第5章 黒幕
シドは咄嗟にエステレルの背後に隠れた。樫のワンドを奪われたエステレルは、濃厚な魔の気配を発していた。
樫のワンドを掲げたまま、グァデルノは邪悪な詠唱を続ける。
「我が大切な庭を燃やした償いをするが良い。はあっ!」
そう言ってグァデルノは術を完成させた。
――はずだった。
術は完成せず、グァデルノの魔力は消え失せていた。
妖術師は狼狽えた。
邪悪な詠唱を最初からやり直す。
何度やっても、ダメだった。術は完成せず、魔術は紡げなかった。
「あのさ、おぢいちゃん。エステレルのワンドはね、魔法とかを全部消しちゃうんだよ……」
流石に見ていられなくなって、シドが呟いた。
「そうですよ。だから、返してくださいと言ったのです。あなたはそれに触れている限り、魔術師ではいられないんですよ」
エステレルも手を伸ばした。
「真実の鉄の能力を持つワンドを作り上げた、と申し上げれば、理解していただけますか?」
グァデルノは最初は、二人が自分を担いでいるのだと思った。
信じられるものか。きっとこのワンドは特別で、何か凄まじい能力を秘めているに違いないのだ。
返して欲しくて、嘘を言っているに違いない。
「おぢいちゃん、そんなに意地張っても、虚しいだけだよ?」
シドはそう言って、至近距離から弓を射た。
魔力をまとわぬ通常の弓である。矢は当然グァデルノに刺さり、妖術師は悲鳴を上げた。
「仲間が射ておいて何ですが、すぐに手当をしてさしあげます。その代わり、あなたのこの研究資本を出しているパトロンをお聞かせください」
エステレルは救急箱を取り出して迫った。
「さあ、誰なんです? 答えないと、この矢をさっくりと抜きますよ。出血も痛みも激しくなりますが、いいでしょうか?」
「お、おのれ……」
ワンドを取り落とし、グァデルノはうめいた。
「おのれじゃありませんよ。そう言いたいのは私のほうです。よりによって、ソミュアさんをあんな目に遭わせたのですから。私、これでも怒っているんですよ。あなたを領主殺しの咎で訴え出てもいいと思っています」
無表情でエステレルは矢に手をかけた。
「領主……だと……?」
「はい。さあ、このまま矢を引き抜きますか、それとも手当をしますか? 選ばせてさしあげます」
「……ジェネナ卿だ」
とうとうグァデルノは明かした。
「ソミュア氏という男の暗殺を依頼された。領主だとは思わなかった……本当だ」
エステレルは約束通り、慎重に矢を取り除き、妖術師の傷口を手当てした。
そして、落ちていた自分の大切なワンドを回収した。
「早くラリサを助けないと。あの装置はどこで操作できます? 彼女の足を解放してください」
自由にさえなれれば、あとは彼女が、キマイラをばっさり切り捨ててくださるでしょう。
そう確信していたエステレルは、グァデルノを研究室へと案内させた。
正直、水鏡ごしに覗いていた時、途中までは、ソミュア氏の混ぜられたキマイラとラリサは、本気では戦えないと思っていた。
だがラリサは、迷わずに父の首を刎ねた。父の死を受け入れたのだ。
「おぢいちゃん、エステレルの言うことをちゃんと聞かないと、僕がおぢいちゃんを燃やすからね」
シドもぴたりとグァデルノについてくる。
「このローブ、よく燃えるだろうなあ……おぢいちゃんもだいぶシワシワで干からびているし」
シドも恐ろしいことを言うようになったものだ、とエステレルは苦笑した。
研究室で装置を動かすと、ラリサの足に絡みついていた管がぱらぱらと外れた。
どうやら、バルテオの身体能力を測定するための装置だったようだ。
「バルテオなんぞに、折角こしらえたキマイラを倒されたく無かったのでな」
グァデルノは説明を乞われ、口数少なく答えた。
集めたデータをもとに、キマイラをより強化するつもりだったらしい。
ソミュア氏の頭を取り付けたのも、人間並みの知能を持たせるつもりだったからのようだ。
つまり、犠牲者は、人間であれば誰でも良かった。
そこへジェネナ卿から、都合よく、殺しても良い人物を与えられたというわけだ。
グァデルノ自身は、ソミュア氏に特に怨嗟はなかった。
フォントール領主と聞けば、ああ、若かりし頃、一時期パトロンになってくれた男か、と分かった程度で、その頃はさしたる成果をあげることが出来なかった自分を思い出し、やるせなくなる程度だった。
ラリサは邪魔だった装置が外れたことに気づき、自由になった身で、ずんばらりんと名剣アシュミールでキマイラを退治した。
キマイラはかなり抵抗したが、俊敏なラリサに対し動きが鈍く、あっさりと死んだ。
自らの手で刎ねた父の首を抱え、ラリサは声を殺して泣いた。
「何で、こんなことに……」
ぱたぱたと羽音がして、ティキがラリサを迎えに来た。
ラリサは父の髪を一束切り落とし、遺髪として大切にしまうと、ティキの後を追って部屋から脱出した。
研究室で一行が合流するまで、然程時間はかからなかった。
ソミュア氏をあんな目に遭わせたグァデルノを、許さん、殺すと暴れるラリサを取り押さえ、なだめて落ち着かせるのは、ひと苦労だった。
この一件が、ジェネナ卿の差し金によるものだと思い出し、ラリサは更に荒れ狂った。
こうなるまで叔父を放置してきた自分を責め、嘆いた。
近衛なんて目指している場合では無かった。
恐怖心から遠回りをしている場合では無かった。
叔父は次に、兄ラスフィールを狙ってくるだろう。
兄が死ねばこのフォントール領は、恐らく、叔父のものになる。
「屋敷へ帰る!」
バルテオの養成機関に入ってから数えても、初めて、ラリサは実家に帰る決意をした。
「近衛とか言ってられる場合じゃねぇ。お兄を守るんだ!」
亡き父の遺髪を入れた箱を大切に握りしめ、ラリサはグァデルノの塔を離れた。
エステレルとシドも当然ついていったが、別れ際、エステレルはグァデルノに警告した。
「あなた、口封じに狙われる可能性が高いですよ。お気をつけて」
「わかっておる。わかっておるとも」
ラリサ達は、フォントール領中心部に向かった。
そして数日後、旅路で立ち寄った町で、妖術師グァデルノの不審な死の知らせが、耳に届いた。
彼は自分を護るのに、失敗したのだ。




