心はいつも文学少女
私は空野富実。学生の頃、文学を専攻し学び研究し、好きな作家の本のことをよく発表したものだ。例えば、Aさんの書いた作品は友情をテーマにしたものが多く、特に作品タイトル「○○」の本の100ページの後ろから5行目の文章がそれを熱く物語っている。そして、Aさんのことを他に研究している評論家の本を何冊か参考文献として紹介し、良かったところの文章を引用しながら発表した。好きな作家のことを研究しているうちに、私も小説家になって多くの人に希望を与えたいと夢を持つようになった。だが、現実は厳しく、会社Bに就職時、まさか自分の苦手分野の数字を扱うことになるとは思わなかった。それは経理の仕事で文学の世界とまったく正反対の世界に来たようだった。
「これ、至急やって下さいね。お願いしまーす」
不厚めにクリップでとじてあった書類が私の目の前にどさっときた。受付営業のCさんが私の席の上に書類を置いた。この量は定時で帰れるか怪しい量だ。彼は口調は柔らかいが、私にとっては好きな小説「○○」の3ページの5行目から早速登場する大魔王のようだった。他に仕事が出来る先輩がいるのになぜ、私にこの量の仕事が回ってくるのか不思議で仕方なかった。自分は少なからずミスが多く、Cさんを始め、周りから注意をされることも多いのに、処理をする書類の量が毎日エスカレートしていく。まるで、大魔王に怯える村人Dのような私は黙々と作業を始めた。夕刻を過ぎると、反響営業のEさんが私の席の隣に来る。
「大丈夫?」
Eさんに声を掛けられ、私はドキッとなった。彼は営業部の王子様みたいでもあるが、小説「○○」の50ページの20行目の15文字目でやっと登場する伝説の勇者様みたいで格好良い。私は、はいと返事し、経理のわからないところを聞いた。すると、Eさんはわかりやすく教えてくれ、しかも半分の量、私の仕事を手伝ってくれた。彼が隣にいるだけで私の電卓を打つ手が震えてしまい、緊張で作業がはかどらない。途中まで計算が出来たと思ったら、間違っているところがないか心配になってしまい、また初めから計算をし直す繰り返しだ。
「空野、進んでませんね」
Cさんの声に驚いた私は、彼の方を振り返るとき、電卓を机の上から落としてしまった。その後、伝説の勇者様が大魔王の相手をしてくれたおかげで残りの仕事を終えた村人Dは、定時で帰ることが出来た。