表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

ニュース速報

この世界にある図書館の本を、すべて読むことは一生かけても無理だとわかった時の絶望感に比べたら、今の状況にはさほど打ちのめされてはいない。


俺とソラエは、ループする度に結婚している。地球坊やの気分一つで、違う人生を毎回歩むことになるのだが、何があっても俺はソラエと結婚している。いや、ソラエが俺と結婚してくれている。


だから、俺はソラエと性行為をしているわけだが、その記憶はない。酒のせいでも、記憶障害でもない。


時間が飛ぶのだ。


いつの間にか俺はソラエにプロポーズしている。セックスしている。


そういう大切な時間がいつも飛ばされて、記憶に残っていないのだ。


明らかに、地球坊やの嫌がらせだろう。


こんなことをするから友だちがいないのだ。人類は70億人もいるというのに。その中で、なぜ俺と仲良くなりたいのか、その謎は未だにわからない。


俺はもう、何回タイムループしているのか80回目から数えないようにした。数えることにくたびれた。


でも、ソラエはこの世界が、何回タイムループしているのか知っている。数えているわけではないが、知っている。

ソラエはそういう生き物だ。


辛いのは、タイムループする度に、結婚の時期は違うので、授かる子どもが違うということだ。

これは本当に辛い。

辛すぎるから、結婚しない人もさらに増えている。


とは言え、日本はそれほど混乱していない。


もともとダイニングテーブルを物置にして、床に座ってソファを背もたれにする人種だ。

海外に憧れを持っても、その生き方は江戸時代から変わっているようには思えない。


“ニュース速報”や“Jアラート”みたいに大事なことを知らせるのに自国の言葉を使わない弱さはあるが、基本的には他国に影響されないずぶとさが根本的にはあると思う。


だから、世界が何回タイムループしても、日本で内戦が起こることはなかったし、もちろん外国と戦争することもなかった。


ソラエと一緒に家に帰ると、ラジオからまたバスジャックのニュース速報が流れる。


何度タイムループしても、バスジャックするこのコータローという奴は、そのメンタルの強さを他のことに生かすべきだった。


あるいは、周囲の人間が活かしてあげるべきだったと思う。


そして、ソラエはこの日から、自分の家に帰ることはない。

俺も今日まで家にいるが、明日の早朝、ある程度波が高くても、あのイカダで、ソラエと海へ出る。



この世界はちゃんとしていない。


世界中の人がきっとそう思っている。そこは、一致している。


だけど、ちゃんとする方法を誰も見つけられないまま、兵器の開発を止められないでいる。


地球壊滅のタイムループが始まってから、これはどこかの国の開発中の兵器が暴走しているのではないかと噂が広まった。


そのありもしない兵器を探すために、戦争が起こる。


「ワハハハッ、バッカだなあ。ああ、おもしろーい」


その様子をまるでスナック菓子を寝そべって食べながらアニメを見ている子供みたいに、地球坊やは愉快そうに見ていた。



この台風一過の澄んだ青空を見上げても、あいつの色かと思うと、つばを吐きたくなる。


出航の時間だ。


母さんと父さんは、見送りには来ない。


何度もタイムループして、俺がソラエとこのイカダで旅立つことは知っているはずなのに、見送りには一度も来たことがない。


ソラエが一緒のこと以外は、いつものように朝食を食べた。


「行ってきまーす!」


とソラエが俺の代わりに、近所に遊びに行くように自然な感じで言ってくれる。


俺は精一杯の笑顔を見せて、ソラエと家を出る。


母さんと父さんは、「いってらっしゃい」さえ言わない。


母さんは洗濯物を干して、父さんは家の前に飛んで来た草木などを片付ける。


俺も、家族写真を持ってはいくが見ることはない。できないのだ。



漁港裏の廃屋にソラエと行くと、タケルとナツヨが、ラジオを聴きながら4人乗りの空飛ぶイカダの最終チェックをしていた。


無口なくせに沈黙が嫌いなタケルがラジオを持ってきているのだが、作業に集中したいナツヨに音量をかなり下げられていた。


島の子をバカにすることもあったが、台風の日でも平気で外で遊ぶ逞しさがあり、生徒が少ないので、教師の指導も十分受けていて、学力も高かったりする。


タケルは運動神経に優れていて、40歳の時に東京オリンピックのマラソン中継の画面で、ずっと走りながら応援している様子が話題になり、SNSで“金メダルの選手より速かったんじゃねえか?”“俺はこの人に金メダルをあげたい”と騒がれたこともある。


それに、選手村でボランティアスタッフとして働いた時に、ワサビが辛すぎたことで激怒していた美食家のフランス人の柔道家と、面白がってからんできたアメリカの柔道家7人を一瞬で投げ飛ばしたことも、メディアに取り上げられ、すっかり有名人になった。


