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おはよう。

赤信号に引っかかる。

心のトゲが引っかかる。

ふと、逆上がりの練習をしている親子に出会う。

引っかかっていたものがスルリと抜ける。

人生、こんな感じで進むといいな。


内原 倫



品種改良した栄養豊富な笹を8日間不眠不休で食べ続けたジャイアントパンダが、体長130メートル超まで成長していたのだが、先ほど巨大なゲップとともに、手のひらからエネルギー波を放出し、ユーラシア大陸が壊滅状態になったというニュースが、SNSを賑わせている。


またゲップして、体内が赤く光っているらしい。


公共のシェルターや自宅地下のシェルターまで間に合いそうもない。


間に合ったところで…だ。


今回も、一生懸命、反抗しながら生きている。だから、立ち止まりはせずに、1番近いと思われるシェルターに、時速60キロで車を走らせ、彼女と晩御飯の話をしながら向かう。


あっちなみに、実現不可能だと言われていた“空飛ぶ車”は、実用化される。


緊急事態とはいえ、他の人に迷惑をかけてはいけない。これ以上、スピードを出すのは危険だ。


彼女は、ジャイアントパンダが放ったエネルギー派を止めようとして、ゆっくり会話するのがやっとの状態だった。


余談たが、あいつのわがままのおかげで、世界がこうなってから、シェルターを取り扱う企業は増え、温泉付きやゴルフ練習場付きのシェルターもあり、かなり快適に暮らせるようになっている。

噂によると、地上に出ないで暮らしている連中もいるらしい。


さらには、宇宙に逃げる奴らもいるが、今のところまたあの時代に戻ることになっている。


いや、もしかしたら宇宙まで逃げた奴らは、あの時代に戻ることなく、このループから脱出できているのかもしれない。


今はそんなことより、考えるべきことがある。そうだな、晩御飯はホタテのシチューがいいな。


まったく、久しぶりに海に来た、普通の日曜日だったのに…。


せめて月曜日まで、でかくなりすぎたジャイアントパンダはゲップとエネルギー波を我慢できなかったのか?


いや、月曜日はジャンプ読みたいから、火曜まで待ってくれよな。

あくまで個人的見解だが、ジャンプが長く発刊されている世界は暮らしやすい。ジャンプがすぐに廃刊になる世界はいびつになる。



また生きることができるのか?


当たり前のことなんて、この世界に一つもなければいいと思っていた。


また出会えるのか?


君に…。


世界を滅ぼす閃光を一瞬だけ感じた。美しさを本能的に垣間見る心の危うさが嫌になると同時に、ほっともする。まだ心に隙間がある。強くなれるスペースがある。やはり人間は怖い生物なのだ。

