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その一

今回はひねりは、まったくありません。題名通りのことを起こすだけです。

だが、そこに至るまでのプロセスが、すったもんだというかドタバタ劇というか

あと、十五年ぐらい前に書いた原稿がもとですので、今の野球事情とは違っているところがあります。


 ここは、都内の市民グラウンド、草野球をしている選手たちを遠目に見ながら、ベンチに座った二人の女性が話し合っていた。

「相変わらず、野球は見ていても面白いねえ」

 髪の長い目つきの鋭い女性の声に、

「そうなの」

 と、さめたような声で中高生の年頃の少女が答えていた。髪の長い女性は朱雀競羅、少女の方は田野田天美だ。

「ああ、あの打者と投手との一対一感、まさに、勝負という感じがするね」

「よくわからないけど、ざく姉がそういうなら、そういうものかも」

 天美はそう答えた。年上に敬語が使えないのと、助詞が言葉足らずなのは、やはり、日系人であるため、日本語をきちんと学んでいないからである。

「ああ、一打席一打席が勝負だからね。やるかやられるかの」

競羅のセリフは何か妙な表現である。理由があるのか、そのあと、彼女は言葉を続けた。「それで、この際、言うのだけどね。あんた、助っ人仲間になってもらえないかい」

「助っ人?」

「そうだよ。それで金を稼ぐのだよ」

「また、悪いことでしょ」

 天美はしらけた目で言った。

「またって、冗談じゃないよ、あんた、こっちが一度でも金儲けのために、あんたを利用したことがあったのかい!」

 競羅は少し憤慨をした。彼女は博徒気質で職人的プライドが高い女性である。本来なら今のような言葉を話すような人物がいたら、即座に張り倒して、

「なめるなよ! こっちが、そんな悪党に見えるのかい!」

 と恫喝するところだが、天美には下手であった。そして、その天美は、

「確かに、お金儲けに関してはなかったかもしれない」

 思い直したように答えた。

「だろう、能力を使っての金儲けは、一度も頼まなかったはずだよ。それに、今回誘った、金儲けにはあんたの能力は関係ないのだよ」

「だとすると、ますます、意味わからないけど」

「今回はね、あんたの反射神経、運動神経を頼って誘っているのだよ」

「わったしの運動神経?」

「あんた、正直に言って、三十メートルを何秒で走れるのだい?」

「やっぱり、逃げるときに使う気ね。何か取ってこいとか」

 天美の目が鋭くなった。またも、疑う目つきだ。

「まさか、そんなことは頼まないよ。もういい加減にしてくれよ。そういう発想は」

 競羅は少し、げんなりとした顔をした。

「では、本当に悪いことに利用しないのね」

「ああ、そうだよ。そもそも、なぜ、三十メートルと区切って聞いたのだと思うのだい?」

「それは、確かに、よくわからないけど」

「だろう、だいたい速さを聞くときに、こんなことを尋ねないよ。普通では、三十メールを走っただけでは何もできないからね」

「だったら、どうして聞いたの?」

「それがベース間の距離だからだよ。正確に言うと二十七メートル半だけどね」

「ベース間?」

「塁の間だよ。まあ、そんなことはどうでもいいよ。実際のところ、あんたは、三十メートルを何秒で走れるんだい? 計ったことがなければ、今、ここで計ってもいいけどね」

「里で何度も計ったことあるし、スタートダッシュよければ、三秒半ぐらいかな」

「ほ、本当かよ」

「それぐらいできなきゃだめでしょ。生きてくためには」

 天美は屈託もなく答えた。まだ、自分を育て上げた環境が尋常の世界だとは、思っていないようなセリフである。そして、競羅は言った。

「それなら、完全な戦力だよ。本当に協力してくれる気はないかい」

「だから何をなの?」

「さっきから見ているあれだよ。あの野球」

 そう言うと競羅は、あごでグラウンドの方角を合図した。


そして、もう一組、この公園では、競羅たちが座っているベンチ近くの小道で、二人の男たちがメモのようなものを見て話し合っていた。二人とも顔を見られないように黒いサングラスの出で立ちである。男たちは、ベンチの二人の女性が気になるのか、密談をしながらも彼女たちを横目で見ていた。

