表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ブラックホール・ビリヤード

作者: 山鳥月弓

 ほんの二十年程前に空間跳躍(ワープ)技術を人類は獲得したが、その二十年で人類が進出した範囲は地球を中心として銀河の四分の一にまで広がっていた。

 今の所、この範囲に人類を越える知能や知識、技術を持った生命体は見付かってはいない。三つ程見付かった知性を持つ生命体の知識、技術レベルは、どれも地球での歴史上に例えれば、まだ十世紀あたりのものでしかなく、現時点での接触は、文化の侵食や、独自進化を妨げる懸念を考慮して禁止されていた。


 人類自身はさらなる躍進を求め、銀河系の探索を続けている。

 それでも、まだ、宇宙は謎に満ちていた。

 特に宇宙を航行する船にとっては最大の脅威となる、ブラックホールに関する知識は、シュヴァルツシルト半径の内部を観測する方法が未だに無く、二十一世紀以降、ほとんど進展がない。

 空間跳躍航法が確立され、ブラックホールを間近で観測できる事が可能となると、その観測用の船が建造され近くのブラックホールの観測に従事することになった。

 船とは言っても、その大きさは全長一キロメートルを超え、一つの町に匹敵する規模を保有している。

 航行に必要な人員はそれ程必要ではないが、地上に居る時以上に快適となる為の環境を装備することが必須であり、それは、ストレス無く数年間を観測に費やす為には必要なことだった。

 設備の中には観測に必要となるあらゆる観測装置は元より、粒子加速器等の実験装置や、それらを作る為の工場までをも装備され、無い物といえば鉱山のような材料の元となるものくらいだったが、それも、近くに惑星等があれば採掘することすら可能となっていた。


 今、観測船『インベスティゲータ』は五年間の観測期間を終え、地球への帰路にある。

 観測地点から地球までは六千光年の距離があるが、空間跳躍航法により航行期間は一ヶ月未満で到着する。

 六千光年を一度に跳躍することはできず、太陽系外縁までは百数十光年の跳躍を三十回以上繰り返す必要があった。

 本来の運用方法として、この帰還は不要なものであり、船そのものは永続的に観測任務が行えるような設計となっている。

 だが、この航海は処女航海、つまりテスト期間であり、運用データの収集や船体の状態等を確認するための帰還であった。

 次の観測航海へと出港する時は、それは実運用であり、以降の寄港は一切未定となる。


 船の現在地点は、地球まで千光年を残すまでに来ていた。

 船の中にある実験設備では、今、一人の博士が待望の実験を行おうと、その準備に追われている。

 船が空間跳躍航行に入る三時間前には終わらせなければならない。跳躍に必要となるエネルギーは船の持つ容量の八十パーセント程を必要とし、博士がやろうとしている実験も、それと同等のエネルギーを必要とした。

 その為、実験設備の使用許可とエネルギー使用の許可を取る為に面倒な手続きをしなければならず、この実験が失敗に終わると再度の申請が必要となる。そんな手間の掛かる事はもうやりたくはないのだ。


 若干の焦りはあるが、実験に不備があってはならない。

 この実験結果は人類の歴史に一つのエポックを作ることになるだろう。

 それは空間跳躍と同じ位に、場合によっては、それ以上に大きな偉業なのだ。

 最終チェックを終え、博士は装置の起動スイッチを押した。


***


 地球の月に在る宇宙航行船管制所では、突然連絡を断った観測船『インベスティゲータ』を捜す為に対策本部を立ち上げ、情報収集に借り出された職員達が頭を抱えていた。

 三十時間前に消息を断ったインベスティゲータを救援する為、消失位置から一番近い植民星へと救援要請を行ったのが二十時間前になるが、その植民星から来た連絡は「救援へ向った船が最終跳躍後、消息を断った」だった。

 再度、救援船を出す要請をし、連絡を待つことになったが、今度の連絡は前回以上に時間を要するだろう。慎重を期する必要があるため、最終跳躍には無人探索船を飛し、消失位置の様子を遠隔から見る事になっていた。