アイツに勝てる可能性は必ずある。


「じゃあね、バイバーイ」


憎たらしい声だ。クソが…どうかまた…。



1988年、夏、沖縄県久米島。


雷の音でハッと目を覚ます。


猛烈な台風が通過中だ。


「おはよう」


またここだ。手の小ささで実感する。


窓にかすかに映る9歳の俺がいる。


「おはよう」


何がおはようだ。マラソン大会が破天で中止になったような明るい声を出しやがって。


こいつは本当に性格が悪い。絶対に友だちにはなれない。


母さんは、俺を見るなり、抱きついてギュッと泣く。


父さんはそれを嬉しそうに見ている。


父さんと母さんは東京で出会った。駅の駐輪場で、いつも隣に自転車を止めていたことが、俺が生まれるきっかけだったらしい。


もう数えきれないくらいの“再会”なのに、母さんは泣く。父さんは安堵する。


「おはようってば。ねー、リン君、おはよー」


停電する。夜に備えて、慣れた様子で父さんが、懐中電灯とロウソクを用意する。


母さんはまだ俺から離れない。


人は泣けば泣くほど弱くなる。だから優しくなれる。強がりが身につく。


泣いても実質的には強くはなれないが、技術的に弱さをカバーできるようになる。


「今のうちに、夕御飯つくらないとね」


母さんは理由をしっかり掴んで、俺から身体を離し、キッチンへ行く。


お腹は空いているが、食欲はない。“この時”は、大体皆そうだ。


それでも、御飯を食べる。おいしいと思う。生きていると思う。そして、また“その時”が来るのが怖くなる。


こういった感情で不安定になる。何回、やり直しになっても慣れることはない。


もちろん、この繰り返しにうんざりして、気力を失う人もたくさんいる。


でもさ、諦めるわけにはいかないんだ。


「おはよう」


窓に激しく打ち付ける雨音や、窓を揺らす風の音を通過して、その声は俺に届く。


「おはよう」


俺は窓を開けて外に出て、返事をする。


その眼差しはやはり強く優しく美しい。風速55メートルの暴風雨の中、俺はソラエと再会した。


どうして、いつも俺が行くまで待てないんだ?ほら、左の膝擦りむいているじゃないか。途中で転んだのだろう。


東京から転校してきた俺は、周囲23キロメートルほどしかないこの離島の小さな学校に馴染めず、自転車であてもなく島中を走り回っていた。


東京から持ってきた赤のマウンテンバイク。唯一の友だちだった。ここに来てから、ハヤトという名前までつけてしまった。


そして、疲れてお腹が空くと、ジューシーという沖縄独特のおにぎりが売っている高良商店に行き、いつも止められている青いマウンテンバイクと目が合う。


俺が本当に欲しかった青色のマウンテンバイク。売り切れで、1週間後の入荷が待てず、赤色のマウンテンバイク、ハヤトにしたのだ。


まだ1週間が、1年のように長かった。


さて、島中をハヤトに乗って、走りに走り回って、サトウキビ畑の小道の奥に、3畳ほどの丘を見つけた。俺は千畳丘とすぐさま命名した。


暇すぎて、久米島に来てから、何にでも名前をつけることが、すっかり習慣になっている。


広さは3畳ほどの丘だけど、遠くの海まで見渡せて、縮こまっていた心が膨張する解放的な場所だった。


目が合った。キスをされた。青いマウンテンバイクが寝転がっていた。高良商店でいつも止められているあの青いマウンテンバイクだ。


ソラエは俺を見るなり、ぶつかるようにキスをした。

なんだ、このネトっとした感じは…。


「何、その反応…。君、童貞ね。まったく、これだから辺境の…」


はあ?どうてい、ってなんのことだ?


その時は俺は童貞なんて言葉を知らなかった。それに、なぜソラエが俺に突然キスをしたのか、今でも謎のままである。もちろん、その答えをソラエに聞くほど、つまらない子供ではなかった。


ただただ、いきなりキスをしてきたソラエが面白かった。

好きになるのに、これ以上の時間は必要なかった。


「ここ、誰かに教えたら島から追い出すからね」


まず、女の子はキスしたことを秘密にしたがるものではないのだろうか?


