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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第7部 蝶と蜂と
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第1章 シェリア・ネイ

蝶と蜂と

挿絵(By みてみん)


 シェリア・ネイは、強くなりたかった。


 もともとは、それなりに成功した商人の娘だった。

 金や物に困ることなく、裕福な環境で育った。


 だがそれも帳簿を任せていた父の親友が裏切るまでの話だった。

 ネイ家はまるごと乗っ取られ、父は首をくくった。

 母は、シェリアを殺して自分も死のうとした。

 心中は失敗し……シェリアだけが助かった。


 幼心に、父を裏切った男を許せないと感じた。


 シェリアはありったけのお小遣いを抱えて、バルテオの養成機関に入ることにした。

 そこで辛酸をなめた。

 男だらけの訓練所で虐め抜かれ、耐えられなくなったシェリアは、養成機関を去った。


 バルテオになるには、身体的にか弱すぎた。

 男子たちの興味を引き付けてしまうくらいには、小柄で美人で、魅力的すぎた。


 彼女は男性を憎むようになっていた。

 強くなりたいという思いも募っていた。

 いつか、いつか、世界中の男性たちを凌駕してやるのだ。


 シェリアは薬師の勉強を始めた。

 医者の手伝いも経験した。


 稼ぐ手段が無かったので、夜に町角に立つようなこともした。

 そのうち高級遊郭が彼女に目をつけた。


 彼女は、滅多に客と顔を合わせることもかなわない、最高級の夜の蝶となった。


 ある年のいった金持ちが、頼みに頼み込んで、シェリアを身請けしようとした。

 シェリアは、自身の価値を釣り上げるだけ釣り上げてから、了承した。

 そして今では、その金持ちの別荘に、愛人として囲われている。


 身請け主への愛情など、実際は欠片も持っていない。

 あの者も、ただの侮蔑すべき男性だと、シェリアは心を固く閉ざしていた。

 どうせ女を見下し、都合よく玩具のように扱って、飽きたらいずれ捨てるのだろう。

 男性とはそういうものだ。彼女はその信念を曲げなかった。


 ――シェリア、お前、歪んだな。


 傍らの精霊狐が寂しそうに呟くが、その姿は誰にも見えない。

 その囁きは誰にも聞こえない。


 シェリアは身請け主のために、無表情で茶を用意していた。

 その茶には、毒草が仕込まれている。

 薬師の経験がなければ気づかないような、ささやかな毒草。


 勿論その茶は、シェリアも飲む。

 彼女は毒に対する耐性を身につけていたし、身請け主が帰った後に飲む解毒薬も用意していた。


 更に、仕込んだ毒は即効性ではない。

 少しずつ少しずつ、体に蓄積していき、やがて病気のような症状を起こして、死に至るのだ。


 シェリアは、普通の男性には手の届かない高級遊女に成り上がったのみならず、暗殺も手掛けていたのだ。

 狙うのは男性のみ。彼女なりの、復讐だったのだろう。


 ――そんなことをしていると、身の破滅を招くぞ。


 精霊狐が警告するが、彼女には届かない。


 蜂の針を隠した美しい蝶は、作り笑顔で、優雅に身請け主を迎えた。

 2人で先ほど仕込んだ茶をたしなむ。


 身請け主は「最近体調が良くなくてね」と腹をさすった。

 顔色も芳しくない。


 じわじわと毒が効いてきているのだ。


「それはいけませんわね。お医者様に診ていただきましたの?」

 白々しいと自分でも思いながら、シェリアはやわらかく問う。

 そんなことをする時間的余裕が相手にはないと知っていながら。


「まあ、風邪だろうさ。少し熱っぽい気もするようだからな」

「それでは横になってお休みになりましては?」


 シェリアはベッドに彼を誘導する。

 小さな子供に布団をかけてあげるように、布団をかけて寝かしつける。


「折角来たんだ、側にいて欲しいな」

「お茶の片づけをいたしませんと」


 するりとシェリアは男の手をすり抜けた。

 

 こうして何人の身請け人を、今まで始末してきただろうか?

 ふと、脳裏に幾人もの金持ちの顔がよぎった。


 シェリアのような若くて学もある高級遊女を買いとれる金持ちは、大概いい年齢をしている。

 身請け人の病死が相次いでも、寿命だろうと思われるだけで、シェリアに容疑がかかることはなかった。


 蝶は蜂の針を隠して、美しく舞い続ける。


 数日後。

 急ごしらえの墓地に、人だかりが出来ていた。

 眠るように息を引き取った身請け主の、真新しい墓標の前に、シェリアの姿はなかった。


 遊女が表に出てはならない。

 まして、正妻の前になど。


 シェリアは高級遊郭へ戻された。

 彼女を気に入った年寄りの金持ちが、またも身請けを打診してくる。


 その繰り返しで、日々が流れていく……。

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