6章:憂鬱なお呼ばれ
「おめでとう!」
「おめでとう!」
青天の下、降り注ぐのは、色とりどりのフラワーシャワー。
しかし浴びるのは勿論、幸希ではない。
純白のドレスを着て、満面の笑みを浮かべた、今日は世界で一番綺麗な女の子。以前、秋葉原店に勤めていたときの同僚の女の子の結婚式に、今日は参列していた。
参列するのに気は進まなかった。ここ数年、ひとの結婚式……特に同性の友人や仕事づきあいの人々……に参列するのが、どんどん億劫になっている気がする。
理由なんて明らかだった。
その主人公になれるのが自分でないこと。
そして主人公、つまりヒロインになれる望みもないこと。
そんな状況でひとの幸せなど心から祝えるほど、幸希は人間ができていなかった。
おまけにご祝儀までごっそり持っていかれる。
今月、住んでいるマンションの更新で苦しいのに。
なんて事情まで頭に浮かんでしまう。
仲のいい子、例えば先日会った亜紗くらいの親友ともいえるほど仲のいい子なら別だ。明るい気持ちで、心からの喜びで参列できるし、ご祝儀だって喜んであげようと思う。
でも今日の『お呼ばれ』は、それほど仲の良かった子ではないので、そんなことなどが負担に思ってしまったのだ。
ちょっとだけ嬉しかったのは、普段着られないかわいいドレスが着られることくらい。
幸希の今日着たドレスは、控えめなダークトーンではあるものの、ピンク色だった。スカートはふんわりしていて、ウエストにはりぼんがついている。
数年前に買ったものだ。一目ぼれして気に入って買ったものだったけれど。
今日着てきたのは、ちょっと悲しい、現実的な事情。
『こんな明るくてかわいらしいドレス、次に着られる機会があるかわからない』ということ。
あと数年もすれば、『ピンクのドレスなんて、もう子供っぽすぎる』と自分で思ってしまうかもしれないし、性格の悪い人には「あの歳で」なんて陰口さえ叩かれるかもしれない。
年々結婚式の参列が億劫になっているのも、自分がどんどん取り残されてしまっている自覚が生まれてしまうから。
それは実家での出来事が顕著だった。なにかのきっかけで両親などに「結婚式に参列してきた」などと話せば「あなたはまだなの」「早くしなさいよ」と言われることは確実だった。
それも年々負担になっていっている。
私だって、好きで一人なわけじゃないよ。
彼氏ができても続かないのだって、なんでなのかわからない。
反論は勿論、口になどできないのだけど。困ったように笑って「ごめんね」と言うしかないのがまた情けない。
そんな事情で帰り道は、なんだかどんよりとした陰鬱な気持ちになってしまった。
一応誘われはしたのだけど、二次会はパスした。
そう仲の良い子でもないので、断るのは簡単だった。
「ごめんね、明日早いから」
そんな言い訳だけで、「いいよいいよ」と許されてしまう。
ああ、もう。これほど関係の薄い子なのに、お金も休日も、そして気持ち的な面でも、失うもののほうがずっと多かった、なんて愚痴っぽいことまで頭に浮かぶ。
両手に持っている荷物も重い。夏なので上着などを持ってくる必要はなかったけれど、なにかと持っていくものはある。
それにたくさんもらった、お土産類。
あとお裾分けされたお花。こんなのすぐに枯らしてしまうのに。
それに引き出物のカタログ。最近よくある『この中から好きなものを選んで注文して』というやつだ。やたら分厚くて重い点は、普通の引き出物より良くないところ。
もうどうでもいいから適当なものでも寄越せばいいのに、なんてなげやりな思考すら浮かぶ。
おまけに普段履く以上の高さの、しかも慣れないハイヒールの靴は足が痛かった。
もしもシンデレラだったなら、このハイヒールをもとにして王子様が探しに来てくれるのに。
そんなことを思って、幸希は自嘲の笑いを浮かべた。
王子様、なんて十年遅い。