 二隻目の救援船からの連絡は驚くべきものとなり、対策本部に居たほとんどの職員に取っては、まず信じることが出来ないものが報告された。

「ブラックホールだ。消失位置にブラックホールが在る。それが光速の三十パーセント程の速度で、まっすぐに地球へ向っている」

 対策本部に居た職員達が、その報告を聞いた瞬間、誰もが声を発することができず、部屋の中に百人以上が居るとは思えない程に静まり返った。

 その報告後に『接近ブラックホール対策本部』が地球に作られたのは、インベスティゲータが消息を断ってから一週間後であった。


***


『接近ブラックホール対策本部』は、国連本部の二百三十階のフロア全面を使い創設されている。

 会議室では各国から集められた天文学者や物理学者、それに各国の科学技術を管理する省庁の代表達が顔を揃えているが、緊張感はない。出席予定だった代表には、欠席している者もいるような状態だ。

 光速の三十パーセントで接近しているとはいっても、千光年の距離がある為、三千年以上先にならなければ脅威とは考えられない。


「――しかし、三千年後には確実にこの地球の脅威となるのです。現時点で対策を講じなければ手遅れとなる可能性があるのです」

 本部長に選任された事に責任を感じて、会議の意義を声高に発言するが、やはりあまり緊張感がでることはない。人類の平均寿命が二百歳を越えたとはいっても、三千年後は子供の世代ですらない。そんな会議に忙しい合間に呼ばれれば、面倒なものだと感じてしまうのも仕方がないことだろう。


「失踪したインベスティゲータが跳躍後の通常空間から連絡を取っている事から、ブラックホールの発生は、その後と見られます」

 本部長からの現状報告は会議の出席者の眠気を催させるには十分なようで、一部の学者を除けば、ほとんどの者は眠そうな目をしていた。

「この空域には恒星等の大きな質量を持つ物の存在は確認されておらず、ブラックホールの発生元となるもの、原因は、今の所、まったくの謎です。手掛かりは一切見付かっていません」

 これまでに行われた調査の結果は、そのブラックホールが突然、何の前触れもなく発生したことを示していた。


「ブラックホールの特性に空間跳躍するというような性質はないのかね?」

 どこかの国の代表として来ている者からの質問は、出席している学者達を呆れさせる。言葉には出さないが、こんな会議は抜け出して、直ぐにでも国に帰りたいというような顔をしている者がちらほらと見られた。

「そのような特性は確認されていません」

「それじゃ、どこかの知的生命体からの攻撃なんてことはないのかな? 突然現れたのであれば、人為的に跳躍させられたとも考えられるのではないですか?」

 別の代表からのこの質問は、可能性としてはそれなりに考えられるものだ。

「もし、地球を狙った攻撃であれば、もっと近くへと跳躍させているでしょう。三千年の猶予を持たせた意味が説明できません」

「まだ無いだけで、これから犯行声明や宣戦布告が有る可能性もあるのでは? 三千年の猶予は人類へ降伏条件を飲ませる為の猶予期間とも取れるように思うのですが」

「可能性だけであれば有るかもしれませんが、今の所は、それを裏付ける根拠は見付かっていません」

 攻撃を目的としたものであれば、人類であれ人類以外であれ、それだけの技術を持った者となる。その可能性を考える者は、あまり居なかった。

 それだけの科学力、技術力があれば、このような回りくどい方法は取らないのではないだろうか。

「しかし、突然出現したという事実は、その目的が攻撃である可能性も否定できないかもしれません」

 この発言は代表達の眠気を消すことに成功したらしい。

「そうなれば、この会議の範疇を外れますな」

「もちろん、そのような政治的な事態となれば、別の対策本部が必要となるでしょう。しかし、この対策本部はブラックホールによる危機に対して、どのような対策を取るかが本分なのです。簡単に対策が出るとは思われませんが、各位、法案を提出願いたい」

 今の所は、対策方法を考えてくれと伝える事が、この本部で出来る精一杯の事だった。


***


 月の宇宙航行船管制所では、失踪から三ヶ月を過ぎた今でもまだ、インベスティゲータ失踪対策本部が、その失踪原因の究明に頭を悩ませていた。

 単純にブラックホールへと落ちてしまったと考えることは簡単なことではあったが、ブラックホールの発生と船の失踪が重なったという不自然な現象は、そんな単純な原因を報告するだけでは済みそうにない。

 こちらの対策本部でも、やはり人為的な理由によって発生したと考える事が自然ではないかという考えが多くなっている。


「やっぱり、失踪したインベスティゲータ自体が原因と考えるのが自然だと思うのですが。これ以上、手掛かりとなる物的証拠も無い以上は、原因不明で報告するしかないのではないでしょうか?」

