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幻獣島旅行記  作者: 増村有紀
第4部 田園交響楽~ジイドへのオマージュ
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第2章 回復した視力の先に

 ラリサとシドが家の掃除をしている間、エステレルはヨーナに付き添って、医者に行っていた。

 雪のちらつく中、町医者の門を叩く。


 ヨーナの目には濁った色の薄い膜が張っていて、それを除去すれば視力が戻るとの話だった。

 早速除去手術が行われ、ヨーナは目にガーゼを当てた上から包帯を巻かれた。


 エステレルは、ヨーナの言っていた「目薬」について、あれこれと考えを巡らせていた。

 目に薄く膜を張るような毒物があっただろうか。

 もしかすると、目薬ではないものを、目に入れてしまったのではないだろうか……?


 どちらにしても、既に逃亡した泥棒たちが、最初から仕組んでヨーナを罠にかけたのだ。

 最初から、医療費や路銀、場合によると荷物まで巻き上げる腹積もりで。

 それは許しがたいと思った。しかし、彼らが既にこの町から逃亡していることは想定できた。


 ヨーナの目が治ったら、似顔絵屋に連れて行き、自警団やバルテオギルドに手配を回すくらいしか出来ないだろうか……?

 ……でも、ヨーナが、犯人たちの顔を鮮明に憶えていなければ?


「目が治るだけ、ましとしますか」

 エステレルは自分を納得させるように呟いた。


 よろよろと手術を終えて出てきたヨーナを支え、自分たちの借りた物件へと戻る。

「エステレルさんは、草の匂いがしますね。とても清々しい……春のような香りです」

 ヨーナは時々よろけながら、エステレルに寄り添って、ゆっくりと歩いた。

 石畳の上に雪が積もり始めている。ところどころ滑って、歩きづらい。


 ヨーナの息が白く煙って、宙に舞い、溶けるように消えた。


 ラリサが借りた、狭く小さな賃貸住居は、3階建てだ。階段をゆっくりと昇ると、2人が掃除をして回っている音が聞こえてきた。

「戻りましたよ」

 エステレルは声をかけた。

「どうだって?」

「簡単な手術をしました。数日すれば視力も戻るそうです。心配はないでしょう」

 ラリサは報告に、ほっとしたようだった。「良かったな、ヨーナ」とか細い背中をバンバン叩く。


「ここ僕の部屋にするー!」

 シドが大きなベッドのある部屋で、ベッドにダイブし、ぽよんぽよんと跳ね回った。

 埃がすごい勢いで舞った。暴れた本人まで「けほけほ」と咳き込む。


「お前さ、そこの部屋、出るらしいけど、いいんだな? 個室だぜ? 夜中に泣きわめいても、誰も助けにこねーからな?」

「出るって……オバケのこと?」

 オバケなんて怖くないもん、という顔をして、シドはラリサに尋ねた。

「怨霊かな。その部屋で殺人事件があったんだとよ。お陰で借り賃が格安だったぜ」


 オバケと怨霊ってどう違うのか、シドには分からなかった。

 でも、怨霊のほうが何となく怖そうなイメージだ。


「その部屋、私に使わせてください。私はそっち系に慣れています。ラリサはどうやら霊媒体質っぽいですし、シドが怨霊と出くわして、この家が燃え落ちる未来は見たくありません。それにヨーナさんが使うには広すぎるでしょう」

 エステレルの言葉に、ラリサは納得して許可を出した。

「えー、僕も、ふかふかベッドのお部屋がいいのに~」

 首根っこをひっつかまれ、ズルズルとラリサに引きずられていくシド。


 他に部屋は、ツインの寝室が2つ。リビングが1つ。質素な厨房、古びた浴室などが揃っていた。

 綺麗にしたベッドにヨーナを休ませ、3人は掃除に戻った。

 まるまる1日頑張って、床や家具が鏡のようにぴかぴかするまで、磨き込んだ。


 しんしんと雪が窓の外を覆っていく。

 吹雪になるという話もあり、貯蔵庫に保存のきく食糧はたっぷりと買い込んであった。

 生活必需品もたんまりと用意した。


 春が来るまで、4人での共同生活が続くのだ。


 ラリサは物件を借りる条件として、町の男衆や旅人に混じって、雪かきをする契約をしていた。

 この町で越冬する旅人は、道や公共の場の雪かきにかり出される風習があったのだ。

 屋根や町の門などの雪下ろしも、勿論、手分けして行う。

 除雪労働が滞在者の義務となる代わりに、そこそこの日当も出る手はずになっていた。


「吹雪の中でもやんのかねぇ……ま、行ってみらぁ分かるよな」

 徐々に強くなっていく風と雪の様子を、窓越しに見ながら、ラリサは風呂で体を温め、早々と床に就いた。


 ラリサは翌朝、朝食を済ませて銀世界へと出て行った。

 シドとエステレルは交代で家事を済ませ、ヨーナの世話をした。

 疲れて帰ってきたラリサを、シドとエステレルは夕食を用意して迎えた。


 そんな数日が経過し、やがてヨーナの包帯が取れる日がやってきた。


 するすると白い包帯を取り去り、ガーゼを外す。

 ヨーナの目から、濁った色の涙があふれだしたと思うと、徐々に色が失せていき、透明な涙が戻ってきた。

「まぶ……しい……」

 ゆっくりと目を開けるヨーナ。


 絹を裂くような悲鳴がとどろいた。


「どうした、ヨーナ!」

 朝食後、出かけ間際だったラリサが、心配して駆けつけた。

 ヨーナは腰を抜かしていた。


「や、闇エルフ! 闇エルフが!」

 震える指で、シドを指す。

「それに、変な目の人まで……! いやあああ! 怖い、怖い!! 化け物!!!」


 家の中だからと、油断していた。

 シドは耳と目を隠していなかったし、エステレルもフードで髪と目を隠していなかった。

「どうしたのヨーナ。僕、シドだよ?」

「きゃああ! 来ないで、邪悪な闇エルフ!!」


 両手を振り回し、ヨーナは錯乱した。

 ラリサはヨーナに近づくと、手加減をしつつ、片方の頬をびんたした。

「声をよく聞け。おめー、知っているはずだぜ?」


 それだけ言うとラリサは「雪かきに遅れちまう」と出て行った。


 ヨーナは恐怖で泣きながら、勇気を出して、シドとエステレルとを見た。

 春の香りがする。エステレルのローブの纏う香り。

 聞き覚えのある声が、見たこともない姿から聞こえてくる。


「僕、シドだよ。確かに闇エルフだけど、邪悪なんかじゃないよ。ラリサも言ってたよ。闇エルフが黒いのは、お日様のお友達だからなんだって。お日様の強く照らす地域では、闇エルフだけじゃなくて、人間族にも黒い肌の人がいるんだって」


 ヨーナは、今回の一件以外、故郷を出たことがなかった。

 無学で、無知だった。


「そうなの……?」

 おずおずとシドに尋ね返す。シドは「ラリサに教わったんだから、本当だよ!」と明るく返した。

「じゃあ、そちらは、エステレルさん……?」

 エステレルは困ったような顔をして、頷いた。ヨーナは顔を覆った。


「ごめんなさい……驚いてしまって。想像していたのと、ちょっと……違っていたの……」

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