ちなみに、タケルはオリンピックマニアで、オリンピックに関するクイズ大会で世界一になったことがある。


オリンピックに出ればいいのにと真剣に勧めたことがあるが、


「勝てるとわかっている勝負で勝ったところで、つまらないだろ」


と強がっていた。


実際は、タケルが本番にものすごく弱いことを俺はよく知っている。


だから、練習ではホームラン連発しているのに、ただえさえ人数の少ない少年野球チームでレギュラーになれなかったのだ。


ある人生では、高校最後の夏の大会で、監督が「今度の大会はお前を4番で使う。信じているぞ、タケル」と言ったものだから、タケルは前日に熱発して、球場に来ることさえできなかった。


ナツヨはとにかく頭がいい。鳥の翼の動きを再現させることに成功して、ノーベル賞を受賞したこともある。

サトウキビから、血糖値が上がらない砂糖を作ったこともあった。


人口5000人の小さな島に、こんな仲間がいたとは考えもしなかった。


ソラエがどうして4人乗りのイカダを作っているのかわからなかった。途中で誰か乗せることもあるだろう、くらいにしか考えていなかった。


ソラエはもしかしたら、未来が見える生き物なのかもしれない。



徹夜でイカダに取り付けた、ガジュマルの木の皮で作った翼の動きを確認すると、ナツヨはイカダに倒れるように乗り込み、爆睡する。


ナツヨは基本的に、何かを作るか寝るかの人生を過ごす。ご飯を食べる時間ももったいないので、これまたサトウキビから人間用のガソリンを開発した。


ナツヨ曰く、「サトウキビは黄金よりよっぽど価値がある」とのことだった。「サトウキビみたいな男がいたら、その男と寝て子供を産んでみたい」と言っていた。

その男と付き合いたいとも、結婚したいとも言っていなかった。

今までサトウキビ男は一度だけ現れたことがある。

ナツヨとタケルは結婚したことがある。


さあ、今度こそ地球坊やの暴走を止めるのだ。もちろん、地球を破壊してしまってはもともこもないので、“地球坊やに眠ってもらう”しかない。


ナツヨが、「核とマントルを冷却して、人工的に地殻を暖めれば可能性はあるのよ」と言っていた。難しことは何回説明されてもわからないが、つまりナツヨが可能と言ったら、可能なのだ。


それと、「可能はあるのよ」と言ったとき、ナツヨは深いため息をついていた。可能性があるばかりに、ナツヨは俺たちと行動をともにする。可能性がなければ、ナツヨは素直に受け入れて、気になったことを好きに研究する人生を過ごせたのだ。


何度もタイムループして、知識は上積みされていく。ナツヨのような研究家には、いまの状況は夢のような状況なのかもしれない。


だから、タイムループする度に、世界は凄い速さで近代化する。“空飛ぶ車”も3年後の1991年には開発される。


ソラエはよだれを垂らして爆睡中のナツヨにキスをする。


そして、今度は…。

俺は見ないようにする。

初めてソラエがタケルにキスした時のショックは未だに心にグサリと刺さったままだ。


まあ、あれだ女優が演技でキスするのと同じだ。

これくらい…クソッ、タケルの頬を殴るが、何のダメージを与えられない。


むしろ、“気が済んだか”というタケルの目が、俺にダメージを与える。


タケルは基本的に、お酒を飲むとき以外は喋らない。その反動か、お酒を飲んだ時は冗舌になる。


世界がこうなるとわからなかった時。ソラエはわかっていたかもしれないが…。


ソラエと2人で、このイカダで海へ出て、沖縄本島を目指した。


すると、漂流者だと思ったタケルが泳いで助けに来た。


さらには、海上保安庁の船もやってきて大騒ぎになった。


小さなイカダが沖に流されのを見て、海流から進行方向を計算したナツヨが、海上保安庁に連絡していたのだ。


ソラエにとっては、ちょっとした予行演習だったのだろう。


廃屋の引き戸を蹴り飛ばして、タケルがイカダを海に投げ飛ばす。今回はナツヨは海に落ちないですんだ。とはいえ、海に落ちたとしても、それくらいのことでナツヨは起きないので、こんなことされていると知ることはない。


次にタケルはソラエを担ぐと、見事にイカダまで投げ飛ばす。

ソラエも不安定なイカダに見事に着地する。


実はソラエは、寂しさのあまり俺が作り出したか幻だと思っていた。でも、タケルとナツヨにもソラエは見えていた。存在していた。何度も何度も、良かったと心の中で叫んだ。


俺はイカダに向けてタケルに投げ飛ばされて、ソラエにキャッチしてもらう前に、ラジオの電源を切って、鞄にしまおうとすると、ニュース速報が流れる。


またバスジャックしたコータローが、勇敢な青年2人に取り押さえられ、乗客が助かったというニュースかと思ったが、今回は違った。


『只今入ってきましたニュースです。バスジャックしていたコータローと名乗る犯人を取り押さえた青年2人が、今度は自分たちでバスジャックしているもようです。

ええ、只今入ってきましたニュースです。これまでバスジャック犯のコータローを取り押さえ、乗客を助けていた青年2人がバスジャックをしているもようです』



えっ?


タケルも興味があるようで、俺を投げ飛ばすのを忘れている。


ヒーローだった青年2人がバスジャックだって?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