第3章 世襲式典にて
世襲式の告知後、式典までの日々が、スリリングだった。
エステレルがラスフィールに渡した危険察知の指輪が、非常に役に立った。
厨房に入り込んだと思しき不審者が、毒見係を見事に通過して、微量の毒を仕込んだ料理をラスフィールに提供するということもあった。(指輪が輝いてラスフィールに警告し、ラスフィールはその食事に口をつけなかった)
幾つもある寝室のどこかに刺客が隠れていたらしく、指輪が(この部屋には入るな)と教えることもあった。
風呂でも気は抜けなかった。ラスフィールも流石に用心深くなり、魔法の指輪だけは風呂に持ち込んだ。お陰で素肌に酸を浴びせかけられる事態は防げた。
屋敷に出入りしている使用人の中に、ジェネナ卿の雇った不審者がいることは間違いなかった。
だが指輪のお陰で、ラスフィールは式典まで無傷で乗り切った。
ここまで色々と出てくると、自分が命を狙われているという事実がいよいよ真実味を増してきた。
ラスフィール及びアリーナの手配で、一時的に、ラリサは近衛バルテオに昇格していた。
一領主のみならず、女王からの推薦もあり、バルテオギルドも認めざるを得なかった。
また、近衛が不足している折など、稀にあることでもあり、手続きはすんなりいった。
こうして、何とか無事に、式典の日が訪れた。
「わが父、ファスロシエル・ソミュアが連絡を絶ってから、もうだいぶ経ちました」
ラスフィールは正装で壇上に立ち、広間に響く澄んだ声を張り上げた。
広間には、アスティアラート連合小国の各領主・領代表が集まっている。
女王アリーナも正装で式典を見守っていた。
騎士ジェネナ卿も招待客に紛れて様子を見ている。
「このまま、わたくし、ラスフィールが領政を委任し続けるよりは、わが父が帰還するまでの間、正式にわたくしが領主を務めることを決意いたしました。皆様今後ともよろしくお願いいたします」
招待客から拍手が起こった。
と同時に、しゅっと何かがラスフィール目がけて飛んだ。
カン!
吹き矢の針のような暗器を、近衛の装束を纏ったラリサが、アシュミールで叩き落す。
名剣アシュミールは、真実の鉄を鍛えて作られた剣だと、エステレルが言っていた。
物理的にも、魔法的にも、この剣が最もラスフィールを守れると、太鼓判を押したのだ。
「畏れながら申し上げます」
ラリサが近衛の兜で顔を隠したまま、進み出た。
「ソミュア様は、そちらにいらっしゃる騎士ジェネナ卿の指示により、既に命を落としております。こちらにございますのが、その証拠たる書面です」
手にしているのは、エステレルが復元した、グァデルノ宛の暗殺依頼書である。
更にラリサは遺髪をおさめた箱を取り出した。
エステレルが、魔術師の正装で、すっと近づく。
魔法の蝋燭に火をともし、遺髪の箱に光を当てると、亡きソミュア氏の最期の姿が浮かび上がった。
その映像に、広間はざわざわと揺れた。
キマイラの一部に取り込まれ、赤黒い肌色をして、虚ろな目でよだれを垂らす生首を見て、悲鳴を上げる者もいた。
「これがソミュア氏の最期のお姿です」
ラリサがはっきりとした声で告げる。
エステレルが蝋燭の火を消すと、映像は消えた。
「何ということ……」
「恐ろしい……」
集められた貴賓たちは、あまりの光景に身を震わせていた。
「ここに、ソミュア氏の死を宣言し、嫡男ラスフィール氏へのフォントール領主権移譲を提案します」
正装のアリーナ女王はきっぱりと言った。
「異議あり」
騎士ジェネナ卿は野太い声で言った。
「異議を伺いましょう」
女王アリーナが尋ねる。
「ラスフィール氏はお若すぎる。ソミュア氏の実弟であるわたくしこそ、領主権移譲に相応しいと存じます」
