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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
外伝 星祭りの夜
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第1章 ボクのガラじゃない

外伝 星祭りの夜

挿絵(By みてみん)


 余り人々が自分の土地を離れなかった時代。

 隊商の先導や、乗り合い馬車の役目を果たす『案内人(ガイド)』という職業があった。

 彼等は土地と道を知り尽くし、二頭立ての馬車を引いて荷物や人を運び歩いた。

 野盗の危険から身を守るため剣の修練を積んだ護衛役もガイドの一員として同行する。

 そんなガイド業には組合があり、町々で宿場や馬のための施設などを運営していた。


 この町、テストラにもそんなガイドのギルド事務所がある。

 その二階はギルド構成員のための無賃宿場になっている。


 そこに昨日、町に戻ってきた若いガイドの一組が滞在していた。

 彼等はテリーズ・ファロウをリーダーとした、通称「テリーズ隊」と呼ばれる三人衆である。

 「テリーズ隊」はリーダーの人格ゆえに一部で有名であったが、もうひとつ変わった点がある。

 それはテリーの義妹マルリーン・ブライトが、少年のように手綱を握っていたことである。


「ふう。やっと綺麗になった~!」

 赤い髪をかき上げ、マルリーンは磨き終えた三頭の馬を見上げた。

 泥や汗をすっかり流して綺麗になった馬達は、つややかな毛並みを見せて佇んでいる。

「久し振りのお休みなんだから、ゆっくりしてね。本当は草原で遊ばせてあげたいんけど……狭いところで我慢して」

 マルリーンは愛馬の鼻をポンポンと叩いた。

 それから彼女は顔を巡らせ、仲間のクズー・ヘルマを捜した。


 無口な大男は奥で馬車の車輪を調整していた。

 マルリーンはクズーに言った。

「クズー。ボク、上納金を納めに行ってくるね」

 クズーは手を休めて無言のまま頷いた。


 マルリーンは馬舎を出ると、ギルド支部の二階にある宿へ向かった。

 廊下の突き当たり、マルリーン達が借りている部屋には誰もいなかった。

「……兄貴の奴、人に仕事を押しつけといて、また遊びに行ってるな」


 彼女は馬臭くなった服を着替えた。

 今月の売上げは計算済みだ。

 放蕩兄貴に持ち出されていないか、金額を慎重に確かめると、マルリーンは一階の事務所を訪ねた。


 『案内人ギルド』の看板が掛かっている入り口の扉をそっとノックする。


「お入り、キャロータ。落ち着いたかね? 久し振りの町はいいだろう」

「そうだね。何だか懐かしいよ、ほんの数週間、離れていただけなのにね」

 アダ名呼びで声を掛けてきたグンターに朗らかに答える。


 グンターはこのギルド支部で帳簿を任されている男だ。


「どうだ、そろそろあの話、考えてみないか? カリングーズ市のギルド施設なら宿の世話人ったって収入も悪くないぜ。今のような出仕事は娘っ子にゃあ辛いだろ? どんな客を運ぶか分からねぇんだし……」


 グンターの言葉にマルリーンは肩を竦めた。

 「女は内仕事」という常識において、自ら馬を駆るマルリーンのような例は珍しいのだ。


「ボクは今のままでいいよ。それより、はいこれ。今月の上納金」

 マルリーンは、じゃらりと重たい音のする小袋をテーブルに置いた。

 グンターは袋の中身を確認し、手早く硬貨を数え、何枚かの金貨を噛んで確かめた。


「あいよ、確かに」とグンターは言うと、マルリーンの差し出した革製の腕巻きに、焼きごてを押しつけた。

 しゅうと煙が上がる。

 月を表す印に年を表す図形が組み合わされた独特の模様がまた一つくっきりと浮かび上がった。


 この腕巻きがギルドの一員である『証し』なのだ。

 ギルドの施設は、この腕巻きを提示することで利用出来る仕組みになっている。

 マルリーンは腕巻きを大切に巻き直した。


 その時、奥の扉が開き、二階の宿を取りしきっているグンターの妻が姿を現した。

「あら、キャロータ。今あんたの部屋に行こうと思ってたんだよ。あんた今年成人でしょ?」

「えっ」

 おかみさんの言葉に彼女は驚いて目を見開いた。慌てて指を折って数える。

「えと……そう、です……ね。すっかり忘れてた」

 彼女はぽりぽりと頭を掻いた。


「星祭りには出るのかい? 明後日だよ」

「明後日? じゃあ……出ない、んじゃないかなあ。多分仕事入れていますよ。お祭りの日なら稼ぎも見込めるでしょうし……うちの兄貴があんなだからね」

 あははは、とマルリーンは笑顔を作った。


 しかし、おかみさんは真剣な顔で彼女を諭した。


「何言っているの、仕事なんて二の次でしょう。一生に一度の成人を祝う星祭りじゃないの。女の子が綺麗に着飾って星祭りの主役になれるのは、この夜だけなのよ。分かってる?」

「でも……ボクのガラじゃ無いですから」

 マルリーンは困ったように答えて、さりげなく後じさった。

 おかみさんの様子を見ながら口を挟む。


「あの、ボク、買い物があるんで、おかみさん、お話の途中ですみませんけど、これで失礼しますっ」

 そう言って会釈し、彼女は事務所を飛び出した。


 おかみさんは話し出すと止まらなくなるのだ。

 それにマルリーンは、これ以上星祭りの話を聞いていたくなかった。


 市場は、相変わらずの賑やかさである。

 マルリーンはこの活気が好きだった。

 商店を眺めながらのんびり歩いていると、突然耳に女達の立ち話が飛び込んできた。


「……うちの娘も今年で成人なんですよ。それで、星祭りの次の日に結婚式を挙げるんですの……夫を亡くしてから生活が苦しいもので……そうね、子供が産まれたら大変ですわよ。でも子供は働き手になりますし……難しいところですけれどねえ」


 ……成人。結婚。出産。

 マルリーンの頭から、日頃は、完全に欠落している単語の羅列に、彼女は眩暈を感じた。


 生きている世界が違う。彼女はそう思った。

 普段から男に混じって働いているマルリーンには、同年代の女友達が少ない。

 いつまでも自分は変わらない、そんなつもりでいたのに、周囲の世界だけが、どんどん変わっていく……。


 マルリーンは、足元が崩れて行く錯覚に陥った。

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