第1章 冬の祠と世界の真実
選渡の儀
「皆の者、揃っておるかの。」
ここは、境一族の多くが居住する結界に護られた土地内の中央部にある、【10年間に】というより、【10年ごとに】2度使われるのみの、総領の屋敷の北側に造られた、古からの方術陣の儀式専用の建物内の中、中央の広間である。
なお建物自体は、10m四方の陣のスペースはそのままに、35年程前に周囲の一族の者及び関係者の控える場を含め、屋根や壁なども新しく建て替えられた、建築物である。
だが、この世界にとっても重要な建築物であるため、月に1度、この地に住む一族の中の未成年者が建物の周囲も含め、清掃しているので非常に綺麗に保たれている。
参加する子供達にとっては、むしろ清掃が終わった後のご褒美の方が楽しみで、かなり熱心な子も見受けられる。
声を掛けたのは、総領と共に入ってきた長老連の中の最年長のクラメ婆様である。
クラメ婆様も若い頃この選渡の儀において選ばれた上、それ以後の儀式のことごとくに参加・及び立会い人をして来ており、一族の生き字引とも言える人物であり、トーチを除けば一族の中で方力もトップクラスでもあるという理由で、儀式においても取り纏め役を務めているのも当然のこととされている。
「ほれ、皆、座って楽にするが良い。時間はまだ少しあるのでな。」
そう声が掛けられると、広間の中、思い思いに屯していた一族の者達が、前以って、それぞれが指示されていた場所へと移動をはじめる。なお今回の儀式に直接参加しない一族の者は、東西南の壁際に移動して腰を下ろす。
今回も参加するのは、一族の者と総領から認められた者から、国からも認められた、この地域でのみの、古よりの仕来たりで成人とされる数え15才から30才までの内、武術や方力・方術から、長老連から推薦され総領が決定した12名と、長老連からクラメ婆様以外の方力の大きな4名である。
その他、北側には、総領、参加しない長老連、そして国の立会人が陣取る事となる。
「面倒くさい事となり、10年余りご苦労じゃったろう。ほんにすまんかったのう。」
と、数人を挟んで腰を下ろしかけていた3人の国の立会人の内、年長の男にクラメ婆様は話しかける。
「いえ、この10年何も面倒くさい事も苦労をしたとも思っておりません。此方で良い伴侶とも出会えましたし、・・・ただ。」
と、彼は広間の南側真ん中に胡坐をかき座るトーチを見ながら、言葉を濁した。
「しかし、真っ直ぐに伸びられましたね。」
「我等もそれが頼もしく嬉しいことではあるがの。」
そう、婆様が返すと北側に陣取る長老連の皆がほぼ同時に頷き、同意を示す。
一方、トーチはぼんやりと陣の中程を見ながら、向かい側北側の中央に正座したササメについて考えていた。
(つい、聞きそびれたなあ、昨日の事。)
朝、寝床から出た二人だがトーチが日課の朝練を始めると、手早く自分の服を身に着けたササメが、今度は壁に掛けたハンガーの自分のダウンのロング丈のコートに手を掛けかけた所で一瞬迷い、隣の普通丈のダウンジャケットを着込むと、
「じゃあ、後でね!」
「うん、分かった!」
トーチは周りからは年相応以上にしっかりしていると言われるし、思われているが、実の所、ササメに対してだけはそうでもなかったりする。
本人もちゃんと自覚症状は認識しているつもり・・ではあるのだが、なにぶん物心着いてから、こういう姉弟のような関係なので、多少諦めていたりもする。
床を共にする間柄となっても、2人きりの時はつい姉弟のような会話になってしまうのは仕方がない・・のかも知れない。
声を掛けた後、トーチからの返事を聞くとササメは小さく頷くと、颯爽と白い息を吐きながら部屋を出ていく。
ここら辺りは国の中心より、200Km程離れた結構な山間にあり、年末という事もあって、この時期は朝は冷え込む事も多く今朝も気温がかなり低い様である。
そういった場所でもあり、普段の冬は雪も結構多い。
ただ、10年ごとの、儀式のある年の年末年始は、何故かこの周辺に雪は降らないし積もらない。
トーチが何時か、長老等の年配者たちに聞いたところ、昔からそういうもんだと言われた。
ササメは、数百メートル離れた実家である総領の屋敷に向かったのであるが、彼女が帰ったのは、トーチとその父親の朝食を作る為である。
彼女は12才の誕生日の日より今日まで、この地に居る時には、当たり前のように毎食二人の食事を自ら作っている。
誰に言われたわけでも無いのであるが、とにかく彼女は、彼の世話をするのが単純に好きなのである。
実の弟もいるのに・・それでもである。
その弟、ソーチ <<境 繰知>>はと言えば、満で14の誕生日まではトーチを<兄ちゃん>と呼び慕い、トーチの鍛練の際には横で見よう見まねで練習をし、実の兄弟の様に懐いていて一族の者には、微笑ましく見られている。
現在は、兄貴呼びではあるが。
ソーチもトーチやササメ程ではないが、それなりに大きな方力を持って居るためと、トーチと共に練習した方術も幾らか使える事、さらに槍術をササメと一緒にトーチの父に習っている事もあり、今日の儀式は参加をするよう総領に言い渡された様である。
そういったソーチの事情も絡み、総領の屋敷で朝食を食べたあと、仕来たり通りトーチはソーチと2人で禊を済ませ、服を着替えた後儀場に来たのである。
朝食の時、総領はトーチの父親や長老の爺様婆様達と、参加者の体調などの話をしていたし、ササメは祖母や手伝いの女性達と話していたのでタイミングを逸してしまっただけなのであるが。
そんなことをぼんやりと思い出しているうちに、皆、所定の位置に腰を下ろしたようだ。
皆は座ったままではあるが、小さめの声で周りの者と会話する者、もの思いに耽る者と様々に時が来るのを待つこと15分程。
「そろそろ、だの。」
と、クラメ婆様は南側の壁上方に掛けられた、これもまた古より残された、直径60cm程の円盤が3つ並んだ板の、1つずつ取り付けられた針を見つめながら皆に声を掛けると、儀場に居並ぶ全員が居住まいをただし、口を噤む。
四隅にいて最初に陣に方力を注ぐ役割の、4名の長老のみが立ち上がり、陣の中央に向き直り、方力の同調を開始する。
誰一人として声を出す者もおらず、澄んだ気配が儀場を満たし始めて数十秒経った頃、陣の中心部が薄っすらと光を放ち始めたのを認めると
「よし、頼むぞ。」
そうクラメ婆様から声を掛けられた、4名の長老と選渡候補の12名は静かに頷くと、
まずは4名の長老が、陣の中心部に向かって方力を注ぎ込んでいく。
陣の中心部の薄っすらとした半透明の霧状の光が、徐々に白から白銀、そして金色に輝いていく。
そして見る見るうちにそれは、直径が60cm程の円柱になり上方に伸びていき、3m程の高さにまで達した後、今度は横に1m位張り出すように丸く皿状に広がり成長を止めた。
それを確認した12名の候補者は、各々自らの方力を金色の光の柱に込めていく。
10数秒経った頃か、光の柱がひときわ輝き、上部の光の皿が候補者の上まで伸びて、選ばれた者が光に包まれ、そして再び静寂が訪れて、
【選渡の儀】
は終了した。