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ワンコイン・ラブ  作者: 白妙スイ
15/16

15章:甘栗越しに

「幸希さんは真面目ですよね」

初めての喧嘩……というのか、そこまでいかぬいさかいか。それが起こってから一ヵ月ほどが経っていた。

暖房を入れた幸希の部屋。コーヒーを入れたマグカップを手に、志月が言った。

「どこが?」

幸希も同じようにマグカップを持っていたが、ひとくち中身を飲んで尋ねる。唐突にそんなことを言われた意味がわからなかったので。

飲んでいるホットコーヒーがおいしいくらいに、季節はもうすっかり冬の手前まできている。

コートも厚手のものにした。

服も新しくニットやウールのものを買った。

季節の変化。

幸希は寒いものがあまり好きではなかったが、服を選んだり、ホットの食べ物や飲み物といった季節のものを食べられるのだけは楽しいことだと思う。

「一ヵ月くらい前。僕とちょっと衝突したとき、自分を責めたでしょう」

志月に言われて幸希はちょっと顔をしかめた。あのことはできれば思い出したくない。

が、志月の口調にも言葉にもまるで責める色はなかった。普段通り、おっとり優しい口調だ。

「反省するのは普通のことじゃないかな」

あまり話題にしたくなかったが、言われてしまったことは仕方ない。幸希は言った。

言ったことは本心だ。

自分が悪かったのだ。

自分を責めて当たり前だ。

反省するべきところだったのだから。

そのように幸希は思ったのだが。

「確かになにか悪かったな、と思うことがあったら反省は必要ですけど」

志月は目の前のテーブルに置いてあった皿に手を伸ばした。薄いクッキーを一枚手に取る。

幸希もつられるように手を伸ばしていた。

くるみの入った、さくさくしたクッキー。幸希の気に入りのケーキ屋さんで扱っている焼き菓子だ。

いさかいを起こしてしまったお詫びとして、あれから一週間ほどあとに「ワンコインで」と、幸希が買ってあげたもの。

クッキーはワンパック500円だった。ワンコイン、だ。

志月は勿論「そんなお気遣い」と言ったけれど、幸希は「せっかく買ってきたんだから、もらって」と押し付けた。

「それじゃ、……いただいておきます」と受け取ってくれたのだが。

それを「今度一緒に食べましょう」と言って、実際に今日のおうちデートに持ってきてしまうくらいには、やはり志月は優しいのだった。

今回は、ワンパック500円のクッキー。

これまでには、ピザだったりポカリ1本だったりした。

なにかしてあげたり、してもらったりするたびに、『ワンコイン』。

一枚のコイン分の気持ちが行き来している、と、クッキーを買いながら幸希は思ったのだった。

別に純粋に『相手になにかしてあげたい』という気持ちで自分はしているし、多分志月からもそうだと思う。

それでもなにかにつけて、二人でいたずらっぽく言い合う。

スタートは自分が志月のことを、『ワンコのようだからワンコイン』なんてシャレのつもりではじめたことだったのに。いつのまにか、二人の合言葉のようになっていた。

「あそこ、ほかの女の子に優しくしないで、って言っても良かったんですよ」

さく、とその500円で買ったクッキーをかじって、志月は言った。さくさくと咀嚼する。

自分もひとくちクッキーをかじったけれど、幸希の言う声は濁ってしまった。

「それは……さすがに」

はっきり嫉妬の気持ちを口に出すなんてみっともない。

そんな、彼氏を束縛するような女になんて、なりたくなかった。少なくともそれを表にだしたくはなかった。

「でも幸希さんは、少なくともはっきり言わなかった。それは自制心がいることだったかもしれないのに。嫌な思いをしたのは確かだったでしょうに」

言う志月の声は優しかった。クッキーを食べてしまって、ティッシュでクッキーの粉を拭う。

「……だって、オトナなんだから、そんなつまらないことで」

幸希はやっぱりもにょもにょと言ったのだが、志月はやはりそれを簡単に否定した。

「それができない大人も、世の中には多いですよ?」

言われて、それはなんだか少し嬉しかった。

立派なひとだ、と言ってもらったようなものなので。幸希はちょっと笑った。

「それならできるほうでいたいよ、私は」

「僕もですよ」

当たり前のように言った志月のほうが、やっぱり自分よりずっと真面目じゃないか、と思うのだけど。

幸希は違うことを言った。

「……ほら。志月くんもやっぱり優しい」

やさしさをあげます。

そう言ってくれた、あのときのことを思いだしたから。

そして志月も幸希の言葉からそれを思い出したのかもしれない。懐かしそうに、といえる表情で笑う。

表情からなんとなくそれがわかるくらいになってしまったことを、幸希は嬉しく思う。

「そうですか?そう思ってもらえているなら嬉しいですね」

声も嬉しそうな色でそう言って。

「これ、開けていいですか」

次に志月が手に取ったのは、甘栗の袋だった。先日、デートに行った中華街で買ったものだ。甘栗のそこそこ大きな袋詰め。

これは別にワンコインではない。幸希が「食べたいから」と勝手に買ったものだ。

今日のお茶うけに、とテーブルに置いておいた。

クッキーを食べていたのでまだ未開封だったけれど、幸希も食べたいと思っておいていたので、「いいよ」と簡単に答える。

ぱり、と甘栗の袋を開けて、志月は新しい皿に栗をころころと出した。

