第4章 合成獣キマイラ
シドとエステレルは、塔の中の螺旋階段を駆け上がった。
上階のほうから気配がする。魔の気配と、ラリサの気配と、知らない人物の気配と、従者と思われる鬼族たちの気配だ。
踊り場でグァデルノと従者たちが彼らを出迎えた。
「入って良いとは言っていないぞ」
「ええ、でも、入り口でご挨拶はいたしました」
エステレルは樫のワンドを握りしめて、グァデルノに答えた。
グァデルノはワンドを物欲しそうに見つめ、その一撃で「番犬」が倒されたことを、従者から耳打ちされた。
エステレルはずいとグァデルノに歩み寄った。
シドも勇気百倍でエステレルに続く。
「あなたの論文は幾つか読ませていただいています。ホムンクルスやキマイラに関するものが最近は多いですね」
そんな難しい命題を抱えていて、どうして町を出たのですか、とエステレルは尋ねた。パトロンの近くにいるほうが、研究も発表もしやすいのが、魔術師の常識だった。
「ホムンクルスはヘルハイムに負けた……」
グァデルノは悔し気につぶやいた。確かに、ヘルハイム師はホムンクルスの製造に成功した。
しかし、それはエステレルが多分に手を貸したからであり、ただの人間の魔術師であるヘルハイム一人では出来なかったことだ。
「だから、キマイラの開発で奴を抜いてやるのだ。成功すれば、我が名が魔術師の頂点に輝く日が来るだろう」
「きまいらってなーに?」
シドの問いに、エステレルは答えた。
「複数の生き物を合成して、一つの生き物にしたもののことですよ。いわゆる魔法生物です」
「魔の気配を全くまとわぬ魔術師もどきが、よく知っているものだ」
グァデルノはエステレルを嘲笑した。
ヘルハイム最高傑作である、樫のワンドの能力で、エステレルの魔の気配は消されているのだ。
「よかろう、客間へ案内してやろう」
グァデルノは従者である鬼族たちに指示をだした。
「我が庭を灰にした償いをさせてやる……」
誰にも聞こえない小さな声で、彼は更に呟いた。
客間につくと、グァデルノは水鏡を用意した。
「貴殿らの連れが気になるのだろう? あの女バルテオは、我が実験によくつきあってくれておるよ」
水鏡に、徐々に、暗い狭い部屋が映り込む。
「さあ、我がキマイラ、ヴァザナグガァよ……その娘を食い殺してしまうが良い!」
エステレルとシドは水鏡を覗き込んだ。
足を装置に拘束されたラリサが、何か巨大な影と対峙しているのが映っていた。
「……くそっ」
ラリサは、何とか両足を自由に出来ないかと、苦戦していた。
スパゲッティのように絡みついた管が切れない。
剣ではどうしようもない。
びちゃ、びちゃと音を立てて、巨大な影が迫ってくる。
その姿を見て、ラリサは息をのんだ。
合成獣キマイラだった。
通常なら、獅子や山羊やそういった動物の顔をしているものだが、グァデルノの最高傑作は違っていた。
「……殺して……くれないか」
赤黒く変色したソミュア氏の首が、キマイラの頭部に収まっていたのだ。
ソミュア氏は生死も分からぬ状態で、呪文のようにその言葉を繰り返していた。
「わたしを……殺して……くれないか……」
さあっと視界が暗くなった気がした。
ラリサは、震える手で剣をとった。だが、構えることも出来ず、呆然と父の頭を見つめていた。
「もう……助けて、やれねぇのか……?」
「わたしを……殺して……くれないか」
壊れた蓄音機のように繰り返すキマイラ。
キマイラの体がどすんと動き、強烈な力でラリサを薙ぎ払った。
両足が装置に拘束されている状態で、ラリサは回転するように吹っ飛んだ。
カラン、愛剣が音を立てて手から離れる。そのままカランカランと回転して、手の届かないところへ弾き飛ばされてしまった。
やむなく腰の短剣を抜く。だが、短剣でどうにか出来る相手の大きさではない。
「わたしを……殺して……くれないか」
「やめろ、やめろ! うるせえ! 黙れ!」
父の声で、そんな言葉を吐くな。
父は「領主と言っても、開拓民の代表に過ぎない」と、いつも言っていた。
領内をうろうろと放浪して、困っている人を助けて回った。
畑仕事も馬の世話も、全部自分でこなした。
偉ぶったところも無かったが、同時に、自分が重要人物であるという自覚も無かった。
わたしが町を留守にしても、ラスフィールに任せておけば、安心だよ。
父は実兄に全幅の信頼を寄せ、自身は気軽に屋敷をあけた。
その結果が……これか。
一刻も早く、ラリサが近衛に昇格出来ればよかった。
いや、しかし、父は近衛などつけずに放浪して回っただろう。
今回のように。
「殺して……くれないか」
父の声を発しながら、キマイラが容赦なく別の顔でラリサにかみつく。
革鎧の上からでも、体に鋭い牙が食い込むのが分かった。
激しい痛みで、うぐああ、とラリサは声にならない声を上げた。
噛みついてきた顔に、短剣を振り下ろし、眼球を狙う。
苦悶の声を上げて、キマイラは後ずさった。
ラリサがえぐった目から、だらだらと血を流している。
「許さねぇぞ、この塔の主とやら!」
愛剣にラリサは手を伸ばした。噛みつかれたわき腹から血が噴き出した。
惜しくも届かない。
両足を繋いでいる装置さえ外せれば、自由になれるのだが。
「そうだ!」
ラリサは転がって、荷物のほうに近づいた。
包んだままの名剣アシュミールをとる。これなら、手の届く範囲にある!
「サーク、剣を借りるぜ」
「殺して……くれないか……」
「ああ、殺してやる。その恰好で生き続けるのは、つらかろうさ」
ラリサは痛むわき腹から意識を逸らし、アシュミールを構えた。
名剣と呼ばれるだけあり、愛剣より軽くて、扱いやすかった。
「うらぁ!」
振り回されたキマイラの腕を、一気に切り落とす。キマイラは壮絶な悲鳴をあげた。
そして隙を窺い、ラリサは躊躇せず、父の首を刎ねた。
水鏡ごしに見ていたエステレルは、顔を覆っていた。
「なんてことを……」
シドに見せないよう気を遣いながら、エステレルはグァデルノに向き合った。
「こんな残酷な実験、許されると思いますか。人間をキマイラにするだなんて!」
「我が許す」
グァデルノは、水鏡に気を取られている隙に、エステレルから樫のワンドを奪っていた。
「何をするんです。お返しください」
「返すものか。あの番犬を一撃でいなしたワンドだ、何か秘密があるに決まっておろう」
樫のワンドを掲げ、グァデルノは、勝ち誇った顔で、邪悪な雰囲気の召喚魔法を唱えた。




