第2章 黒い霧と暗い森
街道でガイド三人衆に運賃を払って別れ、グァデルノの塔があるという森へ入り込む。
鬱蒼とした森だった。暗くて日の光が差し込んでこない。
塔は森の外れからも見えてはいたが、そこそこ歩きそうな距離があった。
そのうち、霧が出てきた。
黒く、粘りつくような霧だ。
はっきりと見えていた塔がどんどん霞んで、視界が悪くなっていく。
(この霧は魔法によるものですね)
恐らく侵入者対策だろうとエステレルは見当をつけた。
何しろ、霧を発生させる魔法具は、ヘルハイム名義で彼が作ったのだから。
(となれば、こちら側の樹木のどこかに仕掛けてあるはず……)
エステレルはまとわりつく霧を消し去ろうと、魔法具の位置を探しに行った。
エステレルの姿を見失ったシドは、何だか嫌な予感がして、ラリサから離れなかった。
「ただの霧だろ」
「でもでも、エステレルいなくなっちゃったよ?」
「何か考えでもあるんだろうさ」
ラリサは塔の見えていた方角へ歩き出していた。しかし、いつまで経っても塔につかない。
「おかしいな、道に迷ったか?」
一方で、エステレルも霧発生装置を見つけられずにいた。
(この魔法具、改良が加えられていますね。方向感覚が失われます)
しかし、森の中を、魔法具を探してうろうろと歩き回るしか、手段がない。
シドの悲鳴がどこかから聞こえた。
霧の所為で、何が起きたのかエステレルには分からなかった。
慌てて彼は魔法具探しを諦め、皆のもとに戻ろうとした。
だが、方向感覚は完全におかしくなっており、霧深い森の中で、彼は連れを見失った。
悲鳴を上げたシドは、ずっとラリサの服の裾を掴んでいるつもりだった。
でも実際には、森で迷って命を落としたと思われる、旅人の遺骸の端切れを掴んでいたのだ。
「ラリサ何処? ラリサ何処に行っちゃったの?」
涙声で霧に問いかけるが、見つからない。
はぐれてしまったのだ。
その頃ラリサは、視界ゼロの霧の中で戦っていた。
ツタのようなものがあちこちから襲い掛かってきて、彼女の行動を封じようと試みる。
ばさり、ばさりと剣で切り落とすが、きりがない。
そのうちに、首に巻きつかれてしまった。
ラリサは躊躇せずに自分の首に短剣を差し入れ、絡まってきたツタを切り裂いた。
だが、襲い掛かるツタはどんどん増えていく。
剣で相手出来るものなら、何にも負ける気がしなかった。でも、これは流石に、数が多すぎだ。
「シド、火を投げてくれ」
ラリサは応援を呼んだ。しかし、シドははぐれて、随分遠くに行ってしまっていた。
彼女の声は届かない。
「くっそ」
ラリサは単身、奮戦した。
粘りに粘ったものの、最後にはツタに簀巻きにされて、身動きが取れなくなってしまった。
ツタに頸動脈を強く締めあげられ、ラリサの意識が、落ちた。
「この森、どうなっているの?」
シドは心細くて、ラリサとエステレルの名を交互に呼んだ。
気配で位置を探れないかと試してみたが、霧が邪魔しているようだった。
「どうしよう。何もわからないよ……」
怖くて心細くて、シドは火をともした。
黒い霧が、ざあっと身を引く感覚があった。
もしかして……この森を焼いちゃえば、ラリサやエステレルに会えるかな?
シドは思いついた。
思いついたので、遠慮なく行動に移した。
霧は、シドの起こす精霊の火を恐れてか、逃げまどい、視界がようやく戻ってきた。
シドは容赦なく森の木々に更に火をつけて回った。
森は大炎上した。
「真実の金、真実の銀、そして、真実の鉄と言う鉱物をご存知でしょうか」
グァデルノは塔の客間で、ソミュア氏に講義をしていた。
「真実の金は魔属に力を与え、神属の力を奪います。銀はその逆です。そして、鉄――隕鉄とも呼ばれます――は、この世の全てのものから魔法的な力を奪います」
「それが新しい論文でしょうか? 既にもうその話を読んだことがあるのですが」
ヘルハイム師の論文で、とは、ソミュア氏は言わなかった。
「それより、あの、窓から黒い煙が見えるのですが……?」
グァデルノは窓に駆け寄った。
塔を囲う森全体が、めらめらと燃えていた。
「どなたか、護衛をお連れになったとか?」
「いえ。ご招待状のとおり、わたし一人で伺いましたが?」
ソミュア氏は、出された茶に手を付けた。
「では、こちらの者に心当たりは?」
グァデルノは、燃え落ちる前に塔にラリサを運んだツタ、及び、簀巻き状態のラリサを見せた。
ソミュア氏の顔色が変わった。
「……いえ、そのかたとは知り合いの身ですが、今回はバルテオも雇ってはおりません」
「ではこの娘、偶然この森に迷い込んだと?」
「恐らくそうでしょう。わたしはこのかたと、もう長いこと連絡をとっていませんから」
「この森を燃やしたものにも、心当たりはないと?」
「ええ。全くないです」
その通りだ。ソミュア氏のあずかり知らぬところで、シドが火を振りまいているのだから。
「……嘘は仰っておられませんな」
「当たり前でしょう」
グァデルノは値踏みするようにソミュア氏を見つめ、「こちらへ」と奥の間にいざなった。
ソミュア氏はぐったりと気絶しているラリサを気にしながら、グァデルノの言うままに部屋を移動した。