それを見ながら、ふと幸希の思ったこと。

ちょっとためらったけれど、優しさに甘えてみようか。

今の『甘え』は、きっと悪いものではないだろうから。

「じゃ、優しいついでに……な、なにか変わったんだけど、わかる?」

幸希の言葉に、志月は甘栗に手を伸ばしていた手を留めて、きょとんとした。

幸希の目を見つめる。

「えっ……、えーと……気付かなくてごめんなさい」

やっぱりまたそこから謝るのだった。

「謝らなくていいから。わかる?」

それは実にささいなことで、別に志月がわからないとしても不思議はない。

ただのたわむれだ。

でも、ちょっとそんなやりとりで遊んでみたかった。

志月は数秒、悩む様子を見せた。いくつか考えたようだったが。

「……えーと……ちょっと痩せました?」

言われた『回答』に、幸希の頬はかぁっと熱くなった。

痩せた、と言われたこと自体は嬉しかったが、以前は太っていたと思われていたのか。

そう考えてしまったので。

「そ、それは言わなくていいの!」

実際に体重は落ちていた。それは体型にも着実に反映されていたようだ。

ウエストを測ったり、などはしていなかったし、毎日鏡で自分の顔を見ていれば、顔つきの変化だってすぐにはわからない。他人のほうがわかるだろう。

けれど、そこを言われるのは嬉しいような、恥ずかしいような。

「え、そ、そうだったんですか、すみません」

「……まぁ、本当だけど……」

謝られた。

けれどダイエットが成功して嬉しかったのは本当だったので、視線をさまよわせてごにょごにょと言うと、志月はやはり嬉しそうな顔をしたようだ。声が、ほっとしている。

「やっぱりそうなんじゃないですか」

「でもそうじゃなくて!あ、……新しいセーター買ったの!」

嬉しくはあるが恥ずかしいので話題をそらしたいと思ってしまった幸希は、自ら回答を口にした。

今日のセーター。

アイボリーでやわらかなニット。

先週、新しく買ったもの。

仕事帰りの駅隣接のデパートで偶然見つけたものだったが、一目惚れだった。形はシンプルだが、胸元のビジューがかわいらしかったのだ。値段もそれほどしなかったこともあって、数秒迷っただけで買ってしまったもの。

……勿論着るのは、今日が初めて。

「ああ……あの、」

幸希の『正解』に、志月は『思い当たった』という顔をした。

そのあと、あの、とちょっと気まずそうに言って、そのとおりの理由を口に出す。

「……去年着ていたという可能性も考えられて」

「それはそうだけど」

確かに去年の冬は、まだ志月と再会していなかった。

なので『去年のものを出してきたのかもしれない』と思って、初めて見るものだと思ったようだが、口に出さなかったらしい。

でも気付いていてくれたのだ。ぽうっと胸の奥があたたかくなったが、次の志月の言葉でそれは熱いものへ変わった。

「かわいいですね」

う、と幸希は詰まる。その言葉を誘導したも同然だったので。

けれど、それを望んでいたのも事実。

「あ、ありがとう……」

素直にお礼を言うと、今度志月はにっこりと笑った。人懐っこい笑み。

「でもそんなふうに言ってくれる、幸希さんのほうがかわいらしいです」

「……また恥ずかしいこと」

しれっとそう言うのはやめてほしい。嬉しいけれど、心臓がいくつあってもたりないではないか。

どくどくと鼓動を速くしてしまったというのに、志月はどうでもいいことを言ってきた。

「本心です。はい、口開けてください」

差し出されたのは、綺麗に剥けた甘栗。いつの間にか剥いていたらしい。

「誤魔化さないで」

「誤魔化してません。ちょうど剥けましたから」

「……剥くのなんて数秒のくせに」

幸希はそのとおり指摘したのだが、口の前まで甘栗を差し出されてしまった。

「いいですから、はい、あーん」

観念する。

子供にするみたいにしなくても、と思ったのだが。

「おいしいですか?」

「うん」

聞かれたので、もぐもぐと噛みながら頷く。

甘栗は中華街では一年中売っているが、やはり栗だけあって、秋や冬が一番おいしく感じる、と思う。

「今度はラーメンでも作りに行きましょうよ」

志月が今度は自分で食べるのだろう、新しい甘栗を剥きながら、何気なく言った。

ラーメン?

確かに志月はラーメンが好きだと言っていたし、実際に二度ほど一緒に食べに行ったことはあるけれど、作る、とはいったい。

「作るの?」

「はい。カップヌードルミュージアムっていうところがあってですね、そこでカップラーメン作りの体験を……」

さらさらと答える志月。次のデートの予定が立っていく。

夏から秋になって、そして今は秋から冬へと変わろうとしていく。再会したときは夏だったのに、志月と過ごす季節ももうみっつめだ。

一周するときにはなにがあるのだろう。

それまで何回も会って、いろんなときを二人で過ごして。

もっと仲を深められていったらいいな、と思う。

「もうひとつ、食べますか?」

聞かれたので幸希は「食べる」と言ったのだけど。

志月は自分のくちもとに甘栗を持っていった。くちびるで軽くくわえる。

それを見ただけで意味がわかり、幸希の胸が高鳴った。

もう、馬鹿。

思ったのだけど、それは口に出さずに、幸希はそっと顔を近づけた。

幸希のくちびるに届いたのは甘栗だけでなく、その先にある志月のくちびるも、だった。

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