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一歩目 遭逢

  夜の街にサイレンの音が無駄に煩く鳴り響き、野次馬の声もだんだん増えていく。


「おい! 救急車まだか!」

「え? 何? 事故?」

「あいつ遂に人生からも逃げましたね」

「ほんとすぐ逃げるからな、最近の若いやつは」


 ――大人が嫌いだ。若者は根性が無いとか、逃げて楽な方に行く事しか考えてないとかを、平気で言ってくるから。若者の気も知らずに。


 でもそれ以上に、反論出来ない自分が嫌いだ。


 自分では理由があると思っていても、大人からすればただの言い訳に過ぎない。俺――田辺翔吾は、何度も辛い事から目を背け逃げてきた。


 中学一年の頃、入学してすぐに入ったサッカー部を、半年で辞めた。理由は顧問との対立をきっかけに状況が悪化し、見兼ねた母親にサッカー部を続ける必要があるか問われたからだ。


 母親は何度も、顧問に苦情を入れていた。俺の事を心配して無理をさせていたから、部活を辞めれば負担を減らせると思った。

 サッカーは好きだったし、今も好きだ。でも心のどこかで、楽しく出来ない事を辛く思い、逃げる理由が欲しかっただけだと、今になって思う。

 これをきっかけに、逃げる癖がつく。


 それからというもの、勉強から逃げ、入った高校は名前を書くだけで合格出来る、底辺の高校。でも、高校では部活は続けたいと思い、興味があった陸上部に入る事を決意する。


 その事を母親に伝えると『今度は逃げずに続けられるの?』と言われた。その時は、母親の為にサッカーを辞めたと自分に言い聞かせていた。だから、俺の中で不満が溜まった。


 一週間の体験入部を経て、陸上部に正式入部。しかし一年で、人間関係を理由に逃げ幽霊部員になった。

 その直後、追い出される様に退部した。案の定、母親からは罵倒され、根性無しのレッテルを貼られる。


 元々、明るい性格で誰とでも接する事ができると思っていたが、この頃からは自然に人との関わりからも逃げていたと思う。

 でも、周りに心配させない為に感情を閉じ込め、自分を偽り、明るく振舞った。その度、何かに締め付けられ、まるでガラスの様にバリバリと心が壊れていく音がした。


 高校三年の頃、大学には行かず就職する事にした。就活をして、内定をもらい、入社した。


 最初は順調に進んでいたが、ここでも人間関係に悩まされる。指導を放棄されたり、シカトを続けられ、限界は近かった。

 流石に仕事を辞めれば、親が心配する事は分かっていた。だから俺は、また感情を閉じ込める。


 日に日に増していく嫌がらせに耐えきれなくなり、上司に相談する。だけど、笑顔でいろだの、愛嬌を振りまいて過ごせだのしか言われなかった。


 子供以上で大人未満。まだ十九歳の俺には過酷すぎるし、先輩や上司にも絶対に嫌われている。これも言い訳だ。

 社会を甘く見すぎていた。

 ある時、どうしても辛くなり、一日仕事を休んだ。体調が悪い訳では無かったので、当然親にそしられる。


 もう限界を迎えたのだろう、心が音を立てて崩れ、涙が頬を伝うのを感じる。



 泣くなよクズ野郎。お前はまた逃げるのか? 自分からも目を背けるのか? 何度も、次は成し遂げると決意しても、所詮口だけだったな。


 聞こえるはずのない自分の声が、俺の心の中で、鮮明に俺を罵る。


「俺は……所詮……」


 俺は本当に無力だ。何も成せない……変わりたい、けど、どうせ俺には――。




「大丈夫、もう大丈夫だよ」


 穏やかな口調で言葉を掛けられ、全ての闇を浄化させるかの様に、優しく頭を撫でられる。


「――え?」


 どういう状況だ? 俺はさっきまで……あれ? 何をしていたか思い出せない。


「目が覚めた? よかった〜!」


 気付けば俺は、見知らぬ女性に身を委ねていた。頭部に感じる柔らかさはおそらく太ももだろう。今、膝枕をされているという事が想像できる。

 その証拠に女性の顔は、俺の顔を覗き込んでいる。


「えーっと、あんたは?」

「私はシズク! 君は?」


 シズクと名乗る女性は、腰まである、まるで燃え上がる炎の様な赤い髪を耳にかけながら、先程よりも顔を近付ける。


「あ、ごめんいつまでも膝に……俺は翔吾」

「よろしくね翔吾! 意外と大っきいんだね! 倒れてた時は気付かなかった!」


 シズクの膝から離れて起き上がる。そして向き合ってから名乗る。

 背伸びをしながら自分の頭と、俺の頭の間を交互に手を動かし、身長差を確認しているシズク。


 あまりの近さに少しドキドキしながらも、状況を把握する様にゆっくりと周りを見渡す。そこには見慣れない光景が一面に広がっていた。

 周囲は深い緑や、朱色の木々に囲まれていて、霧も濃く、不気味だと感じた。

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