「皆様はどう思われますか?」
まとめ役として、女王はぐるりと小国領代表者たちを見回した。
「ラスフィール氏は、ソミュア氏の留守をきちんと守っていらしたと思います」
「ソミュア氏のご嫡男でもありますし、ラスフィール氏でよろしいのでは」
貴賓席ではざわざわとそんな声が聞こえてくる。
「世襲制などわたくしは認めぬ。子に生まれついたものが、必ずしも治世に優秀とは限らない。わたくしは兄ソミュア氏と共に、治世学を修めてまいりました。わたくしこそ、次代のフォントール領主に相応しいかと」
「実際に領を持たぬあなたの治世学は、机上の空論です。具体的にどんな治世をなさるというのですか? 民衆の支持を得られるだけの知識とカリスマをお持ちですか?」
女王は追及する。
「ソミュア氏の弟というだけでは、民はついてこないでしょう」
「それを仰るなら、ソミュア氏の嫡男というだけのラスフィール氏は……」
「ラスフィール氏は、ソミュア氏不在の間、見事に領を治めてまいりました。その実績がありますわ。残念ながらジェネナ卿、あなたには実績が一切ございません」
アリーナ女王は厳しい表情をした。
「先ほどの蝋燭の光景をご覧になりましたでしょうか? ジェネナ卿、あなたにはソミュア氏殺害の容疑がかけられております。……容疑ではありませんね、あなたが指示したことなのでしょう?」
「わたくしを偽り、陥れようとする別人の仕業かと」
「そこまで仰いますか。ご自身には覚えがないとでも?」
「はい、騎士道に誓って」
ジェネナ卿は頷いた。
つかつかと近衛姿のラリサが壇前に出た。
近衛の兜を脱ぎ捨てる。
蜂蜜色の長い髪が、さらりと落ちた。いつものように結んでいない。
そのため、側頭部に、くっきりと斧傷の痕が見えていた。
「ソミュア氏の長女エル・アリシアがここに証言いたします。ジェネナ卿はわが母と産婆、生後間もない妹プロアレアを殺しました。わたくしが口を滑らせ、別荘の場所を教えてしまったのは、幼さゆえの過ちでした。ジェネナ卿はわたくしも斧で襲いました。この頭の傷痕が証拠でございます」
「ア、アリシア……だと……ばかな、あの傷で生きている筈が……」
騎士は動揺していた。
ゆえに、口を滑らせた。
「今、何と仰ったのかしら?」
耳ざとく女王が聞きつける。
「あの傷で生きている筈がない、と聞こえましたが? あの傷、ということは、どんな傷かご存知なんですね?」
「近衛隊! ジェネナ卿をこちらへ!」
ラスフィールは指示を出し、ジェネナ卿を確保した。
「フォントール領主ソミュア氏の殺害に間接的に関与し、彼の妻と娘、産婆を殺し、アリシアに傷を負わせた事実を認めますね?」
「ぐ……うぬあああ!!」
騎士ジェネナ卿は力ずくで近衛を薙ぎ払った。そのまま壇上へ突っ込んでくる。
手には騎士の剣を構えていた。
「神妙になさい! 見苦しい!」
ラリサがアシュミールで叔父の剣を受け止める。
そのまま叔父はラリサの剣を振りほどき、大振りに剣を振るおうとした。
すかさずラリサは、叔父の足を払う。
「こちとら実戦経験長いんですよ! お飾りの騎士殿とは違ってね!」
転倒したジェネナ卿の胸に、アシュミールの尖端を押しあてる。
「さて、この者をどういたしましょうか? フォントール領主ラスフィール様、アリナスイス女王陛下?」
「首を刎ねておしまいなさい、と言いたいところだけれど。ラスフィールに判断は任せるわ」
女王に視線を投げられ、ラスフィールはきっぱりと言った。
「アリシアの証言と、証拠品をもとに、公正に裁判にかけます。それがフォントール領での処し方ですから」