十年前だったらうまくいっていたかというと、そんなこともないと思ってしまうのがまた悲しいところ。
幸せな結婚式に参列してきたはずなのに、幸せな気持ちで帰路につけない自分が情けなくてたまらない。
良い子であれば「あの子は幸せになって良かったなぁ」「私も頑張らないと!」と思うところなのに。私は性格が悪いのかな。
思いながらも駅へ入って、帰路の路線へ向かった。
電車のホームで、はぁ、とためいきをついて電車を待つ。スマホを見たかったが、荷物を両手に持っていたので出すのも面倒だった。
いいや、どうせすぐ帰るんだ。
思って、ぼーっとすること、数分。
やっと『電車がきます』とアナウンスが流れたときだった。
そのスマホが、ぴこんと鳴ったのは。
それはライン通知だった。
あれ、誰だろ。
今日会った誰かかな。
もしくは会社の連絡。
もしくは友達。
もしくはお母さんなどの家族。
考えられる可能性はいくらでもあった。
どれも急ぎの用事ではなさそうだけど、一応見ておこう。
電車に乗って、網棚に「よいしょ」と引き出物なんかの、邪魔なくらいに大きな袋を置いてしまって。パーティー用の小さなバッグから幸希はスマホを掴み出した。
そこでライン通知画面を見て、ちょっと目を丸くしてしまう。
『戸渡 志月』と表示されている。
戸渡だ。
なんの用事があって?
連絡を取るのはちょっと久しぶりだった。
ラインも電話もこなかったし、あれから会社に訪ねてくる機会もなかったのだろう。幸希の勤める店舗にやってくることもなかった。
ぽんと通知画面をタッチすると、会話履歴が表示された。
まずかわいいスタンプが押されているのが目に入る。『お久しぶりです』と、大型犬がお辞儀をしているスタンプ。
このスタンプを初めて見たときは、くすっと笑ってしまった。まさにワンコらしい戸渡らしすぎるスタンプではないか。
おまけにこれは、なにかのオマケでもらえるものでなく、ちゃんと売っているものだ。つまり、選んで買ったのだ。
ということは、自分がワンコに似ているということは多少自覚があるのだろうか、と思ってしまったこともあって。
『こんばんは。お久しぶりです』
ラインはそれではじまっていた。
『今度、巣鴨に内見に行って、直帰なんです。早めに終わるんで、ご飯でもいかがですか?』
続く言葉に、幸希はちょっと驚いた。誘われるとは思わなかった。
確かに巣鴨エリアと、幸希の勤める駒込エリアはかなり近い。だから食事くらい誘われるのはまるで不自然ではないのだけど。
いいとしの男女が食事を共にするのだ。
まさか、戸渡からもなにかしら意識するものがあるのだろうか?
ちょっと胸が高鳴った。
『いいよ。何日?』
高速で返信を打ち込みながら、幸希は思ってしまった。
彼氏候補。
先日、亜紗から言われたことが頭をよぎってしまったのだ。
結婚式に付随してきたあれそれで、弱気になっていたところだったからかもしれない。そんな打算的なことを考えてしまったのは。
そしてまたそんな自分に嫌気がさしてしまう。
ひとのこと、そんな入口から好きになりたくない。
ましてや、戸渡は大切な後輩だ。まるでモノのように考えたくなどなかった。
心から「このひとと一緒に居たい」と思えば別だけれど。
そういう気持ちになれたなら、いいひとだとは思う。
けれど、今はまだ。
でも戸渡から返ってきたのは嬉しそうな返信だった。そっけないライン画面でもわかるくらいに。
『やったー』と大型犬がやっぱり万歳していた。
まるで高校生同士のラインではないか。幸希はおかしくなってしまった。
『明後日なんですけど。18時前には駒込に行けます』
『おっけー。火曜日だね。定時の予定だから大丈夫だと思うよ』
『ありがとうございます!なに食べましょうか?』
それでも、そんなやりとりは楽しかった。
結婚式で感じてしまった、似つかわしくないマイナスの感情。
それも薄らいでしまうほどに。