「でも、一番怪しいと思われる粒子加速器は、この事故当時は稼動していなかったのでしょう? 他に原因らしい異常な動きも見付かっていないし……」

 ここ一ヶ月、発言もほとんど無く、なんの進展も無いこの会議に出席する職員達は、早く元の仕事に戻りたがっている。

 ブラックホールに飲み込まれた船のサルベージは現状では不可能だろう。これ以上の情報を得る可能性は低そうだった。

 本部長として原因不明とする報告書は出したくはない。しかし、今回のこの失踪は、そうなりそうだった。

「次の会議で最後とすることにしよう。確かにこれ以上は時間の無駄かもしれない……」

 猶予を後一周間とし、それまでに新しい情報が無いのであれば、そこでこの本部は解散することとなった。


 本部長が自分の机に戻ると、一件の、差出人に覚えがない電子メールが届いていた。

 メールにはかなり大きなファイルが添付されている。


『突然のメールを送りますことをお詫びします。

 私は先日失踪した観測船、インベスティゲータに乗船していた研究者の妻でございます。

 夫の書斎にあるクラウド端末から添付しました研究書類を見付け、もしや、失踪原因の究明に繋がるのではないかと思い、そちらへとお送りした次第でございます。

 私も夫の研究を手伝っていた関係から、このファイルの内容が非常に重要な事に繋がるのではないかと感じています』


 この差出人の夫の名前は、確かに搭乗者名簿に見付けることができる。

 肩書きは量子力学の研究をしている大学教授だった。

 この博士の名前は、失踪直前に実験を予定している者として、この対策本部でも注目して調査された人物だ。

「確か実験の内容は『単独電子の観測実験』だったか……。実験内容に関する情報が無く、調査は進まなかったはずだが……」

 この実験の存在は既知のものだ。電子の観測をブラックホールへと結び付けることができず、あまり関係が無いだろうという扱いになってしまっていた。

 電子一個を加速器に掛けたとしても、精々、マイクロブラックホールが出来るくらいだろう。マイクロブラックホールであればすぐに蒸発してしまう。質量が太陽の四倍弱ある、このブラックホールに結びつけることは出来なかった。


 ファイルの内容は、この博士が研究していた『時間跳躍』に関しての、様々なファイルだ。

 研究論文、実験用装置の図面、実験手順書から簡単なメモまで、博士が研究に費やした全てが入っているようだった。


「時間跳躍……。タイムワープでもして原因を見て来いとでも言うつもりだろうか……」

 空間跳躍が成功を収めた時点から、時間軸の跳躍も可能だとする研究者は少なくはなかった。しかし、現時点まで、時間跳躍の実証実験に成功したという報告は聞かない。

 ファイルの一覧を見ながら、ふと、気付く。

「このファイルは……」

 そのファイルの内容は走り書きのようなメモだった。更新日時は、失踪直前の最後の跳躍が終わった後に書かれている。つまり、消失の数時間前ということになる。


『あと二時間後には実験が出来る。

 たった一個の電子を、たった一秒先へと跳躍させるだけだが、この実験が成功することを私は確信している。

 二十年以上を掛けて研究してきた時間跳躍という課題が、今日、この日に実を結ぶのだ』


 他のファイルの更新日時を見ても、このファイルとそう離れていない。

 ファイルはクラウドサーバに置かれていたのだろう。

 観測船から研究に関する事は、このサーバへアクセスして作成、更新していたらしい。

 このファイル郡から判ることは、やはり最後の跳躍後、通常空間に出た後でブラックホールに飲み込まれたらしいということだけだ。

 残念ながら、既に同様のことは他の研究者のクラウドサーバから見付かっている。目新しい事は見付からないだろう。

 やはり原因不明として報告書を書くことになりそうだ。


 時間跳躍が成功すれば、革命的な事となるだろう。

 どんな人間であれタイムマシンに夢を見ない者などいないはずだ。

 時間を遡って、原因を究明することが出来れば、この失踪だけではなく、歴史上の不明な事というものは全て解決してしまう。

 だが、観測した時点で、その対象物は観測しなかった本来の物とは異なる状態となる。その変化が、たった一つの電子や光子の状態であっても歴史が変わることになるのだ。

 この変化が、時間跳躍が出来ない事の理由の一つとされ支持されていた。

 

