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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第6部 賢者の黄金
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第5章 シェリアへの想いを抱え

 エステレルは迷わなかった。

 黄金に同化して、どろどろになっている元人間たちをも巻き込んで、空間を切り取ることにした。

 犠牲者をこれ以上出さないために、ギルスベイの黄金は、ひと欠けたりとも残してはならない。


(人前で魔法を使うべからず)

 ヘルハイムの言いつけを守り、周囲に人間がいないことを念入りに確認し、魔気があふれているところまで範囲を拡大して、魔法で大きく空間を切り取った。

 手を触れることなく空間をぎゅっと圧縮して、黄金から魔気を抜きとる。

 このまま封印してしまえば、黄金も失われるが、ダルニアの命も絶えてしまう。


 ――構わぬ。寧ろ我が命を代償に差し出すが良い。


 ダルニアの声に頷いて、エステレルは、ギルスベイの黄金を封印した。

 魔術の代償として、ダルニアは自身の命を提供した。


 ごうっ。


 エステレルによって、空間が大きく切り取られると、ギルスベイ山の内部構造が劇的に変化した。

 さっきまであったはずの道がなくなったり、洞窟が迷路のように変貌したり、おかしなことが起きていた。


 被害に遭ったのは、上のほうを探索していたラリサ達である。


「なんだ? 山が動きでもしたか?」

「ラリサ、帰り道がなくなっちゃったよぅ」


 シドがランタンの明かりを頼りに、周囲を見回す。

 明らかに、数秒前までの景色と違う。


「何が起きた?」

 サークとラリサは慎重に周囲を見回した。

 無意識に背を預け合っているあたり、修業時代のパートナーだということが思い起こされた。


「おぢちゃん、そこ、危な……!!」

 足もとが崩れ、サークのブーツが空を踏んだ。

 シドは咄嗟に手を伸ばした。


 がしっ。


 サークの手を掴んだのはラリサだった。

「早く這い上がれ。何だかこの辺り、随分脆くなっていやがる!」


 エステレルが地下の空間の一部を大きく切り取った所為で、その上に存在していた、洞穴や採石場の足場となるべき場所の支えも、失われてしまったのだ。

 切り取られた空間は、何もない、虚ろな場所になってしまっていた。


 ラリサの手を借りながら、サークは腕の力で這い上がろうとした。

 ぐぐ、と足場が傾く。

 ぼろぼろと地面が崩壊していく。


 シドも手を伸ばして、サークを引っ張った。

 ようやく助けられたかと思った瞬間、3人のいた岩盤が大きく割れて、崩れ落ちた。


「あぶねぇ!」

 サークは2人を庇って覆いかぶさり、崩落しゆく岩盤の上に乗ったまま、がらがらと落ちて行った。


 アシュミール。おれは死ぬんだろうか?

 家に代々伝わる名剣に、サークは心の中で語りかけた。

 走馬灯と言うのだろうか、数ある思い出がサークの中を駆け巡る。


 ラリサとの邂逅。


 じっと外から敷地内の訓練風景を見つめている女の子が気になって、彼が声をかけた。

 サークの父はバルテオ養成機関の有力者で、訓練所の長でもあった。

「女に務まる仕事じゃねぇ」

 突っぱねる父親を説得した。


 シェリア・ネイの時もそうだった。


 訓練を受けたいというシェリアを父の前に引っ張り出し、入所を認めさせた。

 小さかったが、サークには人の技量を見抜く能力があった。

 金色の細い目は、角度によって、緑がかっても、赤みがかっても、見えた。

 そのため、サークは「アレキサンドライト」という変色宝石に例えて呼ばれていた。

 気紛れで、貴重なお人よし、という意味がこめられていた。


 訓練所にて、サークは、シェリアに恋をした。

 でも。


 男だらけの修行所に、女ひとりはきついものがあった。

 シェリアはからかわれ、意地悪をされ、見下され、散々な目に遭った。

 鍛えても鍛えても、同じだけ訓練をしている男たちにはかなわなかった。

 それでもシェリアは頑張った。その頑張りを見ていたから、サークは応援したかった。


 だが、サークは小さすぎた。

 幼な過ぎて、長の息子と言えど、影響力が乏しかった。


 シェリアは皆にひどく苛め抜かれて、とうとう心が折れた。

 そして養成機関から去ることになった。

 侮蔑と、怒りに満ちた瞳を残して。


 幼いサークには何も出来なかった。

 皆の悪ふざけや嫌がらせを止めることも出来なかった。

 夜、こっそり泣いているシェリアに声をかけることも出来なかった。


 だから、ラリサが来た時、サークは全力でラリサを守った。

 彼女は不思議なことに、男衆に混ざって訓練すればした分だけ、成長した。

 誰にも持ち上げられないほど重い剣を、女の細腕で、容易く振り回してみせた。


 ラリサにも陰湿ないじめがあったことは確かだった。

 だが、ラリサは徹底的にやり返した。

 シェリアのように、泣き寝入りしなければならないほど、弱くはなかった。

 心が、というよりは、身体的能力が秀でていた。


 シェリアはラリサを羨みながら、去っていった。

 女子2名は、殆ど顔を合わせることは無く、入れ違いのようになった。


 そのシェリアが。

 今、遠くの街にいる。

 金持ちの家に囲われている。


 サークはシェリアを想い続けていた。

 ギルスベイの黄金を手に入れて、シェリアを自由にしたかった。

 バルテオの最終試験をすっぽかして、助けに行った。

 しかしサークは、シェリアにも、シェリアの主人たる金持ちにも、相手にされなかった。


 金さえ積めれば、シェリアを自由にしてあげられる。

 彼はそう信じていた。

 コツコツ貯められるタイプではなかったので、一獲千金を狙っては、毎回失敗していた。


 ああ、長い走馬灯だ……。


 あの侮蔑に満ちた表情を思い浮かべ、サークは気を失った。

 がらがらと岩盤は3人を乗せて、地下深くへと転げ落ちていく……。


 どすんと、音がして、落下が止まった。

「サーク? サーク!」

 ラリサが名を呼ぶが、返事が無かった。

「おぢちゃん!」

 シドが呼んでも、いつもの「おにーさんと呼べー」は返ってこなかった。


 数多の岩塊を背に受けて、サークは息絶えていた。

 ラリサとシドを守り抜いたその身は、鍾乳洞から割れ落ちた結晶に貫かれていた。


「サーク! 冗談だと言ってくれよ! おい!!」

 ラリサが目を真っ赤にして、咄嗟に、背に刺さった結晶を抜こうとした。

「抜いちゃだめだよラリサ! 余計に傷がひどくなるよ……!」

「だけど!」

「あれ、おぢちゃんの体が透けて見える……」

「本当だ……」


 サークの遺体は、徐々に透明になり始めていた。

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