第4章 賢者ダルニア
一行は即座に食堂の奥の部屋を借りた。
すぐにキノコを吐かせ、解毒効果のある薬草を煎じて飲ませ、エステレルはサークの様子を見た。
麻痺毒を含むキノコなのは、香りで分かった。食用キノコによく似ていて、毎年死者が出ている。
手当が素早かったため、サークは命を落とすことなく、何度か嘔吐を繰り返して、やっと息を吹き返した。
それまで、今まで見たことがないくらい、はらはらとサークの容体を気にしていたラリサは、彼の顔色が戻った途端に、態度を豹変させた。
「全く、手間かけさせやがって、ばか野郎が。もう一口多く食べていたら、あの世行きだったんだぜ!」
ぴしゃりとサークを叱りつける。
「はっはっは、いや、すまんすまん」
「笑うところじゃねーぞ!」
エステレルとシドは、汚れた部屋を綺麗に掃除しながら、またも顔を見合わせていた。
「ラリサ、あのおぢちゃんのどこがいいんだろう?」
「さあ?」
小さな声で囁き合う。
ラリサがサークに特別な好意を抱いていることは、彼が倒れている間の態度からすぐに分かった。
忍ぶれど色に出にけり、状態である。
掃除も換気も済み、サークの具合も良くなったところで、話を聞く。
「ギルスベイの黄金に興味はないか?」
サークは手に入れた論文を取り出し、その羊皮紙をエステレルに見せた。
「賢者の黄金? 何らかの謎を解かないと、二度と帰ってこられないと噂されている……とここに書いてありますが、帰って来られたものは今尚、一人もいない、ともあります。では何故、謎を解く必要があると判明したのでしょう?」
「あー」
サークは髪をさらりとかきあげた。
「そういやそうだな……」
「論文なんて、半分以上が推測と考察ですよ」
儀礼魔術師の免状持ちに言われてしまうと、二の句が継げない。
「とにかく、おれは黄金が欲しい! 手を貸してはもらえまいか」
「金鉱を見つけて採掘するのが手っ取り早いと思いますよ。この大陸にはまだまだ、開発されていないところがいっぱいあるんですから、金鉱だって何処かに眠っているでしょう」
さらっとエステレルは答えたが、「まあそう言うなよ。手を貸してやろうぜ」とラリサに口を挟まれた。
そういうわけで、改めて食事を済ませ、モルデロの街を離れて、ギルスベイの採石場に移動する。
この山から切り出した石で、あの橋の街は作られていたのだとシドは教えられた。
「へー。すごいね。で、賢者の黄金はどこにあるの、おぢちゃん?」
「おにーさんと呼べー!」
漫才をしながら採石場の奥へ向かい、途中で鍾乳洞を見つけて潜ってみる。
ランタンを掲げながら、シドは何らかの気配をどこか遠くに感じた。
「この山のどこかにいやなものがあるよ……賢者の黄金には、手を出さないほうがいいんじゃ……」
「はっはっは、そうは言ってもな、大人には都合ってものがあるのだよ」
相手に剣が通じるなら、ラリサとサークのコンビで簡単に撃退できるだろう。
ラリサは剣を構えた。
サークは、名剣アシュミールを構えた。ラリサが眉を軽く動かす。
「その剣、オヤジさんから引き継いでいたのか」
「はっはっは、まあな。今ではおれ様の右腕のような存在だ」
油断なく周囲を照らして見て回る。
コウモリや小動物などは見つかるが、大したものは居ない。
「もっと奥だな」
ラリサがそう言って、エステレルがいなくなっていることに気づいた。
その頃。
エステレルは入ってすぐに、はぐれて道に迷っていた。
仕方がないので、魔気の気配が強いほうに、強いほうにと下り道をおりていく。
どろりと体を粘性のもので包まれるような感触が走る。
ここまで濃い魔気は珍しい。
フェン・イー・リルダが張った、廃都ラルフェティエールの封印でさえ、これほど強烈かどうか。
「ああ」
魔気の中心に、賢者が居た。
賢者から黄金が噴き出していて、周囲に飛び散っている。
――おぬしはだれぞ。
賢者は尋ねた。
――わたしはラルフェティエール最後の「託宣の子」です。
エステレルは答えた。
フードの影からティキが顔を出す。
――聖獣ヴァウを連れておるか。では間違いない。おぬし「ティスクィラフェルゼ」だの?
――わたしは自分の本当の名を知りません。そう言う名前なのですか?
――最後の「託宣の子」であるなら、その名で呼ばれるはずであった。魔都はどうなった?
――民が都を捨てた後、フェン・イー・リルダが封印いたしました。
賢者は、おお、おお、と声を上げた。
――封印されてしもうたか。我が帰還すべき場はもう、どこにもないのだな。
――賢者様、あなたはどなたなのです?
――我が名か、うむ‥‥ダルニアと名乗っておこう。おぬしの養育を務めるはずであった。
ダルニアの語った経緯はこうだ。
彼は賢者の石を研究していた。賢者の石とは、あらゆるものを黄金に変える石であった。
そしてギルスベイの採石場で実験を重ね、成功してしまった。
賢者の石は、まずダルニアを黄金に変えた。続いて、ダルニアの周辺に触れたものを次々と黄金に変えていった。
ダルニアは長い長い寿命と魔属のものへの親和性があったため、賢者の黄金によって命を落とすことは無かったが、ギルスベイの洞壁に磔にされ、身動きがとれなくなってしまった。
あふれ出す黄金は、訪れた人間を巻き込み、餌食として、更に広がっていった。
――黄金に触れてはならぬ。黄金に取り込まれ、遅かれ早かれ、命を落とすであろう。
――我は刻々と命を削られていることを感じておる。
――この長命なダルニアにも、死の瞬間が訪れるのは間違いないのだ。
「賢者ダルニア師よ。あなたの周辺の空間を爆破し、あなたを永遠に山深くに閉じ込めてしまったほうが、よろしいでしょうか?」
これはサークやラリサに見つけられる前に、片をつけなければならない。エステレルは焦った。
あちらにはシドがいる。この濃密な気配を感じ取り、この場所へいずれやってくるであろう。
そうするとサークが黄金に飲まれ、助けようとしてラリサが、そしてシドが飲まれ……。
容易に想像がついた。
ダルニアは頷いた。
――そなたに出来るのなら、永遠にここを封印してくれたまえ……頼んだぞ。