天美は、その野球を見つめながら声を出した。

「あれが、どうしたの?」

「だから、あの野球で稼ぐのだよ」

「どうやって?」

「むろん、さっきも言った助っ人だよ。野球チームの中に入って活躍をするのだよ」

「それがお金に・・」

「そうなるのだよ。だいたい、ああいう草野球というのは、大人たちがストレス発散のためにやっているのだよ。スカーンと打てば気持ちがいいからね」

「だから、ユニフォーム着てプレイしてるんだ」

「そう、チームという連帯感を持つためにね。会社仲間、商売仲間、商店街、趣味が合う仲間、同級生とか、まあ色々とあるけどね。彼らは、この野球をすることで、仕事以外の休日を楽しんでいるのだよ」

「それはわかるけど、ざく姉って、よそものでしょ」

 天美はそう言った。本当に、はっきり言葉を言う少女である。

「問題はそこではないのだよね。彼らは初めは、こう思っているのだよ。自分たちが楽しければ勝ち負けは関係ないとね。ところが、どんなものでもそうなのだけど、最初は勝ちにこだわらなくても、負け続ければいやになるものなのだよ。当然、負け続ければやめたくなる、もう、こんなことをやめようと、それはわかるよね」

「まあ確かに」

「となると、せっかく作ったチームは解散してしまう。そうなると、今までに買った、おそろいのユニフオ、もう舌をかみそうな言葉だね。制服でいいだろ、それと、グローブとかバットとか、今までに使った、お金が無駄になるのだよ」

 競羅は生粋の江戸っ子らしく、ニフォーと言う言葉が、きちんと言えないのだ。

「だから、試合を金で勝たしてくれる、こっちみたいな助っ人が必要なのだよ。相場は一番安いと一人交通費プラス一万円かな。むろん、勝たせるのが一番良いのだけど、明らかに格違いの相手があるからね。何にしても五点以上開きが出たら、金はもらわないよ」

「でも、それは・・」

「なあに、今までに投資した金額に比べたら、そんなに高い金額でもないよ。もっとも、こっちは、それが本業ではないからそれぐらいの金額ですむのだからね」

「うーん」

 天美はまだ首をかしげていた。

「あとね、向こうもチーム同士で色々と因縁みたいなのがあってね、あそこには絶対に負けたくないとか、そうなると、助っ人同士になってしまって。まあ、お金も派手に動くだろうね。選手の勧誘合戦とか、絶対に勝ったら十万円とか」

 競羅は説明しながら苦笑をしていた。

「それで、ざく姉、どういう活躍してるの」

「むろん、打者だよ。それも明らかにホームラン狙いの」

「ホームランって?」

「面倒だねえ、これだからしろうとは困るよ、ホームランというのはね本塁打と言って、ただ、打つだけでいいのだよ。投手が投げた球を、バットできちんとたたいて、大きく遠くへ、見えるだろ、あの柵の外へ飛ばすのだよ。そのあと、ゆっくりと塁上を一周する、それだけの仕事だよ。それで、一点から四点まで入るし」

 何か競羅はフェンスという言葉も苦手なようである。

「そんなに難しくなさそうね」

これが、天美の返答か、

「それでも、けっこう神経を使うよ。動いている球の動きを見極めて、真芯でたたかないといけないのだから、まあ、こっちも、幼少の頃から、一メートルほど先から振り下ろされる竹刀とかを、何度もかわしているからね。ある程度の速さまでなら対応ができるよ」

「どれくらい」

「変化球なら難しいけど、直球なら百二十キロまでならほとんど打てるね。あんただって、十八メートル半先からの時速百二十キロなんて、余裕でよけることができるだろ」

「それぐらいなら余裕だけど、十八メートル半って?」

「それが投手から打者への距離だよ。その間で勝負が決まるのだよ。勝つか負けるかの!」

 競羅の顔は厳しかった。実際、この仕事は信頼が大切である。打たなければ信頼を得ることはできない。つまり、次の依頼がこない、まさに、ある意味、生活を賭けた勝負か、

「だいたいわかったけど、他にはどんな人いるの。打者だけでは勝てないでしょ」

「ああ、連れの一人が元締めでね、投手だけでも十人ぐらいはいるのではないのかい。たまに一緒に仕事をするけど、実際、速いね。百三十五キロぐらいは出ていると思うよ。あとは、守備固めとか盗塁専門の選手がね」