それに、島から追い出してくれるなら、追い出してほしいとも思った。


でも、今はもうこの島にはソラエがいる。


言いたいことはいくつもあったが、


「おはよう」


俺は普通に挨拶した。


「アハハッ、ハハハハハッ」


ソラエの笑い声は、三味線で聴く島唄より心地よかった。


「俺、誰にも言わないよ。やっと見つけた千畳丘のこと。あと、キ、キスしたことも…」


「千畳丘?」


「今、名付けた」


「あのね、ここは“丘”でいいの。余分なものを勝手につけないで」


ソラエが俺の太ももを蹴る。


痛かったけど、確かにここは“丘”でいい。海をついつい濃い青で描いて汚してしまうような、バカな島の子と同じことをしていた。


「ゴメン」


「いいわ。反省しているのなら許してあげる」


「その自転車…」


「いつも家のおにぎり買ってくれてるわね」


「おいしいから」


「ありがとう。私が作っているの」


言葉に詰まる。どういう事情があるのか、どう聞いていいのか、9歳の俺にはわからなかった。嫌、最高で78歳まで生きたことがあるが、今でも上手く聞けない。


沈黙が1時間くらい続いたような気がした。今思うと、あの時は実際はもっと長かったのかもしれない。


「ねえ、私にも名前をつけてよ」


「ソラエ。君の名前はソラエ」


ソラエが沈黙を破ってくれたので、俺は失礼がないようにとっさに思いついた名前を答えた。


「気に入った。ありがとう」


初めてソラエが女の子っぽく笑う。


「どういたしまして」


例を言いたいのは俺の方だ。島に来てずっと一人ぼっちだった。あっ、ハヤトとはいたけど…。


やっとこの島に来て、会話という呼吸をできている。しかも、とても穏やかで暖かい呼吸だった。


「ねえ、一緒に船を作らない?」


「エッ?」


「この島から脱出できる船」


そのソラエの言葉そのものが、俺には世界に一艘だけの夢の船だった。



そんなことを振り返りながら、俺とソラエは暴風雨の中、漁港の裏にある廃屋へと走った。


「ハァハァハァ」


二人とも息を切らしていた。そして、安堵する。昨日完成したばかりの、4人乗りの小さなイカダは無事だった。


“この時”に戻るたびに、俺とソラエはここへやって来た。


まずはこの船を守らないといけない。


ドドドドーン‼︎


近くに雷が落ちる。


俺とソラエは目を合わせて、廃屋から外に出る。


あいつの仕業だ…。


「ボクが何度もおはようって言っても無視したくせに!」


ザザザバーン‼︎


大波が防波堤に打ち付ける。


「お前なんかに絶対に負けないからなー‼︎」


俺とソラエは、荒れ狂う海の彼方に向かって叫ぶ。


「バーカ、バーカ、バーカ」


俺とソラエにはこいつの声が聞こえる。


そしてこいつはなぜか、俺と仲良くなりたがっていた。


俺とソラエは天災、戦争、ウイルス、あらゆる方法で楽しみながら、何度もこの世界を滅ぼしては、また“この時”に戻している首謀者、“地球”と何度も戦ってきた。


今度はどんな方法で、いつこの世界を滅ぼすつもりなのか…。意思を持っていた地球はとにかくガキすぎて、何をするのか予測できない。


「お前の母ちゃんでべそ」


辺境の離島の子供でも言わないことを、恥ずかしがらずに平気で言ってくる。


確かに他の惑星に比べたら、地球はガキなのかもしれない。


俺とソラエは手を強く繋ぐ。


また君と出会えた。


何度も言っているけど、今度は、今度こそは君を守ってみせるよ、ソラエ…。


ゴォーと爆音を轟かせ、アメリカ軍の戦闘機が、台風の中、石油を奪いに飛んでいく。


最初は話し合いの場があったのだが、ここ最近はすぐに戦闘を開始している。


すると、高波が俺とソラエに襲いかかる。


「危ない!」


ソラエが俺を抱き抱えてジャンプして、見事に高波をかわす。


「もう、ボケッとしていないでよね」


ソラエは今の拍子に擦りむいた腕の傷を見て、舌打ちすると、また海の彼方を睨みつける。


そして、手のひらを空にかざすと、カルピス色の風を巻き起こし、通化していく戦闘機のエンジンを停止させ、飛行不能にさせる。


ドサッとソラエが倒れる。


そりゃそうだ。小学3年生の身体で、“宇宙のギフト”を使ったら、こうなる。


それでも、ソラエは迷わずこうする。


こんなに美しい生命体は、地球には存在しない。ソラエはきっと宇宙人なのだ。俺はそう決めつけている。


そして、キスをしたあの時…。ヌメッとしたものが体内に入ってくるのを感じた時、俺の身体にも何か変化が起きたのだ。そうに違いない。


大丈夫。今度こそ、俺がソラエを、性格に大きな問題ありの地球坊やから守ってみせるのだ。


俺はソラエの背中に手をあて、消耗した体力を回復させるために、ゆっくりと“宇宙のギフト”を送る。





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