第3章 間抜けすぎる元相棒
あちこちから、『カルミンの歌』を口ずさむ語り部たちの声が聞こえる。
「賑やかな街だねえ」
ギルスベイ山からの雪解け水が注ぎこむ自治都市、モルデロ。
ホー、ホー、ヤー。語り部たちは地面を叩いて拍子をとりながら、精霊狐にまつわる歌を歌い続けている。
「川だあー!」
帽子を押さえ、シドが物珍しそうに橋から身を乗り出した。
「危ないですから気をつけて下さい。落ちたら助かりませんよ」
エステレルがシドに注意した。フードの中をちょろちょろとティキが走り回っている。
「だって、こおんな大きな川、見たことないんだもーん! それに街の中を流れているなんて凄いよねえ!」
シドは帽子に隠した長い耳を、こっそりぴんと立てて、流れに見入っている。たまに透き通った水の中を魚が横切ると、彼は大きな目をまん丸くして「ほら! 見て!」と指差すのだった。
「シド、先に飯にしよーぜ。その後でまた見に来りゃいいだろ」
しびれを切らしたラリサがそう言ってシドの肩を叩いた。シドはまだ少し名残惜しそうに川のほうを見ていたが、不承不承歩き始めた。
「ったく、シドの珍しがりにも困ったもんだぜ。もう1年以上旅を続けているっていうのに……」
ラリサは、まだ時々橋の方を振り返っているシドに目をやった。
「俺もう腹へってたまんねぇよ。あいつ腹減らねえのかなあ」
「以前なら、ご飯の一言ですぐついてきたのに……ですか?」
エステレルはくすりと笑った。
「日々成長している証拠ですよ。シドだっていつまでも子供じゃないんですし……人は変わっていく生き物です」
成長、か。ラリサは、きょろきょろして歩いているシドを見つめた。何かある度に自分につきまとっていた彼が、少しずつ自分から離れていく……そう考えて、ラリサはほんの少し寂しい気がした。
やがて三人と一匹は大衆食堂へ向かった。かなり大きい街だけに様々な服装の人々が歩いている。フードを深く被ったエステレルや、帽子で耳を隠しているシドの服装も、雑踏に溶け込んでしまって全く気にならない。語り部たちの声どころか、時折喧嘩騒ぎのような声まで聞こえてくる。
「すっごーい! おっきな橋!」
街の中央にある大橋を見て、シドが目を丸くした。露店などが並び、殆ど商店街と化している。橋と呼ぶにはスケールが違う。
「この橋の向こうには何があるの? 兵隊さんが立ってるみたいだけど」
「ありゃ門番だよ。通過税取ったり、街に入る人や商品なんかをチェックしてんのさ。ほら、あっこに市壁が見えっだろ? この街はもともとあの壁までだったんだと思うぜ。市壁の外に、流れ者やらよそ者やらがもう一つ街を作っちまったよーなもんだろうな」
目を凝らし、ラリサが答えた。
大橋を過ぎて角を曲がると、また別の小さな川がある。大衆食堂は大橋のすぐそばだが、そこまでの僅かな距離にも小さな橋が二つほど並んでいる。
「本当にモルデロって、橋の街って言うか、川だらけの街だね!」
シドは言った。
「自然災害には相当弱いんでしょうかねえ」
エステレルが妙なことに感心している。
「いや、そうでもねえよ。ここ、自治都市だろ。とすると、ここのトップは相当治水に通じてるんだろうな。ほれ見てみな、あの橋桁。上手いこと造ってあるぜ」
ラリサは橋の作りや土手を見て感心した。水の勢いを逃がすためのあらゆる工夫が見て取れる。
「そうそうシド、この街に来たらな、魚料理を食わなきゃ勿体ないぞ」
大衆食堂から魚の焼ける香ばしい匂いが漂う。空腹だったラリサは勢いよく扉を開けた。もう昼食の時間には遅いと見えて、客はそれほど居ない。
テーブルに陣取り、まず飲み物を注文しようとして、ラリサの目は、続いて入ってきた人物に奪われた。
