二十三歩目 寒冷
「よし! 契約は終えた! 早速、我と手合わせをしてみるか?」
模様が変わった俺の左手を見ながら言うリル。同じく俺も、左手に視線を移す。
これ、魔法陣なら魔法とか使えるのか? 期待、大!
「案外スッと終わるんだな、契約って」
言いながら俺は、少し凝った肩をぐるぐると回す。すぐ終わったけど、少し疲れたな。
「仰々しく思える行為なんて、蓋を開けてみれば至ってシンプルなものじゃ!」
胸を張り、自論を展開するリル。案外説得力がある。
「そういうものなのか? まぁいい、力試しだ!」
「どこからでもかかってくるがよい!」
リルは期待のこもった眼差しで、俺を見つめる。
「全力で行く――」
左足に力を全力で込めて、前方へ飛ぶが――止まれねぇ!!
「――ぶへっ!」
跳躍に使った左足は暇を持て余し、ぶらぶらと揺れている。そんな俺を、リルは軽やかに交わす。
その結果、当然こうなる。壁に激突。クッソ痛え。
「お主……なにをしとるんじゃ?」
「翔吾!? 大丈夫!?」
可哀想な生き物をみるかのような表情で、見つめるリル。素の優しさで心配してくれるシズク。
「予想以上に……脚力が……」
「力の制御を教えねばならんかったか……忘れておったわ」
床に座り込み、ぶつけた頭をさすりながら言う俺に、かかかと笑いながら近付いてくるリル。そして俺に手を差し伸べる。
「重要な事は忘れないでくれ」
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
「じゃが、力の制御とは言っても簡単なものじゃ! 以前教えた応用じゃ」
「以前……あぁ! あれの事か! 力を入れすぎてるってやつ」
以前の応用か。当てる時に全力でぶつけると、どでかい威力が出るな。多分。ただ、間合いを詰める時には調整しねぇと。
「その通りじゃ! 素の力が膨大になっている分、調整は難しいじゃろうがな」
「そこは慣れるしかないって事か」
リルの言葉に、俺は拳を体の前へ構えて答える。
「そういう事じゃ! ほれ! どんどん来るが良い!」
「頑張ってね翔吾!」
「おう!」
推しからの声援。これはやるっきゃない! 先程の失敗を活かして、軽めに踏み込む。
「ふむ、出だしは成功したか。まだまだ不安定じゃがのう」
「出だし万全ならその後も万全!」
素早くリルに近付き、攻撃を繰り出す体制に入る。が、突如左手から暴風が吹き荒れる。
「……万全では無かったようじゃな?」
「これは想定外だわ」
これ、リルがいつも使ってる魔法じゃない? やっぱ魔法使えるのか?
「無意識とはいえ、魔法を発動させるとはのう。さすがじゃ翔吾!」
おぉ! やっぱり魔法使えるじゃん! でも……。
「発動ってよりは暴発だな。心臓飛び出るかと思った」
「最初はそんなものじゃ! これも慣れじゃな!」
高らかに笑うリル。
俺はリルの指導のもと、魔法と力の調整を数時間続けていく。
「疲れた……暑すぎる! もう動きたくねー!」
倒れ込み、道場の木製床の冷たさを堪能する。ひんやりしてて気持ちいい。
「何を言っておるか! 明日にはもうダンジョンに行くのだぞ?」
サラッと驚きの発言をする。え? 正気か?
「嘘だろ!? もう行くのか!? まだ力出し切れてないぞ?」
「嘘ではないぞ。下見の様なものじゃ! もうシルヴァに話はつけてある」
「いつの間に!? てか下見って意味あるのか?」
「うむ、危険になった際の脱出方法として隠しルートを見つけておきたい」
リルは、シルヴァさんからもらったという、見取り図を取り出す。
「大体のダンジョンには、出入り口への隠しルートが存在するからのう」
言いながら、見取り図に書かれた一層の入り口付近に、指を沿わず。
確かに、脱出方法は確認しておいて損はないな。こういうのは作戦を多く用意するのがセオリーだ。イレギュラーな事が起きても、機転をきかす事ができるからだ。
ただ、一つ不安だな。五層のボスが、五層に止まっていなかった場合……九割の確率で、ボス戦開始だ。隠しルートを見つける前に遭遇した場合はやば……くねぇや。レベチな保護者がいたんだった。
でも、逃げ癖直すためにも! 遭遇したとしてもまずは俺が戦おう。そうしよう。あわよくば勝って、シズクにいい所を見せようなんて考えは、断じてない。断じて。
「しかたないか、ぱぱっと見つけよう」
「なんだぁ? もう乗り込むのかぁ?」
のそのそと、道場へ足を踏み入れるボスゴリ。その後ろから、ガンテツが静々と現れた。ボスゴリの体は泥にまみれ、腕や頬は傷付いていた。ガンテツにボコボコにされたんだろな。
「脱出の為の、隠しルートを探すんだってよ」
「保険って訳かぁ」
「そうらしい」
話している間にシズクが、ボスゴリに回復魔法を掛ける。さすが元勇者パーティーの魔法使い。杖をかざすだけで、だんだんとボスゴリの傷が癒えていく。
「ありがとうなぁ、シズク」
「いいよ! 仲間だもん!」
言いながら、シズクはリルを引き連れ「ご飯の用意してくるね!」と付け足し、地下の居住スペースへ降りて行く。
その姿を見て、ガンテツが後ろを着いていく。いいぞガンテツ。サポートしてやってくれ。というかガンテツは器用だから料理できるだろうが、リルはどうなんだ?
道場に取り残された俺と、ボスゴリ。
「すげぇな回復魔法。俺は掛けられてないのに心が癒されるなんて」
「それはチビだけだろぉ」
俺の小ボケを、ボスゴリがあしらう。そんな中、俺たちはこの場に少し異変を感じる。
「おいチビ」
「あぁ、だよな」
次第に俺たちの息は白くなり、空へと消えていく。明らかに気温が下がっている。業務用の冷蔵庫みたいだ。
「敵襲か? ボスゴリどう思う?」
「何のためにだぁ? それに気温下げる奇襲なんてバカだろぉ」
「そっか、襲撃した側も寒いもんな」
状況を冷静に分析しようとしているが、俺は正直寒さで思考が定まらない。
ボスゴリ薄着だけど平気なのか? ゴリラの故郷は熱帯地方のはずだから寒いの苦手なんじゃ……?