 本部長は興味本位で、この博士が書いた論文を開いて見ていた。

 先刻見たメモには、実験が成功することを確信していると書いてある。その論文に興味を引かれてしまうのは無理もないことだ。

 内容は素人では理解できない数式が羅列され、先を見ると実験装置のブロック図が描かれてある。

 その図は空間跳躍の為の装置と似ていたが、「時空」というくらいだ。似ていると思うのは気の所為ではないだろう。論文中にも「空間跳躍」という言葉を頻繁に見ることができる。

 あまり理解ができないまま最後まで見ると、「懸念」と書かれたページがあった。ページ番号は振られていない。

 その中に「ブラックホール」と書かれた単語を見て、眠気が消し飛んだ。


***


「つまり、この観測船の失踪は、この博士が行った時間跳躍によって発生したブラックホールが原因だと思われます」

「すまないが、その時間跳躍とブラックホールの発生を結ぶ過程を、もう少し詳しく、そして判り安く説明してもらえないか」

 これで何度目の説明となるだろう。この報告会だけで、既に三度目になる。事前の説明では十回以上しているはずだ。


「まず、跳躍先を一秒先とします。その時刻と場所をpとして下さい。

 次に、これから跳躍させる時刻と場所をxとして下さい」


 本部長はスクリーン上に一本の長い線を横に引いた。

 そして、左端に近い場所にpと書き、そこから少しだけ右側にxと書き、そのpとxの間には一秒と書かれている。

 pとxの位置は、線上の左端へ寄っていた。

 

