第3章 シェリアとの対話
泉を巡る争いは紛糾した。アデット町はビアジ町が遊女を使って決闘を妨害したと訴え、ビアジ町は心当たりがないと反論した。
2つの町は改めて別々のバルテオを雇い、再度決闘で決着をつけるようだった。
ラリサは怒っていた。
正々堂々と戦っても勝てる相手だった。
変な小細工など必要なかった。
彼女は怒りに任せて、木片に示された高級遊郭へと押し込んだ。
木片を見せると、すぐにシェリアのもとに通された。
「確実にあなたが負けると思ったもの」
シェリアはさらりと白状した。
「そんなの、戦ってみなけりゃわからねぇだろ!」
敬語を忘れ、ラリサはシェリアに食って掛かった。
「わかるわ。女の非力さでは、男バルテオには絶対に勝てない」
「俺はそう非力でもねぇし、そこらのバルテオには絶対に負けねぇ」
ラリサは愛用の剣を包んだまま、とり回した。
「持ってみろよ」
シェリアは受け取ろうとして、その重さにがくんと両腕を落とした。
剣と言ってもほぼ鉄の塊である。握りに滑り止めの革が巻いてある程度だ。
「こんな、重いものを……とり回せるのね」
「ああ。持てるし扱える。先輩が心配するほど俺はやわくねぇんだ」
「そう……」
シェリアはゆっくりと目をあげた。
「あなたは女を捨てたのね。その言葉遣い、その態度、がさつで本当に男のようだわ」
化粧の甘い香りが漂ってくる。
「わたしは女を捨てられなかった。どんなに頑張っても、訓練しても、男には追いつけなかった。見下されるのは時間の問題だったわ」
シェリアはラリサに、バルテオ養成機関を抜けた経緯を語った。
ラリサは彼女ほどひどい目には、遭ってはいなかった。何かあるとサークが庇ってくれていた。
サークは、実はシェリアも庇いたかったのだが、まだ小さすぎて影響力が乏しかった。
そしてラリサに実力が付き始めると、サークの庇護なしでも、誰も彼女を敵に回そうとはしなくなった。
それほど、ラリサは優秀だった。
2対2で行うはずである最終試験を、単身で勝ち抜けるほどに。
2人は全く違っていた。
シェリアは美人で、魅力的で、スタイルも良くて、男が放っておかないタイプだった。
一方、ラリサは性差をあまり感じさせない、中性的な外見だった。
がさつな言葉遣いや、男のような立ち居振る舞いが似合う、豪快なところが多分にあった。
「でもね」
シェリアはそれを認めたうえで、囁いた。
「あなたも女なのよ。それは変わらないし、変えられないわ。どんなに自分を偽っても、いずれ女であるという壁にぶちあたることになる……」
「……ねぇだろうな。好いた相手は、死んじまったしな」
「そう。思いは伝えられたの?」
「いや……いい相棒のままさ」
ラリサは床に目を落とした。
近くに見えない精霊狐が居て、(誰のことだ?)と首を傾げているなんて、思いもしなかった。
「強いわね、あなた。本当に、強い……そして脆い……」
微笑んでシェリアは続けた。
「わたしには、あなたが何かを恐れて、強がっているように見えるの。恐れに後押しされて、バルテオになったように見えるわ。自分は強い、強いと言い聞かせないといけない理由は何?」
俺が、バルテオになった理由。
ラリサは考えた。
脳裏に暗い影がよぎった。
斧を振り下ろそうと立ちはだかる、巨大な人影。
ずっと信頼していた、慕っていた気持ちが、崩れ落ちた、幼い日の事件。
「ほら。何かを思い出したでしょう?」
整えられた指先が、ラリサの頬をなぞる。
ラリサが生存を表明し、証人となれれば、殺人の咎で叔父の首を吊るせたかもしれない。
だが当時は幼すぎたし、時間も経っている。
もし証言能力がないとされたら?
叔父はすかさず、ラリサの命を狙いに来るだろう。
だから強くならなくちゃいけない。
父や兄たちの命もいつ狙われるか分からない。
近衛になって家族を守るんだ。
どうして、叔父のところに直接、切り込もうと思わなかった?
――あの時、強い恐怖が刷り込まれたからだ。
叔父に手を出すのは、今でも怖い。
成長し、恐らく叔父の背を超えた今でも、叔父の前に出たら、心の中は、あの日のか弱く幼い子供に戻ってしまうかもしれない。
それほどまでに、焼きつけられた恐怖は、大きかった。
黙ってしまったラリサに、シェリアは言った。
「わたしは女だから、男には勝てない。でも、女だから勝てるの。男を転がして、操って、そしてじわじわと殺すわ。それがわたしの復讐なの……」
暫く話し込んで、ラリサは、高級遊郭を後にした。
「どうでしたか?」
近くの食堂で待ち合わせていた、旅の連れと合流する。
「俺は……いつまでも逃げていちゃ、いけねぇのかもな」
あの叔父を何とかしなければ。出来るだけ早く。
ラリサは、沁みついた恐怖を握りつぶすように、ぎゅっとこぶしを握った。




