第3章 グァデルノの塔
燃えちゃえ~燃えちゃえ~♪ みぃんな、燃えちゃえ~!!
シドはそう火の精霊たちに呼びかけて、グァデルノの所有する森を焼き払った。
遠くから、エステレルと思しき姿が見えてくる。
「あ、エステレル~!」
「火を消してください、シド。このままでは付近の森にまで延焼してしまいます!」
エステレルは、炭と化した樹木から、幾つかの、霧発生用魔法具を見つけていた。
勿論、慣れた手つきで魔法具を止めて回る。
精霊の火だけに、シドが自由自在に操れるのは、救いだった。
煙や熱気で、肺を焼かれるような事故も起こらず、シドとエステレル、ティキは合流した。
ラリサの姿は、広い焼け跡の中には見つからなかった。
「塔に連れていかれた可能性もありますね」
「っていうか、そんな気がするよ。あの塔、中に人がいるもん。何人かは分からないけれど、何か、ラリサっぽい気配もあるし……」
シドは集中して、気配を探った。
「慎重に行きましょう。何せ、人様の庭を勝手に焼いてしまったんですし……」
エステレルの言葉に、シドは唇を尖らせた。
「でも、こうして視界が綺麗になったから、僕たち、合流できたわけだし」
「それは否定しませんよ。ただ、シドはやることが豪快だなあと思っただけです。誰に似たんでしょうね?」
2人はゆっくりと塔に向かった。
近づいていくと、石造りのしっかりした建物であることが分かる。
入口と思われる扉は閉ざされ、そこには「番犬」が座っていた。
一方。
自慢の森が大炎上したグァデルノは、どうしていいか分からず、焦っていた。
ツタが連れてきた女バルテオは、誰に雇われてここへ来たのだろう?
更に、まだ庭(焼き払われた森)に、数名の気配がある。
(ジェネナ卿か?)
グァデルノに、ソミュア氏の暗殺を依頼した、有力騎士。
ソミュア氏(実は、フォントール領主)の実弟。
そして、ラリサの叔父。
――後半二つの情報については、グァデルノには知らされていない。
(ジェネナ卿ならあり得る。ソミュア氏が何者かはわからんが、ジェネナ卿が暗殺を依頼してきた以上、我自身も後日、口封じに狙われる可能性は高い)
しかし、それにしては、バルテオの到着が早すぎやしないか?
数分で暗殺が終了し、その日のうちにグァデルノを口封じしよう、とでも、依頼主は考えたのだろうか?
勿論、可能ではある。数分で一般人を殺すことなど造作もない。
だがグァデルノは魔術師だ。魔術の被験体として使わせてもらわないことには、折角の、散らしても良い命が勿体ない。
そう、グァデルノは、訪ねてきたソミュア氏を、今まさに熱中している実験に使うつもりだった。
捕まえた女バルテオも、この際利用させてもらうか。
外にいる気配は数名だし、下手をすると4人は居ないだろう。
あの「番犬」をけしかけておけば、時間稼ぎにもなるに違いない。
ソミュア氏は、グァデルノの茶に口をつけた。
その結果、意識を失って倒れている。
グァデルノは醜い顔を引きつらせて、微笑んだ。
さあて、実験に取り掛かるとしようか。
塔の前。
シドは金色の「番犬」に火の玉を投げつけた。しかし、「番犬」には無効のようだった。
ティキも鋭い爪で切り裂こうと滑空した。だが結果としては、「番犬」に傷ひとつつけられなかった。
「これはあれですね。真実の金で出来ていますね」
なんと贅沢な。そうぼやきながら、エステレルは樫のワンドを取り出した。
「真実の金ってなあに?」
「神属の力を無効化し、魔属の力を増幅する、特殊な金属です。人工的に作り出すことは出来ず、土の中から見つけ出されるしか、入手方法のない希少鉱物ですよ」
エステレルは樫のワンドで一撃、「番犬」を殴った。
ヘルハイムが遺した樫のワンドは、「番犬」に込められた魔法及び魔気を全て無効化し、ただの金塊に変えてしまった。
「このまま持って帰れたらいいんですけれどねえ。それじゃ、泥棒になっちゃいますしね」
はあ、と物欲しそうにため息をつくエステレルであった。
「解説しますと、シドの火は精霊によるものですよね。だから神属なんです。同じく、聖獣のティキの攻撃も、神気を帯びているので、神属です。真実の金の前には、無力化されてしまうんですよ」
じゃらじゃら、と鎖の絡みついた扉を開けながら、エステレルは声を上げた。
「ごめんくださーい。お邪魔しちゃいますよー」
エステレルの声が反響するだけで、返事は返ってこない。
「……お許しは出ないようですが、行っちゃいましょう。ラリサは多分、この塔の中でしょうし」
静寂の中で少しだけ待ったが、エステレルはずかずかと塔に入っていった。
「う、うーん……」
その頃。ラリサはツタをほどかれ、何かの装置に横たえられていた。
目覚めて思い出す、ツタの大群との応酬。
「負けたのか……?」
悔しさに唇を噛む。しかしあれは相手の数が多すぎた。ラリサはかなり健闘したほうだ。
「……」
動けない。手も足も痺れていて、何かの装置に繋がれて、全身スパゲッティ状態である。
視線を動かすと、荷物だけは部屋の隅にあることが分かった。
身にまとっている愛用の剣は、痺れた腕と、拘束された体では、取ることができない。
荷物から、サークの遺品である名剣アシュミールの包みが覗いている。
ゆっくりと誰かが入ってきた。塔の主であろうか、黒いローブを身にまとっている。
「目覚めたかね。我が名はグァデルノ。さて、答えてもらいますぞ。ジェネナ卿に雇われたか?」
「ジェネナ卿だと!?」
叔父の名を聞いて、さあっと血の気が引いた。
幼い頃に植え付けられた恐怖心は、叔父の名を思い浮かべるだけでも、蘇る。
だが、過日、シェリアと胸の内を明かして語りあって、トラウマの克服を誓ったのだ。
「ち、違ぇよ」
ラリサは絞り出すように答えた。喉を締められていた所為か、声の出が悪い。
「俺は通りすがりだ」
「では何故この塔へ来た?」
「てめぇのツタが連れ込んだんだろ!」
「ではなく、何故我が森に侵入した」
「……」
「ソミュア氏と知り合いだと聞いたが、ソミュア氏を追ってきたのか? ならば、何故?」
知り合い。父はそう言ったのか。
今でもラリサの生存を、隠匿してくれているのだ。
「ソミュア氏には借りがある。見かけたら返そうと思っていた」
ラリサはそう答えた。
「嘘、だな。いや、厳密には嘘ではないのかもしれん」
グァデルノはラリサにつないだ装置をいじりながら、ニタリと笑った。
「まあ良い。借りとやらを返したいのだろう? 最適な好機をさしあげよう」
グァデルノが何か装置を動かした。
痺れるような衝撃が脊髄を走り、再びラリサは意識を失った。
次に意識が戻ると、ラリサは両足を装置に繋がれたままの状態だった。
まだ足だけなら、上体を動かせるなら、何とかなる!
そう思い、愛剣を構え、まず最初に足に繋がっている装置の管を切ろうとした。
だが、その余裕はなかった。
何か黒い巨大な影が、ゆっくり、ゆっくりと、部屋に入ってきたのだ。
いびつな足音を立てて、ふしゅう、ふしゅうと、荒々しく鼻息を鳴らしながら。