 「このxからpへ跳躍させる物は電子一個です。

 ここまではよろしいでしょうか?」


 出席者は難しい顔をして聞いているが、ここまでは問題なさそうだ。これが理解できないようであれば、この会議に出席する資格はない。


「では続けます。

 xで跳躍の為に装置のスイッチを押し、そして装置に乗せられた電子一個がpへと跳躍します。

 これだけであれば、時間跳躍が単に成功したというだけでしかありません」


 残念なことに、博士の時間跳躍実験は成功したのだろう。だが、その結果は電子一個が跳躍しただけでは済まなかったのだ。


「ここからが問題を引き起こす原因となる説明になります

 この線上にはpとxが存在しますが、このxの1プランク時間前が、1プランク時間後にxへと到達し、再度、装置を起動することになります」


 xと書かれた、ほんの少しだけ右側の線上に黒丸を書き、その上に『x - 1tp』と書きながら説明する。


「tpとはプランク時間の単位です

 そして、この『x - 1tp』の前には『x - 2tp』があり、さらにその前には『x - 3tp』があり……、と、この流れが宇宙開闢まで遡ることになります」


 『x - 1tp』から右側の線上へペンで点を打ちながら右端まで来ると、線の右端に『宇宙開闢』と書き、聞いていた出席者の方へと向き直り話を続けた。


「時間はこの宇宙が誕生してから、現時点まで約百三十七億年という流れを持ちます。

 この時間はプランク時間で約8×10の60乗tpとなり、つまる所、このプランク時間で表される数値数分の電子がxへと到達し、そこからpへと跳躍することになる訳です。

 pは、ただの一点です。場所だけではなく、時刻までも含め一点です。

 まったく同じ時刻に1プランク長の誤差も無く、8×10の60乗個の電子がそこへ出現する事になります」


 出席者の約半数は、納得が行かないという顔だ。後の半数は、もう聞き飽きたという人と、初めからこんな話に興味が持てないという人だろう。


「ちなみに、この説明から導かれるブラックホールの予想質量ですが、約7.2×10の30乗キログラムとなり、実際に観測された質量と一致します」


 インベスティゲータ失踪対策本部は失踪から半年間の活動後に、解散した。


***


 接近ブラックホール対策本部の大会議室のスクリーンには、奇妙な映像が写しだされている。

 宇宙空間の映像だということは直ぐに判るのだが、画面の中心に星は見えず、その中心を円の中心とするように、星と思われる光点が円弧上に表示されていた。

 想像図でよく見るブラックホールの画だが、この映像は実際に千光年先から送られている映像だ。

 一般的なブラックホールは伴星等から落ち込んで来るガスが周りに有る為に、これほど純粋なブラックホールだけの画像は珍しい。


 大会議室にアナウンスが流れる。

「ブラックホール発生装置、起動、三十秒前です」

 二年前に解明されたインベスティゲータ失踪の原因であるタイムマシンは、今度はブラックホール発生装置として、千光年先の宇宙空間で起動されようとしている。

 この装置は接近しているブラックホールの軌道を変える為に作成された。

 構造は単純なものだ。

 最初に実験した博士が観測船内で作る事ができたのだ。大規模な工場が必要となるようなものではない。

 装置を積んだ船も小さく、全長三メートル程度のものでしかない。

 この装置は、これから先、新しい大規模殺戮兵器となることだろう。


「起動、十秒前。九、八、……」

 カウントダウンが始まる。

 今回はまだ実験段階だ。

 予想では発生したブラックホールは、接近しているブラックホールと衝突し、合体した後、軌道を変えるだろう。

「……、二、一、起動」

 一瞬、スクリーンの映像が消える。

 元々が漆黒の宇宙空間にブラックホールが写されていたものなので、星が全て消えただけのように見えるが、実際には装置に搭載されたカメラが潰れ、送信が止まっただけのことだ。

 すぐさま、装置の後方に観測用として置かれた船からの画像に切り代る。

 スクリーンに写っている映像は、切り代る前との違いはあまり感じない。

 だが、ブラックホールの重力レンズ効果によって円弧に歪む星の位置が、円のさらに外側へと移動して見えている。

 今、見えているブラックホールが新しく発生させた物であり、先刻まで見ていたブラックホールを隠しているのだった。

「異常、ありません」

 ブラックホールなどという怪物を、こんなに簡単に発生させることができるような事自体が異常ではないのだろうか。

「衝突は三日後となります」

 大会議室内に居た人々から拍手が起る。

 本部長へ握手を求めてくる各国の代表達は、一様に笑顔だ。


***


 大会議室内にアナウンスが流れる。

「――――日、十六時、三十二分、衝突、合体したと思われます」

 観測船からの大規模重力波検知報告で、合体したと思われるとの報告になる。

 シュヴァルツシルト半径より内部を観測出来無い以上は、合体したという事は憶測でしかない。この一大スペクタクルは、残念ながら目視では観測できないのだ。

 千年後には、この地球上でも重力波の検知報告がなされるだろう。


 合体時刻は、大体の予測通りだった。

 ブラックホール同士をぶつけるといっても、簡単なことではなかった。

 ブラックホールの核は大きさの無い点だと言われている。互いのシュヴァルツシルト半径が重なれば引き合う事になるが、それを外れてしまうと、擦り抜けてあらぬ方向へと飛び去ってしまっていたかもしれない。

 お互いに光速の三十パーセントの早さで移動しているだけではなく、二つのブラックホール同士による空間の歪みを時間経過と共に計算しなければならないのだ。

 コンピュータが計算してくれるとはいっても、根本的な考え方が間違えていればコンピュータも間違えた答えを出すことになる。

 しかも、一度ブラックホールを作ってしまうと、それから後は軌道修正もできない。

 本部長は、成功させてくれた職員達に対して、感謝の言葉以外、話す言葉を見付けられずにいた。


「合体後の正確な軌道予測が算出されるのは、一ヶ月程先となる見込みです。皆さん、おつかれさまでした」

 アナウンスから、今日の時点での大きなイベントが終了したことが判る。

 大会議室内に居た、各国代表達は席を立ちだした。


 正確な軌道が判った時点で、次にぶつけるブラックホールの準備が始まる。

 最終的には銀河中心へと導くことになっている為に、最低でも、後三回程はこの作業を繰り返す必要があるだろう。

 ブラックホールを玉にした宇宙規模のビリヤードが始まり、今日の一発目は見事にぶつける事に成功したようだ。最終的に入れるポケットは、銀河中心にある超大質量ブラックホールになる。


 本部長の横には、月で観測船『インベスティゲータ』の失踪対策本部を取り仕切っていた失踪対策本部長が立っていた。

「とりあえず、おめでとうございます」

 ブラックホール対策本部長へと握手を求める。

 その顔はあまり嬉しそうではなかった。

「ありがとうございます。あなたの協力のおかげです」

 そう答える顔も、あまり嬉しそうではない。

「私の今の心境は、オッペンハイマーに近いのかもしれませんね」

「では、私はルーズベルトですか」

 消息を断った、この装置の立案者はアインシュタインというところだろうか。

 握手をする二人の顔は苦笑いへと変わっている。


 そこへ、各国の代表達が割り込むように二人への握手を求めて来た。

 装置の起動時と同じように、皆笑顔だ。

 そいつらの笑顔の下で考えている事を思うと、笑顔を返すことが躊躇われる二人だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