。薄緑に色付く髪をたなびかせ、心地よい音で声を飛ばす。
この耳の特徴、以前リルに聞いたことがある。最強種の一つ、エルフ。でもどうしてこんな所にエルフが?
『状況が把握できていないようですね。簡単に説明しますと、私は聖剣です。この姿は私が認め、聖騎士の称号を与えられた者の姿をお借りしています』
「お、おう?」
確か、聖騎士は過去一人しかいないんじゃなかったか? それに消えたらしいし。聖剣だし。なにがどうなってる?
「つまり……?」
『あなたを認めます。よくぞ辛い過去を乗り越えました。頑張りましたね』
「あざ……す?」
今認めるって……? て事は使いこなすって目標に一気に近づけたんじゃ?
『ただ! 私を使う前に一言文句を言わせてくださいマスター』
「文句?」
『はい! 私を、聖剣を取引材料にしましたよね!? ありえないですよマスター! それに派手な剣って! どうだっていいとも言ってました!』
勢いで俺を追い詰める聖剣の……精霊? は、水着のような服装で胸を大きく弾ませながらもジリジリと近付いてくる。俺の前の聖剣使いはこんな服装だったのか? パレオがなければほぼ痴女じゃないか。
「あれは、ほら、言葉の綾ってやつ?」
『言い訳無用! あんな扱いをしておいて、次の目標が私を使いこなす? 非人道的ですよマスター!』
確かに、その通りだ。反論できない。
『道具とはいえ、聖剣の私だって感情があります。少し傷付いています。私、誠意って大切だと思うんです。使いこなしたいなら誠意を見せて欲しいですねぇマスター?』
「この度は、軽率な発言で聖剣さんを傷付けてしまい。誠に申し訳ありませんでした。こんな俺ですがどうかお許しください……」
ニヤニヤと笑みを浮かべる聖剣さんに、深々と頭を下げる。聖剣さんの言う通りだな、どんな物だってきっと感情がある。大切に扱わないと。
『流石マスター! 私を持つに相応しい器です! 私の真名を教えましょう。私の名はクラウソラス。マスター、私を使いこの世界に、正しい道を照らしてください!』
優しさの溢れる笑顔を見せると同時に、手に持っていた聖剣が激しく発光する。そして剣の形が細くなり、剣先が尖ったものから半円形に変わっていた。これが聖剣の真の姿ってことか? 最初の形の方が、ゴツくて派手で聖剣らしさがあった気がする。
「おう! よろしくな、クラウソラス」
クラウソラス、どこかの国で光の剣って意味だったよな。だとしたらとてもこの剣に相応しい名前だ。濁る事なく、どこまでも輝いている。
そして次第に止まっていた周りが、動き出す。