背中まで流したままの、白金色のさらりとした髪。
良く鍛えられた、すらりとした体型。
顔まではさすがに、影になっていてよく見えない。
ふとよく似た髪の人物が脳裏をよぎった。
彼はバルテオ修行時代の彼女の先輩であり、恩人であり、且つ相棒だった。
だが、最終試験でもある闘技会を目前に控えたある日、忽然と姿を消した。
相棒を失った彼女はその為に、2対1で戦わされ、非常に苦労させられたのだ……。
「……まさか、な」
ラリサは呟いたが、その客が気になって仕方がない。時々髪をかき上げるしぐさや、他の何気ない雰囲気が、何だかとても懐かしいのだ。
「どうしたの?」
シドがラリサの顔を覗き込んだ。ラリサは慌てたように「何でもない」と首を振り、食堂の主人に魚のから揚げを注文した。
「じゃあ僕、この、魚の土瓶蒸しっていうの食べてみたいな」
「私は野菜のワインソテーをお願いします」
二人も続いて食事を頼む。
すると、例の客が大声で主人に言った。
「はっはっは! 上質な良いキノコが手に入ったのだよ! オヤジさん、おれのためにキノコと魚の酒蒸し焼きを作ってはくれまいか!」
――声がそっくりだ! しかも、あの、特徴的な高笑い!
ラリサは驚き、再びその客に視線を向けた。
男はキノコの入った麻袋を食堂の主人に渡しているところだった。
「調理するのはいいが、このキノコは安全なんだろうな?」
「はっはっは! 問題ない! 間違いなく旨い! おれ様が保証しよう」
おれ様、ときた。
「安全のため、他の客には食わせないからな。お客さんの分にだけ入れるってことで構わないのか? 何があっても自己責任だが?」
「勿論だとも! はっはっはっ!」
自信たっぷりの高笑いが、食堂中に響く。
「……あの言い回し、オーバーアクション、そこはかとなく漂う、近づきがたい雰囲気……」
ラリサは確信した。
「てめぇサークッ、今まで何処に行っていやがった!!」
椅子から弾けるように飛び降り、男に回し蹴りを食らわせる。
男は視界外から飛んできたその蹴りを、上手いこといなして、すっと別のテーブルについた。
態度はどう見ても阿呆っぽいが、実力的にはラリサより上かもしれない。
「はっはっは、やあラリサじゃないか、元気そうで何より何より」
「何より何より。じゃねぇだろ! バルテオ最終試験、何ですっぽかしやがった! てめぇの所為で俺がどれだけ苦労させられたか……!!!」
「だが、その様子を見ると、バルテオとして活動できているようじゃないか。はっはっは! いやぁ、良かった良かった。おれはお前が負けることは無いと信じていたとも!」
シドとエステレルは、顔を見合わせた。
二人は黙々と食事をしていたが、ラリサの分だけが手つかずで冷めていく。
「あの、もし話し込むようだったらだけど、二人ともこっちにきたら? キノコのおぢちゃんも!」
「おぢ……!? お、おれ様はまだ、おにいさんだー!!」
「おぢちゃん見苦しいよ」
シドには全くかなわない。エステレルは吹き出し、ラリサはサークを連れてテーブルへ戻ってきた。
「紹介するぜ。バルテオ修業時代の相棒だ」
「はっはっはっは、サークだ、よろしくな! おぢちゃんではなく、サークおにいちゃんと呼ぶがいい!」
「うん、わかった、サークのおぢちゃん!」
漫才のような光景が繰り広げられているうちに、サークの注文した酒蒸し焼きが運ばれてきた。
「う~ん、旨そうな香りだ。おれ様の目に狂いはなかった!」
持ち込みのキノコが魚の上でじゅうじゅう言っている。
「あの、失礼ですが、そのキノコはですね……毒がありま……」
薬師のエステレルが、おずおずと口を挟もうとした瞬間。
ばたん。
サークは問題のキノコをかじり、即、気絶した。




