第6章 精霊狐の子孫
「何だかすごい音がしましたが、そう言えば、はぐれた皆さんは無事なんでしょうか?」
ここに至って、エステレルはやっと、同行者たちのことを思いだした。
慌てて、崩れてきた数多の岩塊を見上げる。
人の声が反響して聞こえる気がして、エステレルは崩れた洞穴内をたどった。
彼が合流した時、サークの命が尽きたところだった。
どんどん透明になっていくサークの体を揺すりながら、シドとラリサは泣いていた。
「お前、今まで何処で何をやっていたんだよ!」
エステレルに気づくと、ラリサは涙声で叫んだ。
「サークさんはどうされたんですか?」
「俺たちを庇って、こんなことに……くそっ」
エステレルは岩盤によじ登り、そして、サークを貫いた結晶と、岩塊の降り注いだ痕を見た。
――おい、お前。
透明になっていくサークの肉体の横に、金色に輝く精霊狐が立っていた。
――サークさん、ですか?
――お前か、この落盤を起こしたのは。ラリサを泣かせやがって、許さねぇぞ。……ていうか何者なんだお前?
サークの体の横の霊体には、誰も気づいていない。シドなら気づきそうなものだが、と思いつつ、エステレルは会話を続けた。
――あなたは精霊狐カルミンの子孫だったんですね。
金色の目をした、金色の精霊狐。
サークの霊体は完全な人間の形をしていなかった。
――お前は、本当はガキんちょだったんだな。
――ああ、そう見えますか。やっぱり。
エステレルは頷いた。
――器だけは大人に見えるが、中身は子供だ。しかも、けったいな恰好の子供だ……。
――私の器の寿命は、とある時に魔術の代償として、差し出しましたから。
――そうか。で、お前は何者なんだ?
――宝石都市ラルフェティエールの出身です。
それだけで、精霊狐には理解されたようだった。
――魔王クラスの存在じゃねぇか。
――それを申しましたら、精霊狐のあなたは、精霊界の長のようなものでしょう。
――おれは人間だ。……人間だと思っていたし、そう思いたい……。
精霊狐は俯いて、シェリアの名を呟いた。
――これじゃ助けに行けねぇ。助けられても、あいつにおれの姿が見えないんじゃ……。
橋の街でよく歌われていた、『カルミンの歌』が脳裏をよぎる。
赤き精霊狐カルミンは、想い人の女性に見えなかった。存在すら気づいてもらえなかった。
――サークさん。精霊狐に戻った今、そのかたを見守り、陰ながら救うことは可能です。たとえ相手に見えなかったとしても……。
――あんまりだぜ、そんなことってあるか!
金色の精霊狐の目に、涙が宿った。
――報われないとわかっていながら見守るしかねえのか。おれに彼女が笑顔を向けてくれる日は永遠に来ねぇのか。
人間として半生を生きてきた精霊狐は、泣き叫んだ。
エステレルは、黙ることしか出来なかった。
精霊狐が落ち着いた頃、エステレルはぼそりと言った。
――あなたは半人半精霊です。研鑽を積めば、人間の姿をとることも可能でしょう。カルミンのように生粋の精霊狐ではないのですから、可能性は捨てきれません。
――それだ!
精霊狐の金色の毛並みが美しく輝いた。
サークは、首をぐっともたげた。
――おれは、あいつの横にずっと居てやる。そしていつか、夢の中でもいい、あいつに気づいてもらうんだ。
とても僅かな可能性に賭けることにしたのだ。
精霊狐サークは、尻尾を翻し、するりと空気に溶けていった。
それは、束の間の会話だった。
体感時間こそ、そこそこ長かったものの、エステレルとサークがやり取りをしたのは、ほんの一瞬だった。
蒸気が空中に消えていくように、消えていく遺体を抱きしめようと、ラリサは奮戦していた。
でも、触ろうとするそばから、サークの遺体は消えていった。
「ラリサ。サークのおぢちゃんは、精霊狐さんになったんだよ」
姿は見えていたのだろう。シドがラリサを慰めるように言った。
「きっといつまでも、ラリサのこと見守ってくれているよ」
……しかし、肝心の会話は聞こえていないようだった。
「あなたにアシュミールをお預けすると言っていました。アシュミールって何ですか?」
エステレルは、サークの最後の願いを口にした。
「剣なんていらねぇ。俺は、お前に、ずっとずっと、会いたかったんだ……ばか野郎が!!」
ラリサは泣きじゃくっていた。
「……何も伝えられずに終わるなんて、ひどすぎだ……こんなの、ひどすぎるじゃねえか!」
エステレルは異形の目を伏せた。
ラリサの想いは届かないとわかっていた。サークは、シェリアと言う女性しか、見ていなかった。
苦い感覚が胸を満たした。
その頃。
――シェリア、シェリア!
金色の精霊狐は、想い人の囲われている屋敷に入り込んでいた。
シェリアは、とても美しく成長していた。
だが、サークの気配には気づく様子もなく、風が揺らしたと思い、カーテンを閉めた。
――シェリア、お前は今、幸せなのか?
サークの問いに応じるものは居ない。
シェリアは無表情だ。
うろうろとシェリアのそばを歩き回り、精霊狐は暫くこの屋敷に留まろうと決意した。




