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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第7部 蝶と蜂と
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第3章 シェリアとの対話

挿絵(By みてみん)


 泉を巡る争いは紛糾した。アデット町はビアジ町が遊女を使って決闘を妨害したと訴え、ビアジ町は心当たりがないと反論した。

 2つの町は改めて別々のバルテオを雇い、再度決闘で決着をつけるようだった。


 ラリサは怒っていた。

 正々堂々と戦っても勝てる相手だった。

 変な小細工など必要なかった。


 彼女は怒りに任せて、木片に示された高級遊郭へと押し込んだ。

 木片を見せると、すぐにシェリアのもとに通された。


「確実にあなたが負けると思ったもの」

 シェリアはさらりと白状した。

「そんなの、戦ってみなけりゃわからねぇだろ!」

 敬語を忘れ、ラリサはシェリアに食って掛かった。


「わかるわ。女の非力さでは、男バルテオには絶対に勝てない」

「俺はそう非力でもねぇし、そこらのバルテオには絶対に負けねぇ」

 ラリサは愛用の剣を包んだまま、とり回した。

「持ってみろよ」

 シェリアは受け取ろうとして、その重さにがくんと両腕を落とした。


 剣と言ってもほぼ鉄の塊である。握りに滑り止めの革が巻いてある程度だ。

「こんな、重いものを……とり回せるのね」

「ああ。持てるし扱える。先輩が心配するほど俺はやわくねぇんだ」


「そう……」

 シェリアはゆっくりと目をあげた。

「あなたは女を捨てたのね。その言葉遣い、その態度、がさつで本当に男のようだわ」

 化粧の甘い香りが漂ってくる。

「わたしは女を捨てられなかった。どんなに頑張っても、訓練しても、男には追いつけなかった。見下されるのは時間の問題だったわ」


 シェリアはラリサに、バルテオ養成機関を抜けた経緯を語った。

 ラリサは彼女ほどひどい目には、遭ってはいなかった。何かあるとサークが庇ってくれていた。

 サークは、実はシェリアも庇いたかったのだが、まだ小さすぎて影響力が乏しかった。


 そしてラリサに実力が付き始めると、サークの庇護なしでも、誰も彼女を敵に回そうとはしなくなった。

 それほど、ラリサは優秀だった。

 2対2で行うはずである最終試験を、単身で勝ち抜けるほどに。


 2人は全く違っていた。

 シェリアは美人で、魅力的で、スタイルも良くて、男が放っておかないタイプだった。

 一方、ラリサは性差をあまり感じさせない、中性的な外見だった。

 がさつな言葉遣いや、男のような立ち居振る舞いが似合う、豪快なところが多分にあった。


「でもね」

 シェリアはそれを認めたうえで、囁いた。

「あなたも女なのよ。それは変わらないし、変えられないわ。どんなに自分を偽っても、いずれ女であるという壁にぶちあたることになる……」

「……ねぇだろうな。好いた相手は、死んじまったしな」

「そう。思いは伝えられたの?」

「いや……いい相棒のままさ」


 ラリサは床に目を落とした。

 近くに見えない精霊狐が居て、(誰のことだ?)と首を傾げているなんて、思いもしなかった。


「強いわね、あなた。本当に、強い……そして脆い……」

 微笑んでシェリアは続けた。

「わたしには、あなたが何かを恐れて、強がっているように見えるの。恐れに後押しされて、バルテオになったように見えるわ。自分は強い、強いと言い聞かせないといけない理由は何?」


 俺が、バルテオになった理由。

 ラリサは考えた。


 脳裏に暗い影がよぎった。

 斧を振り下ろそうと立ちはだかる、巨大な人影。

 ずっと信頼していた、慕っていた気持ちが、崩れ落ちた、幼い日の事件。


「ほら。何かを思い出したでしょう?」

 整えられた指先が、ラリサの頬をなぞる。


 ラリサが生存を表明し、証人となれれば、殺人の咎で叔父の首を吊るせたかもしれない。

 だが当時は幼すぎたし、時間も経っている。

 もし証言能力がないとされたら?

 叔父はすかさず、ラリサの命を狙いに来るだろう。


 だから強くならなくちゃいけない。


 父や兄たちの命もいつ狙われるか分からない。

 近衛になって家族を守るんだ。


 どうして、叔父のところに直接、切り込もうと思わなかった?

 ――あの時、強い恐怖が刷り込まれたからだ。

 叔父に手を出すのは、今でも怖い。

 成長し、恐らく叔父の背を超えた今でも、叔父の前に出たら、心の中は、あの日のか弱く幼い子供に戻ってしまうかもしれない。


 それほどまでに、焼きつけられた恐怖は、大きかった。


 黙ってしまったラリサに、シェリアは言った。

「わたしは女だから、男には勝てない。でも、女だから勝てるの。男を転がして、操って、そしてじわじわと殺すわ。それがわたしの復讐なの……」


 暫く話し込んで、ラリサは、高級遊郭を後にした。


「どうでしたか?」

 近くの食堂で待ち合わせていた、旅の連れと合流する。


「俺は……いつまでも逃げていちゃ、いけねぇのかもな」

 あの叔父を何とかしなければ。出来るだけ早く。

 ラリサは、沁みついた恐怖を握りつぶすように、ぎゅっとこぶしを握った。

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