第2章 作戦会議
「色々考える前にひとつ、疑問が出てきたわ」
アリーナはラスフィールを向いた。
「どうしてソミュアさんは、ジェネナ卿の所業を知っていて長年、放置したのよ? 奥さんも娘さんも殺されているのに」
「当時ぼくは小さかったから、後から聞いた話だけれど、叔父の関わりを、立証出来なかったらしいんだ」
ラスフィールは母親のことを言われると少し顔を曇らせた。
「エステレルが、アリシアを連れ帰ってくれた時に、『人間もしくは斧を扱える誰かが、魔獣の襲撃に見せかけて別荘を襲った』ことは分かったんだ。そしてアリシアが回復後、叔父の名を叫んで寝られないことがあったから、犯人の推測は出来たみたい。でも、『その時叔父がうちの別荘に行ったこと』『その時叔父が自分の屋敷にいなかったこと』が、証明出来なかったみたいなんだ」
難しい顔でラスフィールは腕を組んだ。
「アリシアの証言だけでは、幼な過ぎたのと、動転していたという判断で、証言としての有効性を認めてもらえなかったんだよ」
「面倒くさいわねえ。疑わしきは罰したらいいのよ。早いところ、ジェネナ卿の首を刎ねてしまえば良かったんだわ。そうしたらソミュアさんだって、命拾いをしたでしょうに」
アリーナが過激な発言をする。
「法治領政に拘っていたからね、父上は……罪を憎んで人を憎まずが信条だったし。冤罪にも気を配っていたし……」
それでも、とラスフィールは続ける。
「一応、あの事件以降、叔父に見張りがついたのは確からしいね。だからこの時期まで叔父も動けなかったんだと思う。何故ここへ来て動けるようになったかが問題かなあ。見張りからの報告が滞っているって話がないか、調べてみるよ」
ラリサ達はしばらく、屋敷に滞在することになった。
ラリサとエステレルは旅装束のままで過ごしていたが、シドは色々な服が着られるのが楽しくて、毎日のように違うデザインの服を着せてもらって楽しんでいた。
そんな中、ラスフィールが難しい顔をしてラリサ達を呼んだ。
「予想通りだったよ。見張りからの連絡が途絶えていたんだ。そこまで密に連絡を取り合っていたわけではないから、気づくのが遅れてしまった。父上の事件の僅か数日前に最後の連絡があって、以降音沙汰無しだ」
誰かに殺されたのなら、事件として、報せが来そうなものなんだけどな、とラスフィールは首を傾げた。
しかし、移動中の場合、遭難、魔物の襲撃なども考えられる。
もしそうでなくても、ラリサ達は、病気や変死に見せかけて人を殺すことが出来る人物を知っている。
――シェリア・ネイという人物の例を。
「どうするの?」
アリーナが後ろ手を組む。考え考え、ラスフィールは言った。
「次は確実にぼくが狙われる番だ。ぼくが囮になろう。アリシアにはバルテオとして動いてもらう。今のままでは、騎士である叔父とは身分差が大きいけれど、ぼくとアリーナが後ろ盾になって、一時的にでも近衛に昇格させれば、対等の発言力は得られると思う」
「つまりバルテオギルドに圧力をかければいいのね?」
「圧力じゃない、昇格を申請すればいいんだ。式典で近衛が足りない時によく使われる手さ。アリシアは戦力としても期待できる、そうだろう?」
期待されたまなざしに、ラリサは頷いてみせた。
内心で、(いちいちお姉は考えが過激だなあ)と、苦笑いしながら。
「エステレルはヘルハイム師の弟子として有能だし、シド君には、何が出来るのかよくわからないけれど、二人ともアリシアの手助けになってくれることを期待しているよ」
「うん、任せて! 僕にかかればあっという間に、火の海が出来上がるよ!」
シドは元気よく、ポーズを取って見せた。
最近のこの放火癖は、やっぱ矯正しないといけねぇな、とラリサは心の中で呟いた。
「ところでエステレルって本当に有能なのか?」
思わずラリサは本人に尋ねてしまう。
「俺、お前が魔法を使うところ、見たことねぇんだけど?」
「ふふふ……ご期待通り、私は魔法が使えないです。薬師だって言っているでしょう」
エステレルは素直に答えた。
「ですが、師の遺してくれた魔法具を色々持っています。これだけあれば、そこそこお役に立てるかとは思いますよ~」
「じゃあ、こういうこと? アリシアは近衛としてラスフィールの警護につく。エステレルさんはアリシアをサポート。シドくんは、会場警備。そんな感じでいいのかしら」
アリーナの言葉に頷くラスフィール。
「まあ、ぼくの近衛たちも出すし、アリーナの兵も多少出してもらえると助かるかな。とにかく、叔父がぼくを殺したくなる状況を作らないと……」
「思いついたんだけどね、あのね、お父さんがいつまでも帰らないから、おにーちゃんが、この領地の長を継ぎますっていう式典をするのはどう?」
シドが提案した。
「僕だったら、式典があったら、狙うチャンスだと思うかも! だってその悪いおじさんは、おにーちゃんを殺して、この領の長になりたいんでしょ? それに、病気とかに見せかけて、人を殺す術もあるの、僕だって知ってるよ。その悪いおじさんは悪い人だから、そうゆう悪いことを知らないとは思わないな」
――ここで号泣する、見えない存在が居る。時折様子を見に来ている、精霊狐サークだ。
生前、自分はおぢちゃん呼ばわりだったのに、明らかに年上をおにーちゃん呼びされている。
精霊狐は涙を迸らせながら、空へと走り去った。
ぽんぽん、と緑がかった金髪を撫で、ラスフィールはシドに「頭の良い子だね」と微笑んだ。
「まあ、植物性の神経毒などを使われているところとか、旅路で目の当たりにしてきましたからねえ」
エステレルが苦笑する。
「それそれ! 逆にその悪いおじさんに、しんけいどくを、仕込んじゃえばいいんだよ!」
「私たちが殺人犯になってどうするんですか……。あくまでも、悪いおじさんのしたことを暴いて裁くのが、この領でのやり方ですよ」
「そうね、じゃあ、あたしも日取りを合わせて兵を呼ぶわ。その、バルテオギルドには金でも積めばいいの?」
アリーナが乗り気になる。
こうして、ラスフィールの世襲式の準備が始められていった。
(ここでお兄まで亡くしたら、もう後悔しか残らない! 何としても、お兄を守らなくちゃ!!)
ラリサは日頃の鍛錬を、更に厳しいものにし、顔を強張らせていた。