「そうなんだ」

「そうなんだはいいけどね、盗塁って意味は、わかるのかい。それが、あんたに頼みたい仕事の一つなのだけど」

「むろん、わからないけど」

「盗塁とはね、盗む塁と書くけど、決して物を盗むわけではないのだよ。ただ、相手のスキを突いて前に進むだけの」

「だるまさんがころんだみたいな」

「それとは違うけど、進むことは同じだね。さっき話していただろ。二十七メートル半だと、それがベース、つまり、塁上間の距離だよ。投手が捕手に向かって球を投げている間に走るのだよ。むろん、捕手から、その塁を守る選手にボールが届くまでに次の累を踏まないと、タッチされてアウトになって、そこで役割はおしまいだけど、三十メートル三秒半の速さなら、リードをしなくても余裕で行けるね」 

「リード、また進むの」

「違うよ、最初にちょっと取る距離だよ。それが、あんまり離れていると、牽制・・。もうそんなことはどうでもいいよ。あんたは、累にくっついていても大丈夫なの。ただ、投手が球を投げたら、次の累に向かって走るだけで」

「走るだけが仕事なの?」

「さすがに、それだけではないよ。打者として、投手の投げた球を打たないとね、けどね、打つと言っても、無理をして打ち返さなくてもいいよ、ちょこんと前に転がすだけで、そして転がしたら、一塁方向に全力で走る。球が一塁を守る選手のグラブのところに、はさまるまでに、一塁ベースを駆け抜ければいいのだよ」

「と言われても、まだ何か気、進まない」

「それは、まだ、あんたが状況がわからないからだよ。神や仏に誓っても、決して悪いことではないのだから。よく言うだろ、グラウンドにはお金が埋まっているって」

「そんな言葉あるの?」

「ああ、野球は金になるのだよ。とは言っても野球賭博ではないけどね」

「でも、まだ」

「賭博行為というのはね、例えばプロ野球選手にお金をつかませて・・」

その競羅の言葉の途中、天美が声を上げた。

「ざく姉、よく前、見て!」

「えっ、前!」

競羅が声をあげると、目の前にはサングラスの男性、二人が立っていた。先ほどから密談らしきものをしていた二人組である。そして、競羅が声をあげた。

「あんたら、何か用かい?」

「姉ちゃんたち、おれたちの会話を聞いていたね」

 ほおに傷がある方の男が話しかけてきた。リーダー格か、

「なにも聞いてないけどね」

「嘘はよくないね。野球がお金になるとか、元締めとか聞こえたのだけどね」

「それは、たまたまだろ。だいたい、あんたらと、どれだけ離れていたのだい?」

「おれたちが聞こえていたから、おまえら姉ちゃんたちも聞こえたのだろうね。それにね、野球賭博という決定的な言葉を、今、話していたよな」

「野球賭博! まさか、あんたらは!」

事情をうすうす理解した競羅は、そう声を上げた。

「そうだよ、そこまで知っているからには、素直に帰らせるわけにはいかないね」

「ふーん、誰が誰を帰らせないって」

天美が声を出した。彼女は威嚇をされたりすると、反抗したくなる性格なのだ。

「むろん、おまえらだよ。最低でも試合が終わる二日間はおとなしくしてもらうよ」

「へーえ、そんなこと、できると思うんだ」

「本当に生意気な奴だな。これは、簡単に帰らす気はなくなるぜ。まずは、なぐさみものにして、どっかに売り飛ばすか」

「だから、できないって言ってるでしょ。こんなとこで、ちから使いたくなかったけど、こうなったら仕方ないか。ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらうね」

 天美の決め台詞が出た。

「悪事をしゃべるだって、ふざけたことを言う小娘だ」

そして、男はつかみかかってきた。男の手が彼女の襟元に触れたとき出た強善疏、男は弾かれたように、その手を離すと何かを告白し始めた。

「やっちまったね。では、もう一人は、こっちで料理をするか」

 そう相棒の自白らしき言葉に驚いている男に、蹴りを入れて気絶させたのである。


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